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「よっ! 遅いぞ」 その日の放課後は生徒会役員会議のある日だった。 俺は第2会議室へ入って唖然とした。 ロの字型に並べられた会議テーブルに、美紀がちゃっかりついていたのだ。 「なんでお前がここにいるんだよ」 「なんでって、会議があるんでしょ?」 俺の問いかけに美紀が意外そうな顔をする。 「いや、それは分かってるよ。役員会議だぞ? なんで美紀が来るんだよ」 「あら、あたしはあなたの秘書でしょ」 とすまして言う。 俺は肩をすくめて美紀のとなりに座った。 「他のみんながなんて言うかな……」 そこへ安田が書類を抱えてやって来た。安田は、 「美紀さん! いらっしゃってたんですか! すみません、遅れちゃって」 とやたら美紀に愛想を振りまいてから、「あ、加納先輩も早いですね」 と俺に形だけの会釈をする。 どうせ俺は美紀の次だよ! 俺がムクれていると、 「なんか平気みたいじゃない? あたしがいても」 と美紀が俺に耳打ちした。 「あいつ、お前のファンなんだよ」 「え?」 「俺のこと羨ましがってた。今度レンタルしてくれって」 「そう?」 美紀はまんざらでもない顔をして肯いた。思わず苦笑いする。 生徒会役員会議は月に一度行われる。 まず、役員会議で話をまとめておいてから、全クラス代表が集まる生徒会会議を開く流れになっている。 通常、会議室のような大きな部屋を使うのは全代表が集まる生徒会会議になってからで、役員だけで集まるときには生徒会室で話し合いを行っているのだが、今日は例の『ガラス木っ端微塵事件』(このネーミングは中谷さんがした……)のせいで、生徒会室が使えなくなっていた。 だから今回に限り、この第2会議室を使わせてもらっているのだ。 ちなみに、今日は職員会議もある日で、第1会議室では全教師が集まっている。 「あら、3人とも早いのね」 中谷さんと和歌子さんが一緒にやって来た。 「明日にはガラスが入るって」 と、中谷さんが俺の向かいの席に座った。和歌子さんが中谷さんのとなりに座る。 ちなみに、和歌子さんも生徒会役員ではない。 美紀は2人が談笑しているのを見て俺に耳打ちしてきた。 「ねえ、この2人って……」 「さあね」 俺も中谷さんたちに聞こえないように、「和歌子さんがソノ気でも、中谷さんがあの通りだろ」 と小声で返した。 「遅いですねぇ。早川先輩と内沢先輩」 安田が間を持て余したように言ったとき、まるでそれを聞いていたかのようなタイミングで2人が現れた。 |
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俺が睨んでやると、 「亜希子が遅いせいなのよ〜。もう、散々探させて」 と洋子が言い訳がましく言った。 「ごめん、ちょっと用事があったから。あ、先輩すみません、遅れちゃって……」 と亜希子は中谷さんに頭を下げると、となりに座っている和歌子さんに気付き、「あれ? 和歌子先輩がなんで……」 と呟いた。 実は亜希子は中谷さんのことが好きなのだが、和歌子さんというすごい人が傍にいるせいでずっと告白出来ないでいる。 気の毒だが、和歌子さんが相手では諦めるしかない。 「いーじゃない、亜希子! 高弥だって彼女つれて来てるんだからさ〜」 と洋子が亜希子の肩を叩いた。亜希子はハッと我に返ると、 「そーですよね。遅くなってスミマセン!」 ともう一度謝った。亜希子が中谷さんたちにばかり頭を下げるから、 「おい。1番先に来たのは俺たちだぞ?」 と言ってやると、洋子は俺と美紀の顔を眺めて、 「1番に来てナニやってたんだか…… 怪しいもんだわ」 とニヤニヤする。俺は慌てて咳払いをした。 会議は来月の予定の確認が主だった。 定期テストが終わると、すぐに学園祭の準備にも取り掛からなければならない。 「それにしても……」 会議が一区切りついたところで安田が言った。「42万はどこに行っちゃったんでしょうか」 結局、昨日和歌子さんの机の中から見つかった予算の袋からは、何も手がかりらしいものは得られなかった。 そりゃ俺たち素人……しかも高校生がそんなものから犯人を割り出せるはずがないのだが。 「先生たちにはもう知られてるのか?」 俺は安田に聞いた。 「いえ。ガラスが割られていたことは報告しましたが、予算の方は……」 「そうか。まぁ、いつまでも隠してはおけないし…… 今週中に何も手がかりが見つからなかったら報告しよう」 俺は眉間にしわを寄せながら言った。 「いざって時は、僕がなんとかするよ」 中谷さんがいとも簡単に言う。 5時30分を回った頃、会議もお開きとなった。 俺たちはそのまま帰れるように、帰り支度をして会議室に集まっていた。みんなで昇降口に向かおうとすると、 「―――高弥、ちょっと」 美紀が俺の袖を引っ張った。「教室に忘れ物しちゃったの。取りに行くの付き合ってよ」 「なんだよ。ガキじゃあるまいし」 実は、こんな美紀にも苦手なものがあった。お化けの類だ。 だから、薄暗くなった校舎の中を1人で歩くのを嫌がったりする。 テスト前ということもあって、校舎には誰も残っていない。 「美紀さん! 僕が付き合いましょうかっ!」 安田が勢い込んで言う。 「そんな、安田くんを付き合わせちゃ悪いわ。さ、高弥行きましょ」 おい、俺には悪くないのか? と思いつつ、美紀に付き合うことにした。 会議室の前で俺たちはみんなと別れた。 会議室はクラス棟とは別校舎にある。俺が渡り廊下を行こうとすると、 「高弥、こっちよ」 と美紀が小声で俺を呼んだ。クラス棟とは違う方向に歩いていこうとする。 「なんだ? 忘れ物じゃないのか?」 「いいから静かに! 早く、こっちこっちっ!」 と美紀は俺を手招きしている。首を傾げながらとりあえず美紀の後をついて行く。 「ここ…… 視聴覚室じゃないか」 視聴覚室は生徒会室のとなりだ。今は電気が消えている。 「こんな所に来て、一体どうしたんだよ?」 「よかった。視聴覚室の鍵まだ開いてる」 美紀は俺の言葉を無視してさっさと視聴覚室に入ると、ベランダに出る戸の鍵を開けた。 9月も終わりに近づき、夕方の5時半を過ぎる頃には外はすっかり暗くなってしまう。 美紀はどこに隠し持っていたのか、マグライトをつけるとベランダを通って生徒会室の方へ行った。 |
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どうやら生徒会室に入ろうとしているらしい。 「なんだよ。生徒会室に用があるんだったら、俺が鍵を持ってたのに」 美紀は聞いているのかいないのか、ベランダから生徒会室に入るガラス戸の前に立った。 「そこは鍵がかかってるから入れないぜ」 俺がそう言うのも聞かず、美紀は戸を開けようとした。 開かないことを予想して、ほらな、と俺が言ったとき、 「―――ちょっと、ここ開いてるわよ」 と美紀が、小さいが鋭い声で言った。 「なんだって?」 俺は急いで駆け寄った。 戸は確かに開いていた。 「おかしいな。ここはいつも閉めっぱなしなんだ。ほとんど開けたこともないし。第一クレセント錠がサビついてて、なかなか開かなかったんだ」 俺が首を捻っていると、 「……どうやら先客がいたらしいわ」 美紀がマグライトで生徒会室の中を照らし舌打ちした。 「先客?」 「ほら、見て」 美紀に言われ中を覗きこむと、床一面に散らばったガラスの破片の間を、ちょうど道でも作ったように破片がなくなっている部分があった。 「あれで掃いて中に入ったみたいね」 美紀が言う方を見てみると、なるほどベランダの隅に1本の箒が立てかけられていた。 「ちょっと、中に入ってみましょ」 「それは危ない。怪我するぜ? まだガラスが……」 「平気よ」 こうなってはもう止められない。俺は諦めて美紀の後について行った。 「昼間見たときと、あんま変わってないように見えるけどな」 「う……ん、そう見えるけどね―――」 と美紀は何やら思案顔だ。「でも、何か目的があって入ったはずよ。このガラスまみれの部屋に……」 本当に美紀は探偵になったつもりらしい。 俺が苦笑しながら、続きは明日にしようぜ、と言いかけたとき、ガチャガチャと入り口の鍵を開ける音がした。 「すみません、会長。急に忘れ物を思い出して……」 「いいよ。それより暗くてよく見えないなぁ」 あの声は……中谷さんと亜希子だ。 「確か、蛍光灯が何本か割られずに残ってたと思うんだけど…… ええと、スイッチは……」 パッと明かりがつくと同時に、美紀が俺に抱きついてキスをしてきた! 「さ、亜希子。忘れも……―――ッ!? 高弥っ??」 中谷さんが俺たちを見て驚いた声をあげる。 「!?」 それでも美紀が離れないから焦ったが、すぐ次の瞬間閃くものがあって、俺もそのまま美紀を抱きすくめた。 |
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「…………」 ……一体いつまでこうしりゃいいんだ? いい加減恥ずかしくなってきたぞ、と思いながら美紀にキスしていると、 「―――何やってんのよ、あんたたち」 と呆れたような亜希子の声がした。 それを合図に美紀を離して振り返ってみると、生徒会室の入り口の外に中谷さんと亜希子はもちろん、和歌子さんや洋子まで立っていた。 「いや、その……」 俺がどう言い訳をしようか悩んでいたら、先に美紀が、 「高弥がここなら誰も来ないって言って……」 と頬を赤くして見せる。 「おい、俺はそんな事――――いっつッ!」 俺は美紀に思い切り背中をつねられて顔を歪めた。 「ん? どうした?」 中谷さんが眉を寄せる。 「そ、その……学校を出るまで待てなくて……すみません」 なんで俺が謝らなきゃならないんだ。 「それより、どうしたんですか? みんなそろって生徒会室なんかに……」 「亜希子さんがね、生徒会室に忘れ物をしたからって取りに来たんだけど……」 和歌子さんが頬に手を当てる。「……お邪魔だったかしら」 「いえ、もう済みましたから!」 美紀がそう答えるのにも、俺はもう顔から火が出る思いだった。 亜希子は中に入ってくると机を探りながら、 「もう、高弥たちが変なコトしてたせいで、何を取りに来たのか忘れちゃったじゃない」 とブツブツ文句を言っていた。 俺は、悪かったな、としか言いようがなかった。 亜希子が探し物を終え、今度こそみんなでそろって昇降口までやって来た。 靴を履き替えながら、 「明日はどうする? 放課後までガラス片が片付かないって言うし……」 俺は洋子と亜希子に向かって言った。 「それじゃ、放課後まで生徒会室入れないのね」 「じゃ、放課後集合ってコトにしとく? 今日の議事録もまとめなきゃなんないし」 そんな話をしながら校門に向かっている途中で、美紀がついてきていないことに気がついた。 「あれ? 美紀?」 「ごめんごめん!」 と一歩遅れて美紀も昇降口から出てきた。そして、お待たせ、と言いながら俺と並んで歩く。 そんな俺たちを見て亜希子が、 「まったく、あんたたち仲良いよね〜」 と肩をすくめる。「あ〜、あたしもカレシ欲しい!」 「でも、相手は選ばなきゃね」 亜希子のセリフを聞いて洋子が眉間にしわを寄せる。「高弥みたいなのでもいいの?」 「いや、それは……」 と亜希子が言いよどむ。 どういう意味だよっ!? 俺はふてくされた。 みんなとは駅で別れ、俺は美紀を家まで送っていった。 「おい、美紀さっきのは……」 2人きりになったところで本題に入る。 「だって、もしあの中に事件に関わっている人がいたら、あんな所であたしたちが見つかっちゃまずいでしょ」 「やっぱりそうか。―――あの中に犯人がいるっていうんだな?」 美紀がキスしてきた直後、俺もその考えに至っていた。 あの中に犯人が……とは思いたくないが、2度も生徒会室が狙われたとなると、どうしてもそう疑ってしまう。 「そうは言ってないでしょ。犯人かもしれないし、仲間かもしれないし、知らないうちに利用されてるだけってこともあるし」 美紀は慎重に言葉を選んでいるようだった。「でも、ちょっと思いつく事があるの」 「なんだよ?」 「今はまだ…… あとでね」 この前も、 「鍵がなくても生徒会室の戸を開けることが出来るかもしれないわよ」 と言っておきながら、美紀はその方法を教えてくれなかった。 「おい…… いい加減教えてくれよ」 じれったくなって俺がそう言うと、 「じゃ、今夜ゆっくり教えてあげよっか」 いつの間にか、美紀の家の前まで来ていた。「今晩、誰もいないの」 「マジかっ?」 思わず確認してしまった。そんな俺を見て美紀が笑う。 「ウソよ」 「……なんだよ…」 俺はちょっと(?)がっかりした。 「なによ、飢えたオオカミみたいな顔して」 美紀は少し首をかしげると、「ねぇ、キスして」 と俺を見上げた。 「さっき散々やったじゃないか」 「あれは演技よ。心がこもってなかったわ」 俺は肩をすくめると、美紀の唇に自分のそれを当てた。 「おやすみ。名探偵さま」 「どう? 何か盗まれたものとかない?」 翌日の昼休み、俺と美紀は生徒会室にやってきていた。 本当だったら、業者が入って片付くのは放課後のずだったのだが、予定より早く生徒会室が復帰した。 俺と美紀はそんな生徒会室の中を、何か盗まれたものはないかと調べていた。 ……いや、間違えた。 美紀はただ椅子に座って俺に指図しているだけだから、実際に調べているのは俺1人だった。 俺はパンパンと袖口を払うと、 「別に何もないみたいだな。コピー用紙が一冊なくなってるけど、在庫管理が悪いのかいつもの事だし……」 と言って立ち上がった。「最近、コピー機利用しても利用者ノートにつけないヤツが多いんだよな。カウンターとノートの集計が合わないなんて事、しょっちゅうだぜ」 「じゃあ……何か盗んだんじゃなくて、あっちゃ困るものを回収していったのかも……」 と美紀が呟いた。 何の事を言っているのか、さっぱりワケが分からなかった。 すっかり名探偵のつもりでいるらしい。 「おい、暇ならその辺片付けてくれよ。机の上とか」 「暇? コレが暇なふうに見えるの?」 今の美紀が忙しそうに見えたら、世界中に暇な人間などいないだろう。 美紀はブツブツ言いながらも片付けをはじめた。 ガラスはキレイになったが、元々あった書類等は、テキトーに積み重ねられてしまっていた。業者はそこまでやってくれないから仕方ない。 「もう、片付けなんて名探偵の仕事じゃないのよね」 「名探偵はそういう細かいところから、何か手がかりを見つけたりするもんじゃないか?」 いつに間にか手がかり探しから、部屋の片付けに変わっていた。 「高弥、コピー機の電源が入れっぱなしよ」 「え? 今日は俺たちがはじめてここに入ったんだから、誰も使ってないはずなんだけどな」 昨日もガラスが割られていたせいで、生徒会室で活動らしい活動は何もしていない。 一昨日からつけっぱなしだったのだろうか。 美紀はコピー機の電源を切ると、 「ウチの学校は私立なんだから、こうゆうところで無駄なお金使ってもらっちゃ困るわ。あたしたちのお金から出てるんだから」 と文句を言った。「もっと節約してちょうだい、副会長さん!」 「いい主婦になれるぜ」 俺は苦笑しながら言った。 「あら、誰の?」 と言いながら美紀はコピー機のフタを上げた。「……コピー機に何かプリントが残ってるわ」 「ん? ああ、それよくやるんだよ。コピーが終わっても原本を挟んだまま忘れてっちまうんだよな」 |
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美紀はしばらくそのプリントを眺めたあと、 「……高弥、ちょっとコレ見て」 と俺を呼んだ。 「なんだ? 何が挟んであった? ……って、これっ!?」 俺は美紀が持っているプリントを見て目を見張った。「今度の定期テストの問題じゃないかっ!」 プリントは2年の代数幾何の問題だった。 教師が生徒会室のコピー機をわざわざ使うはずがない。 美紀は肯いた。 「多分コレだけじゃないはずよ。コピー用紙一冊分なくなってるって言ったわよね。きっと全学年、全科目コピーしていったのよ!」 「一体誰が……」 「―――それは見当がついてるわ」 美紀は二コリと笑った。 |
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