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「会長、予算表が出来上がりました」 俺は中谷さんの机の上へ予算表を差し出した。中谷さんはそれを手に取ると、 「―――高弥、野球部の予算が申請のときより大分少ないんじゃない?」 と眉間にしわを寄せた。 「はい。削らせてもらいました」 「削った……って。これじゃ野球部がかわいそうだよ」 「お言葉ですが、会長。ここ10年間、野球部は夏の甲子園地方予選は全て1回戦負け、対外試合も昨年は20試合中、16敗2引分け……とこういう結果なんです」 すると中谷さんは、 「あとの2試合は? 勝ったの?」 と身を乗り出した。 「いえ。途中でメンバーが帰ってしまって、試合続行不可能だったそうで」 「―――そうか。なら仕方ないな」 中谷さんは不承不承、予算表に判を押した。それでもまだ諦めきれないらしく、 「だけどなぁ、あれじゃ野球部がかわいそうだよ……」 などとブツブツ言っている。 「失礼します」 俺は軽く頭を下げると生徒会室を出た。 |
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俺の名前は加納高弥。 この私立青葉学園高等部の2年で、生徒会副会長をやっている。 会長は3年の中谷さんがやっているのだが…… この会長、とんだ世間知らずで困るのだ。 なんでも親が高級老舗ホテルのオーナーで、その一人息子。小さい頃から大切に甘やかされて育てられてきたせいか、金銭感覚がまるでなってない。 その上、自分が他人に優しく嘘偽りなく接しているからみんなもそうなんだ、と思い込んでいる。 なぜこんな世間知らずのお坊っちゃんがこの学園の生徒会長をやっているのか、俺は不思議に思っている。 ゆえに、実質的に生徒会を動かしているのは、副会長のこの俺なのだ。 廊下を歩いていると、反対側から恋人の美紀がやって来た。 「高弥っ!」 美紀は俺を見つけると飛びついてきた。「今日はもう帰れるの?」 「ああ」 美紀とは1年の時から付き合っている。肩まで伸びた栗色の髪に、くりっとした大きな目が特徴だ。 もちろん、可愛い。 「ねぇ、高弥。今度の日曜日映画行かない? ほら、この前話してたヤツ…」 美紀は俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。 「日曜? ダメだ」 「何よそれ」 「日曜は桜台高との交流会なんだ。中谷さんに付き添わなきゃならない……っと、ちょっと待ってろ」 俺は職員室の前まで来ると、美紀を待たせて職員室へ入った。そして1分と経たないうちに出てきたのだが、美紀がムクれた顔で立っていた。 「……? どうした?」 美紀はクルリと向きを変えると、スタスタと昇降口の方へ歩いていく。 俺は慌てて後を追った。 「おい、一体どうしたっていうんだよ!」 美紀は無言で靴を履き替えると、校門へ向かって歩き出した。 「おい―――」 一体どうしたっていうんだ? 俺、なんかしたか? すると、校門を出たところで美紀は立ち止まり、俺の方を振り返った。そしてそのまま俺を見上げると、 「なんか、最近冷たいんじゃない? 高弥」 と眉間にしわを寄せた。 「は?」 俺が戸惑うより先に、美紀の顔色がサッと変わった。 「副会長になってからというもの――……っ!? さては高弥! あなたあの広報の内沢洋子とかいう女とデキてんのねっ!?」 「洋子と? バカ言ってんなよ」 「じゃあ、あの女だわ。会計の髪の長い女よ! 浮気者っ!」 俺は溜息をついた。 美紀は俺の浮気方面に至っては、スバラシイ(?)想像力を発揮するのだ。 誤解のないように言っておくが、俺は一度たりとも浮気などした事はない! 「とにかく、あたしの言うことが全部違うっていうんなら、その証拠を見せてよ」 そういうと美紀は、カバンを放り出して俺の首に腕を伸ばし、背伸びをするようにしてにじり寄ってきた。 |
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「おい…… みんな見てるぜ」 俺がそう言っても、 「あら、構わないじゃない」 と有無を言わせない。 「マジかよ。まいったな……」 「その、まいったな……、っていうのは、やっぱりあの洋子ってコと―――!」 「取り消す!!」 俺は慌ててそう言うと、美紀の唇を自分のそれで塞いだ。 まぁ、有体に言えば、キスしたということになるが…… 「なんだって? 嘘だろっ!?」 俺は思わず机を叩いて立ち上がった。直後、「あ、いや……失礼しました、会長」 と慌てて座り直す。 中谷さんはしばらく俺のことをあっけに取られて眺めていたが、 「あ、ああ。高弥がビックリするのも無理ないよね。僕もあまりの事に呆然としちゃって……結局午前中の授業もここでサボっちゃったくらいだから…」 と肯きながら言う。 ここは生徒会室。 いつもはキチンと整理されている机や棚が、今はめちゃくちゃになっていた。 「なんてことだ……」 俺はイライラと生徒会室の中を歩き回った。 「少しは落ち着きなさいよ、高弥」 会計の亜希子が俺をたしなめる。そんな亜希子を睨みつけ、 「これが落ち着いていられるかっ!」 と怒鳴った。「予算が盗まれるなんて……」 ……そう。 今俺たちが焦っているのは、生徒会で管理していた予算が盗まれてしまったからだった。 今日は申請があった部活やサークルに今月分の予算を配る日だった。 そのため、昨日の放課後のうちに銀行から引き出してきた金を金庫に入れておいたのだが、それが何者かに盗まれてしまったのだ。 朝イチで生徒会室に来たのは中谷さんだった。 生徒会室の惨状を目の当たりにした中谷さんは、驚き、ショックを受け、しばらく思考回路が止まってしまったらしい。 1限目を呆然として過ごし、だんだん状況を把握してきた2限目を焦って過ごし、3、4限目は何かなくなったものはないかと室内を見回し、閉まっているはずの金庫が開いていたことを発見し、お昼休みの今、みんなに招集をかけたという…… 招集かけるのが遅すぎるだろう! どうして発見した時点で知らせてくれなかったのか……と悔やまれるが、第一発見者が中谷さんだったのだから諦めるより仕方がない。 「高弥、気持ちは分かるわ」 洋子が立って、軽く俺の肩を叩いた。「でも、今そんなにイライラしても何も解決しないんじゃない?」 俺は大きく深呼吸して気を落ち着かせた。 「早川先輩、金庫にはいくらぐらい入っていたんですか?」 同じく副会長の1年の安田が訊いた。安田はおっちょこちょいなところが多々あるが、なぜか憎めないヤツだ。 早川とは亜希子の事である。 「ええっと―――40……2。42万円だったと思う」 「42万!」 一同が驚愕の声をあげた。 「なんだ〜。42万か!」 みんなが驚いているのをよそに、中谷さんがホッと安堵の溜息をつく。「大した金額じゃないじゃないか。安心したよ」 |
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「……会長は黙っててください」 俺は中谷さんの言葉を手で制した。 「でも高弥、42万なら僕のお小遣いでなんとか……」 俺は溜息をつきながら、 「金額の問題じゃありません」 「どうしよう……先生に報告しないとダメよね」 亜希子が頭を抱える。会計という役職上、みんなより責任を感じているみたいだ。 「う〜ん。本来ならそうすべきよね。でも、管理が悪かったんだろ、って相当怒られるわよね。もちろん、あたしたち全員」 洋子が亜希子を気にかけつつ避けられない事実を述べる。 怒られるだけで済めばいいが、下手したら警察沙汰だ。 犯人が内部の人間なのか、それとも外部犯なのかで学園側の対応も違ってくるかもしれないが、金額が金額なだけに警察に相談される可能性が非常に高い。 「もう1回よく考えてみない?」 洋子がみんなの顔を見回す。「昨日、ここを最後に出たのは誰? 何時ごろだった?」 「ああ、それは俺と亜希子だ。亜希子がバレー部にだけ先に今月の予算を渡して…… 5時過ぎてたよな?」 俺は亜希子を振り返った。亜希子は額に人差し指を当ててちょっと考えながら、 「うん。5時……でも15分にはなってなかったわね。そのあとあたしが音楽室や科学室なんかの戸締り確認して、結局5時半くらいに高弥が鍵を閉めて帰ったのよね」 「僕が登校して来たのが8時ごろだったけど…… 鍵閉まってたよ?」 俺は頭を抱えた。 昨日俺は、確実に鍵を閉めて帰った。それは間違いない。 生徒会室は完全な密室状態だった。 そんな生徒会室にどうやって犯人は忍び込んだのか。 しかも、ご丁寧に犯行後また鍵を閉めて出て行った。 もう、鍵を使って犯行に及んだとしか考えられない。 「……高弥じゃないのよね?」 洋子が疑いの目を向けてくる。 「冗談はやめてくれよ」 たしかに俺も生徒会室の鍵を持ってはいるが、俺はやってない。 生徒会室の鍵は役員全員が持っているのではなく、会長の中谷さんと副会長の俺だけが持っているものだった。 「あと鍵を持ってるのは顧問の村上先生だけど……昨日から研修だかなんだかで大阪に行ってるみたいだし」 「職員室に置いてある鍵は? 誰でも持ち出せたんじゃない?」 「いや、そのキーボックス自体に鍵がかかってるから、そう簡単には取り出せないだろ」 「じゃ、犯人はどうやってここに入ったのよ」 「…………」 また振り出しに戻ってしまった。 「鍵なら僕も持ってるけど」 中谷さんのセリフは当然のようにみんなにスルーされる。 ……ここにいる誰も、『大した金額じゃない42万』のために、中谷さんが予算を盗むとは微塵も思っていない。 「やっぱり、こんなこと生徒に出来るわけないわよ。外部犯なんじゃない? 先生に報告するのが1番いいと思う。……あたし、怒られるのは覚悟してるから」 亜希子が溜息をつきながら肩を落とす。 「や、だから亜希子だけのせいじゃないから! 怒られるのはここにいる全員だから!」 洋子が亜希子をフォローする。 「でも、各部に渡すお金もいるし、このままいつまでも隠しておけないでしょ?」 「それはそーだけど……」 「とりあえず僕、銀行行ってこようか? 42万くらいならまだ口座に残ってるはずだし……」 と中谷さんが自分の財布を取り出した。それを受けて、 「いいんですか、会長! 助かりますっ! じゃ僕ボディガードとしてついて行きますよ!」 と安田が立ち上がる。 「ちょっと待て。返せるかどうかもまだ分からないのに、簡単に人から金を借りるな!」 俺に怒鳴られ安田がしょぼんとする。 「別に返してくれるのはいつでもいいから」 「会長……」 金持ちの金銭感覚についていけずにいると、洋子が、 「―――ねぇ、提案なんだけど」 と囁くように言った。「あたしたちでなんとか犯人挙げられないかしら?」 洋子の発言に一同が驚く。 「本気か?」 「警察でもないのに、あたしたちにそんなこと出来る?」 「そんなことしているうちに、お金使われちゃいませんかね」 「そんなのとっくに使っちゃってるに決まってるじゃない!」 「え? じゃ探す意味なくないですか?」 「あんたバカね。犯人挙げたら返してもらうに決まってるでしょ」 洋子が馬鹿にしたような目線を安田に向ける。 「でも、あたしたちで犯人捜すとしても、それまでに各部に渡す予算どうしよう……」 亜希子が眉を寄せる。 「だからそれは僕が立て替えといてあげるって!」 「また会長はすぐそういうこと……」 俺たちが生徒会室で、ああでもないこうでもない、と頭を抱えているところへ、 「あら、どうしたの? みんな深刻な顔しちゃって……」 と3年の永井和歌子さんが入ってきた。 和歌子さんは髪を背中まで伸ばした、すらりとしたものすごい美人だ。 しかも頭も良くて、定期考査ではいつも10番以内に入っている。 まぁ、古臭い言い方をすれば、学園のマドンナってところか。 「っていうか…… どうしたの? この有様……」 和歌子さんが呆れたような顔で生徒会室の中を見回す。 俺はこの一件が外部の人間に漏れるのはまだ避けたかったのだが、この荒れた生徒会室を見られたあとでは取り繕うことも難しい……と、結局は話す事にした。 事の一部始終を説明すると彼女は、自分も協力する、と言い出した。 「ありがとう、和歌子。僕もどうしていいのか分からなくって……」 と中谷さん。 「それであなた午前中サボったのね。だらしないんだから〜。しっかりしなさいよ、正臣。あなた生徒会長でしょう!?」 と、和歌子さんは中谷さんの頬を軽くペチペチと叩いた。 |
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正臣、とは中谷さんのことである。 中谷さんとここまで親しく付き合っているのは、彼女くらいしかいないだろう。同様に、和歌子さんを呼び捨てにしているのも中谷さんくらいである。 中谷さんは多少世間ズレしているところはあるが、勉強は相当できる。和歌子さんと同じく定期考査では常にベスト3に入るほどの秀才だ。 加えて、容姿もかなりイケている。 実際、仲がいい2人は一緒にいることも多く、2人が並んでいると相当な絵になる。 かといって、この2人は恋人同士というわけではない。 どういう関係かと聞かれると、俺も困るのだが…… 和歌子さんはコピーをとりに生徒会室に来たらしい。 生徒会室にはコピー機がある。 図書館にもコピー機はあるが、別棟で遠いのと有料という理由から、この生徒会室を利用する者は多かった。 和歌子さんはコピーをとったあと、傍らにあったノートに必要事項を記入した。 ここのコピーは無料であるが、使用目的、枚数をノートに記入する事になっている。 週一でカウンターとノートに記入のあった枚数をチェックするのだが、合ったためしがない。 コピーを取りに来る生徒は結構いるのだが、誰もそれをちゃんとチェックしていないせいだ。 役員も生徒会室にいるときは何かしらの作業をしていたりするから、 「コピー借りまーす」 「はい、どうぞー」 と適当にあしらったりしてしまうことが殆どだっだ。 これからはちゃんとチェックするようにしないとダメだな…… って、今はそんなことより盗まれた予算の方が大事だが。 和歌子さんは何枚かの用紙をファイルに挟むと、 「じゃあね、正臣。何かあったら協力するから。しっかりね!」 と、生徒会室を出て行った。 その日、結局俺たちは解決の糸口を何も見つけられぬまま解散することとなった。 各部活動には、とりあえず予算を渡す日を延ばしてもらうことで対応した。 一体これからどうすればいいのか…… 翌日の2限目終了後、洋子がものすごい勢いで俺のクラスへ飛び込んできた。 「大変よ! 高弥!」 「何だ?」 俺は、息を荒くして大股でこちらにやってくる洋子を見上げた。洋子は俺の耳元に口を寄せると、 「予算が入っていた袋が見つかったわ」 と小声で囁いた。 「なんだって!? じゃあっ…」 俺は思わず椅子から立ち上がった。その拍子に椅子が後ろに倒れる。 「……残念ながら、中身は入ってなかったんだけどね」 「―――え…」 やっぱりか…… そう簡単に解決するわけがない。 俺は気落ちしたまま、倒れた椅子を起こした。 「…で、袋があった場所なんだけど……」 と洋子が言いにくそうに続けた。 「どこ?」 「それが…… 和歌子先輩の机の中だったのよ」 「ええっ!?」 嘘だろ? あの和歌子さんが…… まさか! 「何かの間違いだろ?」 「あたしもそう思うけどね」 「和歌子さんはなんだって言ってる?」 「それが、先輩が朝来たらもう机の中に入ってたって言うのよ」 俺はちょっと安心した。 「なんだ、じゃ和歌子さんは犯人じゃないだろ。犯人がわざわざ自分が疑われるような状況作るわけないもんな」 と言いながら、じゃ、一体誰がそんな事をしたというのだろう、と疑問が浮かぶ。 俺と洋子が頭をつき合わせて考え込んでいるところへ、間が悪いというか、美紀がやって来た。 「あら、お2人でなんのお話? コソコソと」 全体的に笑顔だが、目だけ笑っていない。 |
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「いや、美紀……これは生徒会の話で……」 「そう。生徒会の、ね」 と美紀は静かに言って顔を伏せた。そしてすぐ顔を上げると、 「生徒会生徒会っていつもそれねっ! もういいわ! 高弥どっちかにしてよ、生徒会を辞めるか、あたしと別れるかっ!」 「おい、ちょっと待てよ」 俺は慌てて美紀の腕を取った。 洋子は俺たちのやりとりをニヤニヤと眺めながら、 「彼女にも話しておけば?」 「―――何をよ」 美紀が眉を寄せて洋子を見返す。 俺は溜息をついた。 美紀は好奇心旺盛だから、心配なんだよな…… ―――何かしでかしそうで…… |
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