チェリッシュxxx 第6章

@ 風紀戦線異状アリ!


「こ、これ・・・ どうしたのっ!?」
あたしは目の前に現れたものに驚いて目を見張った。
「買っちゃった♪」
と言いながら陸があたしにヘルメットを被せる。「後ろ乗って? 予備校まで送ってく」
「え? だって・・・」
あたしが戸惑っている間も陸は、
「スカートだけど、危ないからちゃんと跨って? あと、カバンは肩にかけないで背負っちゃいな」
とリュックみたいにあたしにカバンを背負わせる。
「え・・・っ!? ちょっ・・・!?」
「ちゃんとつかまっててね?」
「あの・・・っ」
「行くよ?」
陸はそう言うと、とても静かとは言い難いエンジン音とともにバイクを走らせた。
ちょ・・・ ちょっと待って!?
陸、バイクの免許持ってたの―――!?
・・・あたしの名前は、村上結衣。 桜台高校普通科の3年生。
年明けたらすぐに行われるセンターに向けて、予備校の短期集中講座を受ける悲しい受験生。
で、あたしがしがみついてる陸・・・今野陸は、同じ高校の商業科2年で、あたしの彼氏。
陸は背も高いし、運動神経もいいし、顔も整ってる。
だから、女の子からのお誘いも多くて・・・ あたしと付き合う前は、かなりの数の女の子と付き合ってたみたい。
でも、そんなに長続きした相手はいなかったみたいで、陸の話をそのまま信じたら、あたしが1番長く付き合ってるってことになるみたい。
それって・・・ ちょっと嬉しいよね?
あたしも陸の前にお付き合いしてた人とかいたけど・・・ そんなに深い付き合いじゃなかったって言うか・・・
そ、その・・・ キスまでの関係だったし。
だから、あたしにとって初めての人が陸で、その陸が、
「今まで付き合ってきたどの女の子より、結衣が1番長く付き合ってるんだよね」
って言われて嬉しかった。
きっとどの女の子よりも、あたしが1番良く陸のコト知ってるんだよね?・・・って思ってたんだけど・・・
けど・・・ 陸がバイクの免許持ってるなんて、今日の今日まで知らなかったよ―――!?
「早く着いちゃったな。 オレもバイトの時間までちょっと時間あるし・・・ マック寄ってかね?」
学校から最寄り駅まで15分歩いて、電車に乗って、で予備校のある駅から予備校までまた歩いて・・・って移動してると、最低30分はかかるんだけど、今日はその半分もかからない時間で予備校まで着いてしまった。
「ねぇ? いつ免許取ったの?」
陸はコーヒーを飲みながら、
「ん? 16んなってすぐ」
・・・じゃ、あたしと付き合い始めたときには、もう免許持ってたってこと?
し、知らなかった・・・
「ずっと欲しかったんだよね。 バイト代貯まったし、中古で安かったから?」
「でも・・・ 事故とか、大丈夫なの?」
免許取ったの、もう1年以上も前なんでしょ?
とあたしが心配したら、
「大丈夫だよ。 ときどき乗ってたし、ダチの」
「そーなの?」
陸はうん、と肯いて、
「帰りもバイクで迎えに行くから。 10時頃だよね? 終わんの」
「そーだけど・・・ バイトで疲れてるんだし、わざわざ送ってくれなくていいよ? あたし1人で帰れるし・・・」
「ダメッ! 送ってく!」
と陸がちょっと険しい顔をする。「つか・・・ またアイツに送っていかれちゃたまんねーからな・・・」
「陸・・・ あのときはたまたまなんだよ? 別にいつも五十嵐くんと同じ時間に帰るわけじゃないんだから・・・」
すごい偶然なんだけど、五十嵐くんは同じ予備校に前から通っていたみたいだった。
そんなコト全然知らなかったから、初めて講習を受けた日の帰り、出入り口のところでバッタリ会ったときには本当に驚いてしまった。 それは五十嵐くんも同じだったみたい。
でも、あたしが受けている講義と五十嵐くんが受けている講義は殆ど違っていたから、毎回一緒になるわけじゃなくて、週に1回くらいなんだけど。 帰る時間が重なるの。
で、この前重なったときに、
「危ないし、送ってくよ」
ってたまたま1回だけ送ってもらったことがあって・・・
それを知った陸が、
「オレが送ってくから、ゼッテーあいつとは一緒に帰んな!」
って必ず迎えに来るようになったんだよね・・・
陸は、あたしと五十嵐くんが2人きりになることを嫌がっている。
それは・・・ 五十嵐くんがあたしのコトを・・・ その・・・ す、好きだったから。
って、今はもう全然違うと思うけどねっ!
文化祭の前くらいにちょっとイロイロあって、あたしは同じクラスで一緒に風紀委員をやっている五十嵐くんから告白されていた。
前から五十嵐くんに好きな人がいることは知っていたけど・・・ まさかそれが自分だなんて思ってなくて、本当にビックリしてしまった。
でも、あたしはやっぱり陸が好きだったから、それは丁重にお断りした。
お断りしたんだけど、今まで気付かずに無神経なことをしていたのと、断った事で今後気まずくなったらどうしようって、イロイロあたしは心配していたんだけど・・・
―――なんか、五十嵐くん、全然フツーなんですけどっ!?
あたしもなるべく意識しないように普通にふるまってはいたけど、五十嵐くんはもう、それ以上に全然、ホントに普通!
一瞬、
「あたし・・・ ホントに告白されたんだよね・・・?」
って疑っちゃうくらい。
いや、普通にしてくれてるのが1番なんだけど・・・
・・・もしかしたら、そんなに本気じゃなかったのかも? だから、もうすっかり忘れちゃってるとか・・・
だったらそれが、1番いいんだけど・・・
なのに、
「あのさ、陸? もう五十嵐くん、全然そんな気ないみたいだよ?」
「いや、信用できねぇ。 ・・・つか、なんで同じ予備校なんだよ? テコンドーのヤツ、それ狙ってたんじゃ・・・?」
って、まだ陸は心配している。
予備校が終わる時間は夜の10時ごろ。
それからあたしのウチに送ってくれて、陸が家に帰りつくのは・・・ きっと11時過ぎてる。
学校終わってから真っ直ぐバイト行って・・・疲れてるんだから、そんなコトしなくていいって言ったのに。
わざわざ方向が違う電車に乗ってまで・・・
その電車だって、乗り継ぎが悪かったら11時半くらいになっちゃうかも・・・
・・・って・・・
そう。 今まで陸は、移動に電車を使っていた。
だから今日、陸が普通科の方に迎えに来て、
「ちょっと来て?」
と学校の隣にある、製紙工場の奥の方に止めてあったバイクを見たときには、本当に驚いてしまった。
学校にも駐輪場はあるけど、それは完全に自転車専用で、生徒が校内にバイクを乗り入れるのは禁止になっている。
だから陸はバイクを隠して止めておいたらしい。
「とにかく迎えに行くから! 予備校の前で待ってる!」
「寒いのに・・・」
もうすぐ12月。
ここら辺は滅多に雪なんか降るような地域じゃないけど、やっぱりコートやマフラーなしじゃ震えるような季節になってきている。
「じゃ、あったかくして待っててね?」
こうなったら、なに言っても絶対陸は迎えに来るに決まってる。 だったら、せめてあったかい格好しててもらいたい。
「もし冷えてたら、あっためて?」
と陸が手を握ってくる。
「え?」
見上げたあたしに陸がちょっとだけ顔を寄せてきた。
「結衣の身体で・・・♪ ・・・って、いてっ」
陸の頭を叩く。
「もうっ! なんでいつもそっちの話に持って行くのっ!」
なんで陸って、こうエッチなのかなぁっ!?
「イヤ・・・ だって、相当ヤッてないし・・・」
と陸は眉間にしわを寄せて、真剣な顔をしている。
「知らないっ」
そんな話、そんな真面目な顔してしないでよっ!
「ビョーキになったら困るし・・・ 次いつ頃ヤラせてもらえるかな〜・・・って、あ・・・結衣ちゃん?」
あたしは陸の話の途中で席を立った。
「もうっ! そんな話、こんなところでしたくない! あたし予備校の時間だから!」
「え〜〜〜っ!?」
陸の不満そうな声を背中に、あたしは予備校に向かった。

「え〜、そいうわけで、最近風紀が乱れがちだと近隣からも苦情が出ている」
川北先生がホワイトボードに色々書き込みながら大声を張り上げている。
あたしは月に1度行われる、風紀の委員会に出ているところだった。
「特に、単車! 我が校は通学に単車を使用することは禁止されているにもかかわらず、乗り入れている者が多い!」
「・・・単車って、なに?」
隣に座っている五十嵐くんに小声で確認する。 五十嵐くんは前を向いたまま、
「バイク」
バ、バイクッ!?
「1ヶ月ほど前に学校前の路地で、単車と人の接触事故も起きている。逃げてしまったから人物は特定できていないが、被害に遭った人は、制服からウチの生徒だと言っている!」
川北先生が竹刀で床を叩く。
「多分、商業科の生徒だとは思うが・・・ ハッキリしていない」
1ヶ月前なら・・・・・ 陸じゃない。
陸がバイクを買ったのは、つい最近だもん。
ホッと胸をなでおろす。
「それから・・・ 学校前の吉野商店からも苦情が来ている」
吉野商店っていうのは、学校の斜め前にある小さな文具店。
文具店っていっても、パンや上履き、雑誌まで売っている何でも屋さんなんだけど。
多分そこを利用しているのは、ほとんど桜台の生徒だと思う。
そこからの苦情って・・・ なんだろ?
川北先生が更に渋い顔をする。
「今年の4月から、急激に・・・ 万引きが増えたと言ってきている」
視聴覚室内がざわつく。
「・・・そう、商業科が移転してきてからだ」
うわ〜〜〜・・・
「俺も反省してるんだ・・・ 取り締まりが甘かったってな。よってこれからは、違反者には厳罰を与えることにする」
と言いながら、川北先生がまたホワイトボードに叩きつけるように何か書きはじめる。
「喫煙は停学3日! 単車の乗り入れ・・・これは校内に止めなくても、近隣に駐輪したら同じだ。それも停学3日! あとは、万引きや、暴力沙汰なんかは・・・その都度適した厳罰を与えることにする!」
・・・なんか、かなりマズイ状況になっちゃってるよ? 陸・・・
陸は、タバコは吸うし、バイクも隣の工場に無断駐輪してるし・・・ 万引きとかしたことあるのかは知らないけど、ケンカとかだってしてるみたいだし・・・
ちょっと・・・ 本当にやめさせなきゃっ!
「ちなみに、コレはまだ検討中だが・・・ 停学を3回受けたものは、その時点で退学ということにしようという意見も出ている」
ちょ・・・ ウソでしょっ!?
「それから、そろそろ2年にも見回りをしてもらうことにする。いきなり2年だけでは回れないから、引継ぎ期間を設けてその間3年に同行させることにする。 3年!」
川北先生があたしたちの方を振り返る。「色々教えてやれ」
・・・ちょっと、陸たちマズくないっ!?
陸なんか、もう1回停学受けてるのに? あと2回で・・・退学になっちゃうの?
タバコとバイクで・・・ 簡単に2回停学になっちゃうじゃないっ!?
やだ――――――ッ!!
「・・・って、聞いてる? 村上さん?」
「えっ?」
急に肩を叩かれて驚いて顔を上げる。 五十嵐くんが訝しげな顔をあたしに向けている。
「早速、明日の見回りから2年生が一緒に回るからって話なんだけど・・・」
「えっ!?」
気付いたら、あたしの前に男の子が1人座っている。
「松浦っす」
肯くように、ちょっとだけ頭を下げて挨拶をするその男の子。
A組はA組同士 指導することになってるから、この子は2年A組の子。
ちょっと、この表情・・・ どっかで見たことあるような気が・・・
この猫みたいな目・・・ なんか・・・ 似てる・・・・・・
「女子は、今日休みだって」
と言いながら五十嵐くんが立ち上がる。「職員室から風紀日誌持ってくるから待ってて。 それあった方が説明しやすい」
「うん」
五十嵐くんが視聴覚室を出て行って、2年A組のその男の子と、2人きりになる。
お互い沈黙。
あたしもあんまり初対面の人と話すの得意じゃないけど、この子もそうなのかな?
男の子はあたしと向かい合わせになるように座っているけど、顔は窓の方に向けていて校庭の方を眺めているみたいだった。
・・・横顔はあんまり、似てない・・・
っていうか、目が似てるだけなのかな・・・?
あと表情とか、そんなのも似てるみたい・・・・・・ 陸に。
この子は髪が黒いから、
「うわっ! 似てるっ!!」
とまでは感じないけど、これで髪が陸みたいにオレンジだったら、雰囲気かなり似てるかも・・・
あたしがそんな事を考えながら男の子の顔を眺めていたら、
「センパイ、商業科と付き合ってんだって?」
と急にその子がこっちを向いた!
「え・・・っ!? な、なにっ!?」
驚いて後ずさったら、キャスター付きの椅子が勢い良く転がって、後ろの机にぶつかってしまった。
男の子は笑いながら、
「2年の今野と付き合ってんでしょ? 有名っすよ」
「ゆ、有名・・・?」
「ハイ。 クラスの女子が、『商業科の今野くん、普通科の3年生と付き合ってるって!ショック〜ッ!!』って騒いでましたよ。 それセンパイのことでしょ?」
いきなりの質問に何も考える余裕がない。 あたしはそのまま、
「・・・うん」
と肯いた。
別に隠すことじゃないし、言っちゃってもいいよね?
「陸のこと、知ってるの?」
「イヤ? オレ、商業科なんかに知り合いいないっすから!」
「そ、そう・・・」
―――商業科なんか・・・
そっけない言い方に、気圧される。
確かに商業科が移転してきたばかりの頃、あたしたち普通科の生徒は、
「なんであんなロクでもない連中と一緒にっ!?」
ってあからさまに煙たがっていた。
それは商業科がものすごく荒れているという噂を聞いていたからで、実際タバコはたくさんの子達が(しかも校内で!)吸っているし、ケンカも日常茶飯事みたいで怒鳴り声が聞こえてくることもしょっちゅうだった。
でも何ヶ月か一緒に生活するうちに、みんながみんな近づけないほど怖い子達じゃないって気が付いてきて、特に女子なんかは、
「商業科の男の子って、ケッコーカッコいい子多いよね?」
とチェック入れたりするぐらいにまでなっていた。
だからあたしも、商業科と普通科の間にあった壁なんかすっかり忘れてたんだけど・・・
やっぱり、商業科って聞いただけでイヤな顔する子もいるんだ・・・
意外と男子なんかはそうなのかも・・・
五十嵐くんもどっちかというと・・・ いや、完全にアンチ商業科だよね・・・
最近じゃ呆れちゃってるのか、あたしには何も言わないだけで・・・
この子もそうなんだ・・・
思わず俯く。
男の子はまた窓の外を眺めながら、
「・・・物好きっすね?」
うわ〜〜〜ん!
五十嵐くん・・・ 早く戻ってきてよ・・・
間もなく五十嵐くんが戻ってきて、10分ほど説明した後、
「じゃ、あとは見回りのときに」
と言って、その子と別れた。
あたしは五十嵐くんと教室に戻りながら、
「・・・なんか、肩凝っちゃったね。 あたし説明とか?ヒトになんか教えるのって、苦手」
「うん」
あれ?
「あ、珍しい! 五十嵐くんが、うんって言った!」
「え?」
「いつも、そお?とか、さぁ?って言ってるよ?」
「・・・そう?」
「ほら、言った!」
あたしが五十嵐くんのことを指差して笑ったら、五十嵐くんはちょっとだけ眉を寄せて、
「って言うか、ホントに面倒だったから。 だから、うんって言っただけ! 悪い?」
「や・・・ 悪くないけど・・・」
五十嵐くんが本気で怒ってるように見えて、ちょっと首をすくめる。「あたし、あの子苦手かも・・・」
「え?」
「だって、商業科のこと良く思ってないみたいだし・・・ さっき五十嵐くんがいないとき、商業科なんか、とか言ってたんだよ?」
そんな子と見回りの同行って・・・ ちょっと気が重い・・・
「・・・あのね? 普通科の連中はみんなそんなもんだから。 分かってないのは、村上さんや一部の女子だけ!」
「・・・そー、なんだ・・・」
五十嵐くんにジロリと一瞥されて、シュンと引っ込む。 引っ込みながら、
「でもさ・・・? ホントに、そんな悪い子ばっかりじゃないんだよ?」
五十嵐くんは呆れたような目線をあたしに向けただけで、それ以上は何も言ってこなかった。
でも・・・ ちょっとホントにマズイ状況かも・・・
陸に色々言っておかなくちゃ。
―――タバコのこととか、バイクのこととか・・・

「え・・・? 二手に分かれる?」
翌朝。 風紀の見回りのため早めに登校して昇降口に行ったら、もう五十嵐くんや2年生が先に来ていた。
「うん。 彼・・・ 松浦くんがそうしたいって」
五十嵐くんが、チラッと2年生の男の子を流し見る。
「だって、その方が効率よくないすか? 時間も倍かけられるからイロイロ?詳しく聞けるし」
「そーなんだ・・・」
あたしはいつも五十嵐くんと一緒に回っていて、1人で回ったことないんだけど・・・教えられるかな?
ま、いっか。 回るポイントを教えればいいだけだし、あとで五十嵐くんにフォローしてもらえば・・・
「じゃ、行こっか?」
とあたしが2年生の女の子と一緒に回ろうとしたら、
「ハイ」
と男の子の方があたしの前にやって来た!
「えっ!? じょ、女子は女子じゃないの?」
「あ。 そんな決まりあるんすか?」
「え・・・ ないけど・・・」
「じゃ、いーっすよね?」
と男の子が五十嵐くんを振り返る。「五十嵐センパイ?」
五十嵐くんは一瞬だけムッとした顔をしたあと、
「・・・・・8時30分には、ここに集合ってことで」
と言って、女の子を連れて商業科校舎の方に歩いて行ってしまった・・・・・・
どうしよう・・・ まさかこの子と2人で回ることになるなんて・・・
チョー憂鬱・・・
とりあえず、見回るポイントとか説明してれば余計な会話しなくてすむよね。 頑張ろ。
「え、とね。 まず体育館は裏側も回って・・・ で、タバコの吸殻とか見つけたら、このバケツに回収するの」
火ばさみでタバコの吸殻を拾っていたら、男の子は呆れた顔をしてあたしを見下ろした。
「なんか・・・ スゴイっすね?」
「ね。 でも、商業科が移転してきた直後よりはマシなんだよ?」
ほんのちょっとだけだけど・・・
「これで?」
体育館裏は校門にも近いし、周りを高めの塀に囲まれているからか、ここでタバコを吸う生徒が多いみたいで、いつも吸殻がたくさん落ちている。
「センパイの彼氏も吸うんすか?」
「うん・・・」
ホントにやめさせなきゃだよね・・・
昨日の帰りも陸にその話したんだけど、
「ん〜〜〜〜〜〜・・・ すぐには無理だろ?」
なんてことを言うから、
「タバコ吸うと、身長が伸びなくなるってよ!?」
って脅したら、
「オレ、181!!」
って笑われただけだし・・・
なんか良い方法ないかな? 陸に禁煙させる・・・
とあたしが昨日のことを思い出していたら、男の子がクックッと笑い出した。
「え・・・ なに?」
「いーんすか? オレの前でそんなコト言っちゃって?」
「・・・・・・あっ!?」
慌てて口を押さえたけど・・・ もう遅い。
「喫煙は停学3日・・・なんすよね?」
「お願い! 黙ってて? もう吸わせないからっ!!」
あたしが必死になって手を合わせたら、男の子は笑いながら、
「現行犯じゃないと停学食らわせられないっすからね。 別にいっすよ」
「・・・あ、ありがと」
確かに吸ってる陸の方が悪いんだけど・・・
・・・なんか、この子・・・ 感じ悪い言い方するなぁ・・・
「・・・あとは、特殊教室棟・・・ 行くね」
体育館裏の目につくタバコを拾って(全部拾っていたら、時間がなくなっちゃう!)特殊教室棟に向かう。
特殊教室棟は、職員室や視聴覚室、化学室なんかが入っている校舎で、先生が常にウロウロしている所だから、さすがにこんなところじゃタバコの吸殻も落ちてない。
けど一応校内全部見回ることになっているから、ザッと流す。
「ところで、センパイ達、どーやって付き合い始めたんすか?」
「ん? 風紀の見回りしてるときに会ったのが・・・ 初めてかな?」
そんな話をしながら2人で廊下を歩く。
「で? やっぱ、ルックス?」
「え?」
「いや、どこが良かったのかな〜って思って。 顔ぐらいでしょ? 所詮商業科だし」
また感じ悪い言い方・・・
あたしはムッとしながら、
「優しいところかなっ」
と男の子より一歩先を歩き出した。「それから、意外としっかりしてるんだよ? キミと同い年なのにっ!」
キミとは違うんだよっ!? と強調して言ってやる。
けど、あたしのささやかな仕返しに気付いてもいないのか、男の子は、
「松浦っす」
「は?」
「だから、オレの名前。 センパイ昨日から、一回もオレのこと名前で呼んでくれてないっすよ?」
と、あっさりとあたしの仕返しはスルーされてしまった。
「・・・分かった。 松浦くんね」
と確認するようにそう呼んだら、顎を突き出すような感じで肯く・・・松浦くん。
ホントに感じ悪い。 それが先輩に対する態度なわけっ!?
「〜〜〜もう、今日は終わりっ! あと分かんないところは五十嵐くんに聞いてねっ!? 五十嵐くんの方が詳しいからっ!」
とあたしが踵を返しかけたら、
「あれ? 屋上は?」
「え?」
松浦くんが手に持っていたプリントに目を落とす。
「ここに書いてある見回りポイントに、屋上も載ってるよ?」
松浦くんが口の端を持ち上げるようにして笑う。「もしかして、忘れてた?」
「わっ、忘れてませんっ!」
確かに忘れてた・・・ っていうか、松浦くんとの見回りを早く切り上げたくて、慌ててた・・・
でも、忘れてたって思われるのは悔しいから、何事もなかったかのように見回りを続ける。
屋上に出る階段を上がる。 あたしの後ろを笑いながらついてくる松浦くん。
「センパイのそれって・・・ 天然っすか?」
いろんな人によく言われるんだよね・・・ 天然って。
「あのね・・・ 天然って褒め言葉じゃないからっ!」
ムッとしたままそう返したら、
「別に、褒めてませんけど?」
と逆に切り返された。
〜〜〜もうやだ・・・
「・・・屋上も何もないと思うよ。 もうすぐ12月だし、寒いから誰も寄り付かない・・・」
と言いながら屋上に出るドアを開けたら、そこに数人しゃがみ込んでいる子達がいた。
「うわっ!」
その子達が驚いて振り返る。 手には―――・・・ タバコがッ!!
「って・・・ なんだ・・・ ヒカルちゃんかぁ」
屋上にいたのは、陸のクラスメイトのさわやかクンたちだった。
「センコかと思っちゃったよ」
「な、なにやってるのっ!? こんなところでタバコなんか吸っちゃダメだよっ!!」
のん気に胸をなでおろしているさわやかクンたちを睨む。
「じゃ、コレ吸ったらやめる。 今、火ぃ点けたばっかだし」
「点けたばっかりでもダメっ!」
あたしは風紀の見回り中に使用するチェックボードを見せて、「見回り中なのっ! 今すぐ消さないと、名前書いちゃうよっ? 停学だよっ!?」
と凄んでみせる。
「怖っ!」
と言いながらも、さわやかクンたちは笑っている。 それでもあたしが睨んでいたら、笑いながらも火を消してくれた。
「名前、書かないでね?」
さわやかクンがあたしの顔を覗きこむ。
「もう・・・ 今回は見逃すけど、もう絶対校内でタバコ吸っちゃダメだよっ!」
「は〜い♪」
さわやかクンたちがぞろぞろと階段室の方に歩いていく。
「ボクも。 内緒にしといてくれよな」
あたしたちの横を通り過ぎるとき、さわやかクンが松浦くんの肩に手をかける。
「もう・・・」
あたしはそこに捨てられっぱなしだった吸殻を拾い上げた。
まさか、特殊教室棟の方で吸ってるなんて思わなかった・・・
「センパイ」
「え?」
松浦くんに呼ばれて振り返ったら、松浦くんがすごく冷たい目であたしを見下ろしている。
「・・・校内で吸っちゃダメ、じゃないんじゃないすか? 未成年っすよ?」
「あ・・・ そうだよ、ね」
つい・・・ うっかりしてた・・・
あたし、感覚麻痺しちゃってるのかな?
校則で禁止されてるから・・・ じゃなくて、その前にあたしたち未成年なんだよね・・・
「・・・ちょっと、甘くないすか?」
松浦くんが小さく呟く。
その声に顔を上げたら、松浦くんは黙って階段室の方を睨んでいた。


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