チェリッシュxxx 第2章
C 陸 vs 先輩
「オレと勝負しろ―――――ッ!!」 と体育館内に絶叫が響き渡った。 あたしと先輩が驚いて振り向くと、体育館の出入り口のところに陸が立っていた。 「り、陸!?」 陸がゆっくりとあたしたちに近づいてくる。なぜか手にバスケットボールを持って・・・ 「? なに? キミ・・・」 先輩が少しだけ眉間にしわを寄せて聞く。 「オレは、結衣の彼氏・・・」 陸はそこで一旦言葉を切ると、「・・・候補だ」 と先輩を睨んだ。 え? なに? どういうことなの? だって、あたし、陸に愛想つかされて、フラれたんだよね? 混乱するあたしに、先輩が顔を近づけて、 「もしかして、例の彼?」 「は・・・はい」 先輩は、またソフトに笑うと、 「愛されてんじゃん」 「愛っ・・・」 あたしが絶句していると、 「―――ッ、な、何コソコソやってんだっ!!」 とまた陸が怒鳴った。 先輩は笑顔のまま陸に向き直ると、 「いいよ。勝負しようじゃない」 「先輩っ!?」 驚くあたしに先輩は、ちょっとだけ振り返って、 「ま、いいから。ここは俺に任せて。結衣に協力するから」 と小声で言った。 協力って、何するの? 「だから、コソコソやるなって!」 大声を出している陸に、先輩は一歩近づくと、 「で? 何で勝負するわけ?」 と腰に手を当てて言った。 「あんた、バスケ部だったろ?」 ・・・なんで陸がそんなこと知ってんの? 「ああ」 「じゃ、フリースロー勝負だ」 陸は持っていたボールを目の高さにまであげた。 「いいよ」 ちょっとちょっと! 先輩はスタメンレギュラーだったんだよ? ポイントガードだったんだから! 陸がかなうわけないじゃないっ!? 「交代でシュートして、先に外した方の負けだ」 「オッケー」 先輩は陸の手からボールを奪うと、その場で軽快にドリブルを始めた。 わ・・・ 先輩がバスケットやってるの見るの、久しぶり。 去年の夏、県大会の準決勝で負けた以来かも・・・ 「どっちが先攻? 俺はどっちでも構わないよ」 そう言って先輩は、フリースローラインよりさらに離れたところからシュートを決めた。「絶対外さないから」 陸は、先輩のシュートを驚いた顔で見ていたけど、キッと口元を硬くすると、 「オレが先でいい。・・・それから今のシュートも有効だ」 先輩が、ヒュ〜、と軽く口笛を吹く。 陸はフリースローラインに立つと、2本続けてシュートを決めた。 それは綺麗に弧を描いて、バスケットの中に吸い込まれるように入った。 「おお〜!」 先輩が手を叩く。 陸が意外なほど綺麗なフォームでシュートを決めたから、あたしはビックリしてしまった。 すごいじゃない・・・ あたしが陸に見惚れていると、 「結衣! ボール!」 と先輩が軽く手を上げながらフリースローラインに立つところだった。代わりに陸がサイドラインに立つ。 あたしはゴール下にいて、入ったボールを拾っていた。拾ったボールを慌てて先輩に投げた。 「じゃ、俺も2本目ね」 |
と言いながら投げたボールが、またバスケットに吸い込まれる。 体育館にボールの弾む音だけが響く。 ときどき先輩が、 「上手いね」 とか、 「やってた?」 とか、短く陸に話しかける以外は本当に静かだった。 陸は先輩の問いかけにも、殆ど口を開かなかった。 どういうつもりなんだろう? 先輩と勝負って・・・ 一体、何をかけて? もしかして・・・、もしかしてだけど・・・・・・ あたし? だってだって、え? なんで?? 半ば、パニくっているあたしをよそに、二人はどんどんゴールを重ねて行き、陸が6本目のシュートを決めた。 「やるじゃん」 陸は先輩を横目で見ると、 「誰が外すかよ」 と口元だけで笑った。 先輩はちょっとだけ目を見開いて陸を見たあと、 「ところでさ、結衣のことだけど」 「あ?」 「キミが外したら、本当に俺がもらっていいんだよね?」 と微笑んだ。「・・・っていうか、返してもらうって言った方がいいか」 「ちょっ!? 先輩?」 あたしは慌てた。 「結衣は黙ってて」 先輩に制されて、あたしは仕方なく黙っていた。 陸が黙ったまま先輩を睨んでいる。それを、ソフトな笑顔で受けている先輩。オロオロするあたし。 なんなの? この図? オロオロしているあたしに先輩が、 「結衣! コレ持ってて」 と車の鍵を投げて寄こした。「さっきから、ポケットの中でチャリチャリいってて、邪魔だったんだよね」 「は・・・はあ」 渡されたキーホルダーを眺める。 「コレ終わったら、ドライブ行こう。すぐだから待ってて!」 は? ちょっと、先輩? 先輩はまたしなやかなフォームでシュートを決めた。 強くバックスピンがかかっていたようで、あたしが拾わなくてもボールは先輩のところに戻っていった。 「さ、キミの番だ」 と陸にボールを投げる。 陸は受け取ったボールを、しばらくフリースローラインの上に弾ませていた。そして思い切ったように目の高さに構える。 「陸っ」 思わず小さく叫んでしまった。 陸がこちらを見る。 あたしのせいでタイミングがずれてしまったのか、陸は腕を下ろし、再びボールをつこうとした。 すると先輩が、 「イリーガルだよ?」 ? イリーガルって、なんだろ? でも、陸には通じてたみたいで、少しだけ顔を赤くすると、下ろしかけた腕を再び構え直した。 今気付いたんだけど、陸は先輩と構え方が違う。 ちょうど、鏡で映したみたいに左右が逆になっている。 そういえば、字を書くときとお箸以外は左利きって言ってたっけ・・・ そんなことを考えていたら、陸が7本目を投げた。 「・・・あッ!?」 投げた直後、陸が小さく呟く。 ボールはそのままバスケットに吸い込まれると思ったら、リングに当たり、バスケットの上で弾んだ。 うそっ!? 外す!? と思ったら、弾んだボールは幸運にもゴールの中に落ちてくれた。 「やるな〜」 先輩は腕を組んで楽しそうに笑っている。 あたしはそんな先輩に近づいた。 「あ、あの・・・ 先輩?」 「ん?」 先輩が目線は陸に向けたまま、耳をあたしに近づける。あたしも小声で、 「先輩、さっきあたしに協力するって、言ったよね?」 「うん」 うん・・・って・・・ じゃ、なんでこんな陸を追い詰めるようなこと・・・・・・ 「あの、先輩?」 「何?」 先輩に耳打ちしていると、陸がボールを強くバウンドさせて先輩に渡した。 「ホラ! あんたの番だぞ!」 陸は舌打ちしながら、「コソコソやんなっつーのっ!」 とイライラしたように言う。 「あの・・・・・・、次、外してください」 「え?」 先輩があたしの顔を見る。 「だって、もう陸 限界だもん。次は外すかも・・・・・・ っいたッ!」 いきなり先輩に頭を叩かれた。 「おいッ!?」 と陸が声を荒らげる。 「結衣が彼のこと信じないで、どーするの?」 先輩があたしの目を見て言う。 「おいっ! なんで叩いたんだよっ!?」 「・・・陸。なんでもないから」 あたしがそう言うと、陸は口をつぐんだ。 けど、目は怒ったまま、先輩とあたしを交互に見ている。そして、クルリと踵を返すと、反対側のサイドラインに立った。 先輩の順番を待ってるんだ。 「彼はすごく真剣だよ。わざと外したら失礼だ。・・・それに、すぐバレちゃうよ」 先輩は受け取ったボールをつき始めた。「彼、バスケ経験者だよ」 「ええっ!?」 陸、バスケットやってたの? 先輩がボールをつきながらフリースローラインに立つ。 そして、目の高さにボールを構え、今にも投げようかという瞬間。 先輩のズボンのポケットに入っているケータイが音もなく光った。 バイブレーターにしてあったのか、先輩が一瞬、それもほんの少しだけ顔を歪めた。 そしてそのまま、先輩の手からボールは放たれた。 ボールは綺麗な弧を描き・・・・・・先程の陸と同じように、リングに当たった。 けれど、今度は、ボールはバスケットの外側に落ちた。 「っしゃ!」 陸が小さくガッツポーズをする。 「先輩? 今・・・っ」 あたしがそう言いかけるのを、先輩が手で制した。 「キミの勝ちだ」 先輩が陸を振り返る。「ところでキミは、この勝負に勝ったら、結衣をどうしようと思ってたわけ?」 |
「そんなの、決まってんだろ」 陸があたしの方に近づいてくる。「オレの女にする!」 と言って、あたしの肩を抱いた。 思わず陸を見上げる。 ・・・もう嫌われたと思ってたのに・・・ 先輩はあたしたちを見て、今まで以上にソフトに微笑むと、 「・・・・・いいね。お似合いだよ」 と言ってボールを陸に渡した。かわりにあたしの手から車のキーを取り上げる。 そして、そのまま体育館を出て行く。 「結衣っ!」 陸が顔を近づけてくる。 「ちょ、ちょっと待って!」 あたしはそれを手で制した。「ホントに、すぐ戻ってくるから! ちょっとだけ待ってて! ね、すぐ戻ってくるから!」 そう言って、あたしが先輩を追いかけようとすると、 「結衣っ!?」 と陸が怖い顔をした。「やっぱ、あいつじゃないと・・・ダメなのか?」 「違う! あたしが好きなのは陸だからっ!」 ―――・・・思わず言ってしまった。 陸が目を見開いてあたしを見つめる。 「・・・ホント? マジで? 結衣・・・」 「ホントだから! とにかく待ってて!」 あたしは、恥ずかしさと、先輩を追いかけなきゃという思いとで、慌てて体育館から飛び出した。 「せ、先輩!」 やっと先輩に追いついたとき、先輩はもう車のドアに手をかけているところだった。 あたしは乱れた息を整えながら言った。 「せ、先輩さっき・・・、ケータイ・・・。それの、せいで・・・」 「何やってるの? だって」 「・・・え?」 先輩はケータイの画面をあたしの方に向けた。 「さっきのメール」 「メール?」 「・・・実は、京都の大学で、ちょっと親しくしてる女の子から、なんだ」 と、ちょっとはにかんだように笑う。 「・・・新しい、彼女?」 「とまでは行ってないけどね。―――多分、そうなりそう」 「そーなんだ」 なんとなくあたしたちは黙って向かい合っていた。 じゃ、行くね、と言って先輩が右手を差し出す。あたしもその手を取った。 「指輪、捨てなよ?」 「うん。・・・先輩も」 先輩は最後まで優しい笑顔のまま、帰って行った。 先輩、ありがとう。 幸せになってね。 あたしも幸せになるよ・・・ 体育館に戻ると、陸がまだボールを追いかけていた。 「ねぇ、やってたの? バスケ」 陸がドリブルから綺麗なフォームでシュートを決める。 「ん? 小学校と、中学2年までだけど」 そう言いながら、まだボールを放さない。「すっげ、久しぶり!ってか、高校用のボールって大きいな、やっぱ!」 「ボールに大きさの違いなんかあるんだ?」 「あるよ! 重さも違うし。結衣もやってみ?」 「無理無理!」 あたしは両手を大げさに振った。 陸は笑いながらボールをバックボードに当てた。それを高くジャンプして指先ではじくと、バスケットの中に入れた。 一瞬、空中で止まっているように見えて・・・ 「・・・すごいね」 「タップ!オレの得意技!オレセンターだったんだけど、滞空時間長いから、ゴール下はオレのもん?って感じだったよ!」 陸は、タップシュートを決めた後、やっとボールをつくのを止めた。「今何時?」 「3時半」 「まだ、時間あるな。・・・な、帰りにデートしてこっ!」 「どこ行く気?」 「んーっとねぇ」 陸が子供のように考え込む。 「あ! ちょっと待って!」 「ん?」 「ダメだ。あたしお父さんのサンダルで来ちゃってるし・・・・・・―――あっ!?」 そこまで言って、とんでもない事を思い出した!! 思わず先輩にもらったパーカーの前を握りしめる。 「どうしたの? 結衣?」 「か、帰る帰る帰るっ!」 「え? なんで? デートは?」 「今日はダメっ! とにかく、帰るっ!!」 陸は訝しげな顔をしながら、 「・・・じゃ、明日は?」 「あ、明日なら、いいよ!?」 良かった・・・・・・ とても、こんな状態で陸と一緒にいられないもん。 早く帰ろ、早く帰ろっ。 ボールを片付けに体育用具室に行く。 「・・・・・なぁ」 「え?」 「そのパーカー、デカ過ぎね?」 「ああ、先輩にもらったから・・・ ッ!!」 慌てて口を押さえたけど遅かった。 「・・・アキヒコからもらったの? もしかして着てたヤツ?」 ヤバっ・・・ 「あ、あのね? 陸・・・」 「脱げよ」 「ちょっと、寒かったっていうか・・・。そう! 風邪気味?」 「じゃ、オレのシャツ貸してやる。だから、それは脱げ!」 |
そう言うなり、陸が着ていたシャツを脱ぐ。 「ぬ、脱げない」 「脱げ」 「・・・どうしても?」 「脱げ」 陸は眉間にしわを寄せている。 あたしは諦めて、 「・・・じゃ、脱ぐけど・・・、あっち向いてて?」 「なんで?」 「いいからっ! あっち向いてよっ!!」 眉間にしわを寄せたまま、陸が後ろを向く。 仕方なくパーカーを脱ぐ。あたしは自分の胸元を見下ろした。 白いTシャツの上には苺のプリント。そして・・・ ・・・ダメだ。やっぱり、よく見たらすぐにバレちゃう・・・ シャツシャツ。陸のシャツは? ―――っあっ! 陸は脱いだシャツを手にしたまま、後ろを向いていた。 ちょ・・・? どうする? 投げてもらう? なんではじめに気付かないかな、あたしっ! 自分のトロ臭さに情けなくなる。 「り、陸〜・・・?」 「脱いだの?」 陸が振り向こうとする。 「だ、ダメ―――ッ!! こっち向いちゃ!」 あたしは慌てて先輩のパーカーを胸に当てた。 「・・・なんなんだよ、さっきから」 「シャツ、投げて」 「は?」 「陸のシャツっ! 投げてって言ってるの!」 陸は後ろを向いたまま黙っている。 ・・・なに? また怒っちゃった? すると、急に陸が振り返った。 「―――っ! やだっ!」 あたしは両腕で自分の体を抱くようにしてしゃがみ込んだ。 「・・・なんだよ。別になんともないじゃん」 陸が笑いながらあたしに近づいた。「あんま変なこと言うから、パーカーの下、裸なのかと思っちゃったよ」 どきッ!? 「ん、んなこと、あるわけないじゃんっ!?」 「だよな〜」 と陸は言いながら、あたしの手からパーカーを奪い、代わりに自分のシャツをかけてくれる。「風邪? だいじょぶ?」 |
良かった・・・ ごまかせた・・・ 「う、うん。大丈―――ぶっ!?」 急に陸があたしの両の手首を掴んだ。 「・・・なんて、信じると思った?」 ちょっと目を細めてあたしを見つめる。「ホントは何隠してる? 言えよ」 「か、隠してなんか、ないっ!」 わっ、わっ! やめて〜 陸が、あたしの両手を掴んで壁に押し付けてくる。 「さっさと白状しないと、キスしちゃ・・・・う・・・ぞ・・・・? って、ええっ!?」 驚いた陸の目線が、あたしの顔の下に向けられている。 ・・・・・・バレた。 |
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