チェリッシュxxx 第4章

@ カウントダウン


「ちょっとっ!? その顔どうしたのっ!?」
陸のこめかみのちょっと下あたりに、痣が出来ている。口の端にはバンドエイド。
「イイ男が、台無し?」
と笑う陸を、あたしはちょっと睨み付けて、
「・・・もしかして、ケンカしたの?」
と聞くと、陸はあさっての方向を見ながら、
「ん―――・・・ ん?」
「誤魔化さないでっ!」
「ゴメンゴメン」
陸はやっぱり笑いながら、もうしないから許して、と目の前で手を合わせる。
もう・・・・・ なんか最近、ケンカ多くない?
って、商業科の方じゃ日常茶飯事なのかも知れないけど、それにしたって、今まではそんな痣なんか作ったことなかったのに・・・
「もう、ホントにしないから! ってか、次ケンカしてんのがバレたら、ちょっとヤバいんだよね」
「え? どうしたの?」
「停学」
「うそっ!」
「ホント。 いつも売られてんのはこっちだってのに、フザけんな!だよな?」
そう言って、陸は駅に向かって歩き出した。ため息をつきながらあたしもそれに続く。
あたしの名前は、村上結衣。桜台高校普通科の3年生。外見も中身も、自他共に認める普通の女の子。
隣を歩く陸は、商業科の2年生で・・・、あたしの彼氏。
3ヶ月前に、今まで離れていた商業科が引っ越してきて、それから間もなくあたしたちは付き合い始めていた。
陸は背が高くて、顔も整っていて、運動神経も良くて・・・あたしとは正反対。
商業科が移動してきたときからオレンジの頭は目立っていたけど、この前行われた体育祭で、またさらに陸は女子人気が上がったみたいだった。
普通科と商業科は校舎が別なんだけど、視聴覚室や化学室なんかの特殊教室とか校庭や体育館なんかは一緒に使うことになっていて、そんな場所で陸が女の子に話かけられているのを見かけるときがある。
商業科が引っ越してくる前までは、あたしたち普通科の生徒は、商業科の子達を、
「人種が違う! ろくでもない!」
とあからさまな嫌悪感を抱いていた。
実際、商業科の敷地の方に行くと、そこら中にタバコの吸殻は落ちているし(陸も吸ってる・・・)、ケンカも多いみたいで怒鳴り声が聞こえてくることもしばしばだった。
けれど、根は悪くないっていうか、みんながみんな近づけないほど怖い人たちじゃないって分かってきて、特に女の子たちは、
「商業科の男の子って、オシャレでカッコいい子、多いよね〜」
とチェック入れたりするくらいになっていた。
多分、陸も、そのチェックリストの上位に入っているはずで・・・
なんでそんな陸があたしなんかと付き合ってるのか、イマイチ分かんないんだけど。
初めはからかわれてるんじゃないかって思っていた。
だって陸は女の子からのお誘いも多くて、ちょっと・・・いや、かなり遊んでいるほうだったから、あたしみたいなパッとしない子をわざわざ相手にするとは思えなかった。
でも、それは、陸の前では禁句。
「オレの気持ち、信じられないの?」
って怒られちゃう。
いや、怒るだけじゃなくて・・・ その・・・
―――お仕置きまで、されてしまうから。
この前も、体育祭の日に、保健室で・・・
ぎゃ―――ッ!
・・・思い出したら、また、恥ずかしくなってきちゃったよ・・・
体育祭の日。陸の活躍が凄くて、同じクラスの女の子たちや下級生が騒いでいたんだけど、
「きっとみんな、陸の彼女があたしだって知ったら、笑うよ・・・。似合ってないって・・・」
なんてコトをうっかり陸の前で口走ってしまって・・・
―――キス以上のことをされてしまった。
って言っても、最後まではしなかったんだけど。
しなかったって言うか、出来なかったって言うか・・・
いやっ! べ、別にあたしはしたくなかったんだけどねっ!元々!! 陸が無理矢理 襲ってきただけなんだからっ!
もうコレは、本当にしちゃうのかも―――ッ!? って焦っていたら、保健室に人が入って来て・・・
・・・また風紀顧問の川北先生だった。
「くそっ! あいつオレに恨みでもあんのかよっ!? 2度も邪魔しやがってっ!!」
と陸は半ギレになって怒っていた。
実は、体育祭の日以外にも、GW中に やっぱり陸に襲われそうになったことがあって(しかも体育用具室で!)そのときも、川北先生の乱入であたしの貞操は守られていた。
「ゼッテー復讐してやる・・・!」
って陸は目を血走らせていたけど・・・ 何やったんだろ?
数日後、
「復讐完了!」
とか言ってたけど・・・
大体、校内でそんな・・・ エ、エッチしようとする方が悪いんだよっ!
誰に見られるか分からないのに―――・・・
・・・って、実は麻美には、聞かれちゃってるんだよね。この前の保健室でのことは・・・
実は、あたしと陸が保健室にいたのは、体育祭中に怪我をした麻美の様子を見に行ったからだった。
麻美は怪我とか、あと他にもイロイロあって・・・、保健室にある3つのベッドの内の1つに眠っていた。
そのときにあたしが例の発言をしたせいで、陸の言う「お仕置き」を、麻美の隣のベッドでされてしまった(あ、だから未遂なんだけどっ!)
で・・・、眠ってたと思ったら、麻美、起きてたんだよね―――
麻美は大人だから、それでからかったりはしなかったけど・・・ 逆に、何も言われないのが怖いっていうか、気まずかったり・・・
「結衣?」
「えっ!? なにっ!?」
急に呼ばれて、驚いて顔を上げる。
「って、こっちのセリフだよ。何にする?」
気が付いたら、いつの間にか駅前のマックに着いていて、すでにカウンターの前。
「オレはね〜・・・ ポテトとシェイクのチョコ!」
うっ! あたしの前でそんなもの・・・
「あたしは・・・ 爽健美茶」
「・・・それだけ?」
「うん・・・」
「どうしたの? 体調悪いの? 腹痛いとか?」
「ん――― ちょっとね。そんなところ」
本当は、ダイエット中なんだよね。 絶対陸には知られたくないんだけど・・・
「そんなことよりっ! ケンカばっかりして、テスト勉強はしてるの? もう来週だよ?」
慌てて話題を変える。
陸はポテトやカップが乗ったトレイをテーブルに置きながら、
「う〜ん・・・ そこそこには?」
「・・・なんで疑問形!? そんなんで大丈夫なの?」
あたしも、そんな、ヒトに説教するほどしてないんだけど・・・
って言うか、勉強しようと机に向かうと、ボーっとしちゃって・・・ 気付いたら朝、なんてコトがしょっちゅうなんだよね・・・
ダイエット中であんまり食べてないから、集中力落ちてる?
それとも―――
「じゃ、教えてくれる〜? センパイ?」
向かいの席に座っている陸が、上目遣いにあたしを見る。
うっ・・・ に、2年生の問題だったら、多少は・・・ 分かるかなっ?
「い、いいよ!?」
あたしがちょっと胸を反らしてそう言うと、陸はちょっとだけ笑って、
「結衣、PLとかBS、分かんの?」
「え? ビ、ビーエス?」
って・・・・・ 衛星放送のコト? だよね?
商業科って、そんなことまで勉強するんだ?
やっぱり、卒業したら就職する人が多いから、実践的なコト勉強してるんだ・・・
そう言えば、何年後かには今観てるテレビも、全部デジタル放送になるとか聞いたことあるけど・・・それに関する、何か・・・かな?
「難しいコト、勉強してるんだね」
「普通科とは違うからね」
「それじゃ教えられないや。あたし衛星放送とか? 全っ然分かんないから」
あたしがそう言うと、陸は飲んでいたシェイクを吹き出した。
「ゲホゲホッ ―――ゆ、結衣? ゲホゲホッ」
「ちょっ!? 大丈夫っ? 陸!?」
気管に入ったみたいで、陸はしばらくの間むせていた。「変なとこ入っちゃった?」
あたしがハンカチを差し出すと、陸はそれで口元を拭いながら、
「久々に聞いたわ。結衣語変換!」
と今度はお腹を抱えて笑っている。
「結衣語変換・・・?」
え? あたし今、変なコト言った?
「BSは衛星放送のコトじゃないよ。バランスシート! 貸借対照表のコト!」
え? なに?
バランスシートとか、タイシャク・・・ナントカとか、言い直されても全然わかんないんですけど・・・
って言うか、笑いすぎじゃない?
「―――意地悪っ! そんなの普通科で習わないんだから、しょうがないでしょっ!」
陸は、ゴメンゴメンと謝りながら、やっと笑いがおさまってきたみたいだった。
「・・・ま、テスト勉強はテキトーにやってるってコトで・・・ そんなことより、さ。 覚えてるよね?」
ド、ドキッ!
「な、何がっ?」
あたしが視線をそらしてそう言うと、陸は、
「またまた〜! とぼけて〜!」
と腕を伸ばして、あたしの頬を突付いてきた。「期末テストの最終日、七夕だよ? オレの誕生日!」
やっぱり、覚えてたよね・・・
テスト勉強に集中できないもう一つの理由は・・・、それ。
って、ダイエットも結局はそのためにしてるから、同じコトなんだけど・・・
陸から、
「7月7日の誕生日に、結衣をちょーだい?」
なんて言われてしまって・・・
元々身体に自信なんかなかったけど。 胸だって・・・大きくないし。
せめてちょっとでも痩せられたら・・・なんて思って、あたしは体育祭の後からダイエットを始めていた。
ちょっとは、痩せたのかな? 良く分かんない。
体重は少しだけ落ちたけど・・・ たったの1キロだけ・・・
あと1週間で、どれくらい痩せられるんだろ・・・
間に合うかな・・・
って、心配事はスタイルのコトだけじゃないんだけど・・・
・・・・・・やっぱり、痛い・・・のか、な。
きっと、痛いよね? 出血するって、よく聞くし・・・ なんか、怖いな・・・
大体、どれくらい出血するんだろ―――
なんか、初めてで、全然分かんない・・・
陸に任せちゃって・・・いいのかな・・・? きっと、慣れてるから、大丈夫だよね・・・
でも・・・
「うわっ! なんだよ、メンドくせーなあ」
とか思われたら・・・
やだ―――ッ!! そんなの耐えられないっ!!
あたしが一人、悶々と考え込んでいると、
「―――結衣? 大丈夫? なんか、顔色悪いけど・・・」
と陸が顔を覗きこんだ。
「え? そ、そう?」
「うん。赤くなったり、青くなったりしてるよ?」
「そんなことないよっ! 大丈夫 大丈夫!」
ならいいけど・・・と陸は言って、
「あ〜♪ マジで楽しみだな〜。どんなコト、してもらおう?」
腕組みをして、何か考え込むように天井を見上げている。
「どんなコト・・・って・・」
どんなコト!?
ちょっと待って? あたし初めてなんだけどっ!?
―――陸、あたしが初めてだって、知らないのかな?
はっ!
まさか、杉田先輩と・・・済み、だと思われてる?
ありえる・・・ 
わざわざそんな話、したこともなかったけど、そう思われててもおかしくないよね?
い、一応年上だしね、あたしの方が・・・
「なんてね。ビビッた?」
は、初めてだけど、せめて、面倒くさいとか思われないようにしなきゃ。
「あ!そーだ! その日晴れたら、星見に行かね? オレの誕生日って、いつも雨か曇りなんだよね」
でも、どうすれば面倒だとか思われないで済むんだろ・・・
「なんで七夕と梅雨って重なってんだろ・・・って、結衣? 聞いてる?」
陸が訝しげな顔をあたしに向けた。
「き、聞いてるよ! 梅雨見に行くんでしょ!?」
「は?」
「その時」に向けて、カウントダウンが始まったようで、にわかに心臓がドキドキしてきた・・・

「・・・結衣、ダイエットでもしてんの?」
降ったり止んだりを繰り返しているお天気だけど、今日は曇りにとどまってくれていた。
昼休み。屋上で麻美と二人お弁当を広げる。
「え? なんで?」
「なんでって・・・ 明らかにお弁当の量、少なくなってるじゃない」
やっぱり女の子だ。よく見てる・・・
陸のときのように誤魔化せるはずがない。あたしは正直に、
「うん・・・ 実は、そう」
「なんで? 結衣、別に太ってないじゃん」
「太ってるのっ! ・・・足とか、もっと細くしたいし・・・麻美みたいに背も高くないから、余計に太く見えるもん・・・」
麻美は、何言ってんの、と言いながらお弁当を食べ始めた。
麻美はスラッとしてるから、分かんないんだよ。あたしの気持ちは・・・
「あたしは、結衣みたいに小さく生まれてきたかったけど?」
と麻美が呟くように言った。
「なんで? じゃ、交換してっ!」
出来たらね〜、と麻美は言って、
「ねぇ、もしかして・・・ここんとこボーっとしてるのって、ダイエットのせいじゃないの? ―――あ、まさか、商業科に太ってるとか、言われたの?」
麻美はちょっとだけ顔を赤くして、あたしの顔を覗きこんだ。
「い、言われてない言われてないっ!」
あたしも慌てて首を振った。たぶんあたしの顔も、赤くなってるな・・・
麻美には、保健室での出来事を聞かれちゃってるから、きっともう、「済み」だと思われてる・・・かも。
「・・・とにかく、あんまり急激な事しちゃ駄目よ?」
「うん・・・」
でも、あと、1週間しかないんだよ・・・
ホント、どうしよう・・・ あ、また、ドキドキしてきた―――

「ちょっと・・・村上さん? 大丈夫? 凄く顔色悪いみたいだけど・・・」
「・・・え? そう?」
放課後。風紀の見回りで五十嵐くんと一緒に校内を歩いていた。
やっぱり、ダイエットのせいかな? 麻美にも、急激なコトやっちゃダメだって言われたけど・・・
なんか、色々気になることが多くて・・・ いつも、胸はドキドキいってるし・・・
「テスト勉強のしすぎじゃないの? 寝てる?」
「・・・寝てるよ」
あ〜、ちゃんと勉強しなくちゃっ!
中間テストであんまりいい点数取れなかったから、期末で挽回しなくちゃって思ってたのに・・・
あんまり寝てないのに、勉強は全然はかどってないなんて、最悪・・・
―――早くテスト終わってくれないかな・・・
って、テストが終わったらすぐ七夕だよっ! どうしよう・・・
ホントに気が休まるときがないっ!!
また、胸がドキドキしてきた・・・
一瞬目の前が揺れて見えて、思わずしゃがみこむ。
「ちょっ! 村上さんっ!? 大丈夫っ?」
「―――・・・じゃ、ないみたい・・・ ゴメン、五十嵐くん・・・」
続きの見回り、お願いしちゃってもいいかな? と言いながら、あたしは気を失ったみたいだった・・・

「睡眠不足と極度の栄養不足、それから心労・・・そんなのが重なっちゃったみたいね」
保健士の小池先生があたしの枕元に立って、呆れたように言う。「ダイエットなんてしなくていいじゃない。太ってないでしょ?」
「はぁ・・・」
先生は机に向かうと、ノートを開いて何か書き込んだ。
「メガネ君にお礼言っときなさいね」
「メガネ君?」
って、もしかして五十嵐くんのコト?
「あなたのこと抱えて、血相変えて飛び込んできたから、何事かと思っちゃったわよ」
「―――そうなんですか」
「あ、ホラ、戻ってきた」
五十嵐くんが、カバンを持ってやってきた。
「あ、村上さん。気が付いたの?」
「うん。ゴメンね。迷惑かけて」
あたしはベッドから起き上がった。「見回りは・・・」
「終わったから。って言うか、見回りなんかより、村上さんこそ大丈夫なの?」
「うん」
あたしがベッドから下りかけたとき、先生が、
「もう、ダイエットなんて止めなさいね」
「・・・ダイエット?」
五十嵐くんが眉を寄せる。
「先生っ!!」
男子の前で、そういうこと言わないで欲しい・・・

一人で帰れるからいいって言ったのに、先生の強い勧めもあって、あたしは五十嵐くんに家まで送ってもらうことになった。
「ホントにゴメンね。テスト前で忙しいのに・・・」
「別に。そんな何時間もかかることじゃないから」
五十嵐くんはなんでもない事のように言って、「・・・なんでダイエットなんかしてるの? 村上さん、太ってないじゃない」
「太ってないかもしれないけど、痩せてもないのっ!女ゴコロが分かってないなぁ、五十嵐くんは!」
ダイエットをしてることがバレて恥ずかしくなり、つい怒ったような口調になってしまう。
「・・・僕は男だからね。―――女心は分かんないけど・・・」
と言って立ち止まる。「男の気持ちなら分かる」
「男の気持ちって?」
「好きな子に、倒れるまでダイエットして欲しい、なんて思ってる男はいないって事」
とあたしを見た五十嵐くんの顔は、なんだか怒っているようだった。「それに普通、彼氏だったら、倒れる前に気付くだろっ?」
いつもの五十嵐くんらしくない口調に、気圧される・・・
「ゴメン・・・」
「・・・なんで村上さんが謝るの?」
あたしが謝ると、五十嵐くんはさらにイライラしたように顔を背けた。
気まずい雰囲気に耐えられなくて、あたしは俯いた。五十嵐くんも黙ったままあたしの前に立っている。
やっぱ、迷惑かけちゃったよね・・・
保健室に運んでもらっただけじゃなくて、家まで送ってもらっちゃって・・・
「―――もう、ここから一人で帰れるから」
「・・・いいよ。送ってくよ。保健の先生にも言われてるし・・・」
「でも・・・」
悪いから・・・と言おうとしたとき、
「何モメてんの?」
と背後から声をかけられた。


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