チェリッシュxxx 第2章

@ ビミョーな関係


『一緒に帰ろう(^・^) 放課後、校門を出たところで待ってる。陸』
昼休み。親友の麻美と一緒に屋上でお昼を食べているとき、ポケットのケータイにメールが届いた。
また陸からだった。
もう、今日何通目?
あたしはポケットにケータイをしまいかけて、やっぱり返事をすることにした。
いつもは放っとくんだけど。
だって、陸からのメールって、
『今数学。眠い(-_-)zzz』
とか、
『朝食ってなくて、腹減った(´o`;)』
とか、
『あ〜!結衣とチュウしたい(^з^)♪』
とか・・・・・・、そんな内容ばかりで、なんて返信していいのか困る内容ばかりだったから。
あたしはちょっと考えてから、
『分かった』
とたった4文字だけ送った。
「なんか、最近メール多いみたいだけど。もしかして、新しい彼氏とか?」
麻美がからかうような目線を向けてくる。
「ち、違う違うっ! ・・・と、友達? そう、友達っ!」
あたしは慌てて首を振った。
あたしの名前は村上結衣。
この桜台高校普通科の3年。特になんの取りえもない、多分フツーの女の子。
勉強も容姿も並みの並で、校内でも・・・いや、クラスでも目立たない方だと思う。どっちかというと。
でも、麻美に言わせると、
「結衣は全然フツーじゃないわよ。その天然っぷりっていったら、国宝級じゃない?」
ということらしいけど・・・
天然って、何が?
ちょっと言い間違いとか多いかもしれないけど、そんなにボケてるつもりはないんですけど・・・
それに、このちょっとボケたところを可愛いって言ってくれた人もいるんだから!
いや・・・、「いた」って言った方が正しいかも・・・・・・
先月別れた、元カレの杉田先輩。
先輩は京都の大学に行ってしまい、遠恋はお互いツライだけだから別れよう、とあたしはフラれてしまった。
しばらく泣いて、自慢だった髪もばっさり切り落として、なんとか忘れようとはしてるんだけど・・・
そうすぐはね。無理ですよ。
あたしは、先輩にもらった指輪を、いまだにカバンの奥にしまっていた。
ちょっと前までは、ネックレスチェーンにぶら下げて制服の下にしていたんだけど、最近は出来なくなってしまった。
陸のチェックが入るから。
陸とは、10日ほど前から、付き合っている・・・・・のかな?
なんか、成り行き・・・というか、陸の強引な誘いで、ズルズルといった感じに始まってしまった微妙な関係。
あたしたちの通う桜台高校は、普通科と商業科があり、土地の関係上今までは2つの科が別々な土地にあった。
それが、この4月から、普通科の隣の空いた敷地に商業科が引っ越してきた。
商業科は非常に荒れていて、風紀の乱れを心配した学校側は急遽、風紀委員なるものを作り出し、トロ臭いあたしはあっという間にそんな面倒な委員に任命されてしまった。
そこで、商業科2年の陸―――フルネームは今野陸っていうんだけど―――と知り合い、色々あって今の関係にいたる。
でも、なんか、付き合ってるって感じがしないのよね。
とりあえず・・・って言うのも変だけど、キスは何回かしてる。―――って、陸が強引にしてくるだけなんだけどっ!
あたしは、キスって、付き合っている恋人同士がするものだと思ってるけど、陸は・・・・・違う気がする。
だって、陸は沢山の女の子とお付き合い・・・っていうか、手当たりしだいなんじゃないの?って聞きたくなるぐらい付き合ってそうだから。
きっと、声をかけてくる女の子はいっぱいいるはず。
実際、人気があるみたいで、あたしと同じクラスの女の子も陸のことをチェックしていた。
それに、以前、別に彼氏がいるっていう女の子に誘われて、その・・・・・・陸が、エ、エッチしてるところに居合わせたこともあるっ!
そんな陸だから、いくら、
「今日から、オレが結衣のカレシね!」
と言われても、どこまで本気にしていいんだか分からない状態だった。
ま、こっちも、杉田先輩のことを忘れられずに、未練がましく指輪なんか取っといてるんだから、お互い様なのかもしれないけど・・・
「もしかして、復活したの?」
麻美はすっかり食べ終えたお弁当箱をしまって、ウーロン茶のパックに手を伸ばす。
「復活って?」
「杉田先輩。メール先輩からなんじゃないの?」
「・・・ちがうよ?」
あたしがそう言うと、麻美はちょっと勘違いしたらしく、
「別に隠さなくてもいいよ? 結衣たちが別れたとき、あたしかなりボロクソに言ってたもんね。杉田先輩のこと。ヨリ戻ったのに言いにくい?」
「違う違う! 本当にそんなんじゃないからっ!」
ホント〜?と麻美は窺うようにあたしの顔を覗き込んで、
「でも、なんかあったら、相談しなさいよ? 結衣って一人で悶々と考え込むタイプでしょ」
「そうかな?」
「そうよ! で、考え込む割には、悪い方悪い方になぜか流されて行くという・・・」
と最後には冗談っぽく笑った。
あたしは、ひどーい、と同じく笑いながら麻美を叩く振りをする。
麻美が本気であたしのことを心配してくれているのが分かって、嬉しかった。
けれど、嬉しいのと同じ分だけ、胸も痛んでる。
・・・内緒にしている、陸とのこと。
あたしたち普通科の生徒は商業科のことを、
「ロクでもない!」
と、あからさまに鬱陶しがっていた。もちろん麻美も。あたしだって、最初はそう思ってたし。
もしかしたら麻美は、
「好きなんでしょ? だったら学科なんかカンケーないんじゃない?」
と言ってくれそうな気がしないでもない。
色々あって、陸はタバコを吸ったりはするけれど、根はそんなに悪い子じゃないって分かってきたし。あたしも、多少の好意は持っていると思う。
でも、まだまだ中途半端な気持ちなことは確かで、とても「学科なんかカンケーなく、陸のことが好き!」ってそこまで言えるような状態じゃなかった。
普通科とか商業科とか、それ以前の問題だよね。
そんな半端な気持ちのまま、麻美に相談なんか出来ないし・・・
メールのことを曖昧に誤魔化せたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「そういえば結衣、塾どうした?」
「うん。この前のことがあって・・・ちょっとまだ保留」
「そっか」
そんな話をしながら教室に戻ると、入り口のところに五十嵐くんが立っていた。
「ああ、村上さん。さっき風紀委員の連絡が来たんだけど、今日の放課後ミーティングだって」
「えっ!? そうなの?」
どうしよう、陸に一緒に帰れるって返事したばっかりなのに・・・
「なんか、用事とかあった?」
メガネの奥の瞳が、探るようにあたしを見る。
「え?・・・ううん、別に用事はないけど・・・」
「―――じゃ、視聴覚室でやるっていうから」
「分かった。視聴覚室ね」
仕方ない。陸には先に帰ってもらお。
五十嵐くんは言うべきことが終わったら、もう用はないといった感じに踵を返した。
「・・・結衣。もしかして、五十嵐となんかあった?」
一緒にいた麻美が、視線は五十嵐くんの背中に向けたまま言う。
「え? ・・・・・・別に何もないよ? なんで?」
「なんか・・・、冷たさって言うか、そっけなさに拍車がかかってるような気がしたから・・・」
麻美はちょっとだけ五十嵐くんの方を見ていたけど、ま、元々無愛想な男か、と言って、教室に戻って行った。
実は、麻美には陸とのことを内緒にしているんだけど、五十嵐くんには、あたしと陸が知り合いだという事はバレてしまっていた。
五十嵐くんは、あたしが陸と親しくなることに難色を示していたけれど、周りの誰にもそのことを言いふらしたりはしないでくれていた。
まさか、付き合い始めることになったとは思っていないだろうけど・・・
あたしも教室に戻り、席に着くとカバンからケータイを取り出して陸にメールを打った。
ごめん、やっぱり先に帰って・・・ 送信、っと。
なんか、すぐに返事がきそう。 なんで? とか、待ってる、とか。
バイブレーターに設定してカバンにケータイをしまったとき、何気なく前方に目を向けたら、斜め前に座っている五十嵐くんと目が合った。
・・・メール打ってたところ、見てたのかな?
五十嵐くんは、すぐに顔を前に戻した。

「えー、そんなわけで、今週末からGWに入るわけだが・・・」
と言いながら、風紀委員顧問の川北先生が机の間を歩く。「長期の休み明けは特にダレる者が多く、当然風紀も乱れがちだ! よって、校門前で抜き打ちチェックを行うことにした。俺一人では全ての生徒をチェックする事は不可能だから、お前らにもやってもらう」
そう言って、3年!とあたしたちの方を見た。
あたしたち3年の風紀委員は、うんざりした気持ちを顔に出さないようにしながら、川北先生の次の言葉を待った。
って、本当は待ちたくないんだけど・・・
「3年は全員、7時半集合だ。遅れるなよ?」
この川北先生は、風紀を乱すものは上から押さえつけろ! それには年長者が適任だ! と考えている人で、よくあたしたち3年を出動させている。
受験生なのに・・・と、3年の誰もが思っているけれど、反抗できる生徒はいなくて、黙って言うことを聞いているしかない状態だった。
そのあと、いくつかの注意事項や連絡事項が続き、やっと解散になったのは会議が始まってから、1時間近くもたった頃だった。
「はぁ。連休明けに7時半登校ってツライよね? 五十嵐くん、お休みはどっか行くの?」
「別に。ウチで本読んだりとか? そんな感じ。村上さんは?」
「あたしも特に予定はないなぁ。麻美と買い物とか? ま、麻美が暇だったらだけど」
「麻美って、渡辺さん?」
「そう! よく知ってるね? って、1年のとき同じクラスだったんだっけ?」
帰り支度をしてミーティングに出ていたから、あたしたちはそのまま昇降口へ向かった。
靴を履き替え校門に向かうと、なんと陸が校門の外側の壁にもたれかかるようにして立っていた。
耳にイヤホンがついているところをみると、何か音楽を聴いているのかも知れない。
陸はまだあたしに気がついていなかった。
先に帰っていいってメールしたのに・・・
きっと、下駄箱に靴が残っていたのを見て待ってたんだ。
1時間近くもこんなところで?
なんか、ご主人を待っている犬みたい。
―――ちょっと、可愛いじゃない。
あたしが陸に歩み寄ろうとしたとき、
「じゃ、村上さん。また・・・」
と五十嵐くんが足早に駅の方に歩き出した。
忘れてた! 五十嵐くんがいたんだった!
「あ、またねっ!」
あたしは慌てて五十嵐くんの背中に手を振った。五十嵐くんは振り返りもせずに歩いて行く。
やっぱり・・・・・付き合ってるって思われたよね・・・・・
なんとなく複雑な気持ちを抱えたまま、
「陸?」
と陸の腕を叩く。
陸はハッとしたようにあたしの方を見ると、
「結衣〜♪」
とイヤホンを外し、両手を広げて唇を突き出してくる。
「ちょ、ちょっと待って!? 誰か見てるよっ!」
あたしは校門の方を振り返った。
陸はあたしの肩を抱きながら、
「授業終わって大分たつから、もう誰も出てこないよ。部活やってるヤツは、まだ活動中だし」
でも・・・、とあたしが言う前に、陸は唇を重ねてきた。
こんな、誰に見られるか分からないところで、もう―――・・・っ
と、いつも抗議しようと思うんだけど、陸にキスされると頭がボーっとしてきて、上手く言葉が出てこなくなってしまう。
あたしはそんなに経験がないから比べようがないけれど、それでも杉田先輩としたキスと、陸のそれとはあきらかに違うっていうのは分かる。
先輩としたときは、いつもガラス細工にでもするような、優しいキスばかりだった。
けれど、陸のは・・・・・・ちょっと激しい気がする。
上手く呼吸が出来なくて、苦しくなってくる―――・・・っ
「ちょ、ちょっとっ!」
陸が角度を変えようとちょっと唇を離したすきに、あたしは慌てて陸の体を押しのけた。
「・・・なに?」
あたしが息を切らしてるのとは対照的な、落ち着いた顔で聞き返す陸。
平凡で目立たないあたしの顔とは対照的な、整った顔。
子供っぽくて、男子に相手にされないあたしと、女の子に人気がある陸。
あたしは陸を除いては杉田先輩としかキスした事ないけど、きっと陸は両手じゃ数え切れないくらいの子としてるに決まってる。
なんか、自分と陸との違いに今更ながらに気付く。
なんで陸は、あたしなんかに声かけてきたんだろう?他にも可愛い子いっぱいいるのに。
実際、陸がいる商業科の女の子たちはオシャレで可愛い子が多く、そんな子達と時々廊下ですれ違うときも、こちらの方が上級生だっていうのに、廊下の端に身を寄せてしまっているあたしがいた。
・・・・・・
急に、恥ずかしさと惨めさがごちゃ混ぜになったような感情がムクムクと湧き出してくる。
「・・・なんか、すごい慣れてるよね」
「は?」
突然不機嫌になったあたしに陸が戸惑っているのが分かる。「なんのこと?」
「キスっ! すっごく慣れてる感じじゃない!」
「・・・・・? どうしたの? 急に」
陸が困ったような表情で、あたしの顔を覗き込んだ。
「急にじゃないよっ! 前から思ってたの! 絶対慣れてるっ!」
なんか、たかがキス程度で騒いでるって思われているようで、余計に恥ずかしくなってきた。
って、あたしが騒ぎ出したんだけど・・・
でも、今さら引っ込みがつかなくて、
「こっちの都合も聞かないでさ、いつもイキナリするじゃないっ!」
「結衣?」
「抵抗できないこと知ってて・・・。ズルイよっ!」
「結衣ちゃ〜ん?」
「あんなキスされたら、何も考えられなくなっちゃうよ!? 困るよっ!」
初めてキスされたときなんか、あまりのショーゲキに気を失ってしまったくらい。
「結衣」
はじめのうちは抵抗してたんだけど、そのうち頭が真っ白になってきて、それから足腰が立たなくなってきて・・・
「結衣」
すぐに気が付いたんだけど、あのときの恥ずかしさっていったらなかった。
「結衣ってば!」
またあのときの恥ずかしさを思い出して、うつむいてしまった。
そんなあたしの顎に手をかけて、陸が上を向かせる。
「ねぇ。それって、褒め言葉?」
「・・・え?」
「何も考えられなくなるほど、オレのキス、気持ちい?」
といたずらっぽい目線を投げかけてくる。
あたしはカーッと頭が熱くなってしまった。きっと顔も真っ赤だ!
「し、知らないっ!」
顎にかけられた手を慌てて振り払う。
「結衣・・・・・・っ、可愛いっ!」
陸が自分の胸にあたしの頭を抱え込むようにして、ぎゅっと抱きしめてきた。
なんか、牽制するつもりが余計に陸を盛り上がらせるようなことを言っちゃったみたい・・・・・・
ううっ。
結局その後も、しばらくキスの雨を降り注がれてしまった。
失神はしないですんだけど。

「結衣! ちょっといい?」
翌朝。
あたしが登校すると、それを待っていたかのように麻美が教室にやってきた。
すでに何回かあたしのクラスに来ていたみたいで。
「やっと来た! 遅いから、もしかして休み?とか思っちゃったわよ」
「ごめん! ちょっと朝、いろいろあって・・・」
今日は珍しく早起きをしていた。
いつもはお母さんが作ってくれたお弁当か、購買部やコンビニで買ったパンをお昼にすることが多いんだけど・・・
今日は珍しく自分でお弁当を作っていたせいで、早めに起きたにもかかわらず遅くなってしまった。
実は昨日の帰り、
「え? 陸っていつもパンなの?」
「うん。購買部かセブンで買う」
「なんで? お母さんお弁当作ってくれないの?」
「母親の弁当なんか、恥ずかしいじゃん。ってか、作ってくれって言いにくい」
・・・男の子って、そうなの?
弟の祐樹なんかは、
「鮭とかタラコとかじゃなくてさ、肉入れてくれよ、肉!」
なんてお母さんに言いながらも、毎日持って行ってるけど・・・
「中学のときは作ってもらった事あるけど、高校入ってからは一回も」
「―――作ってあげよっか?」
「え?」
陸が驚いてあたしの方を見る。「結衣が?」
あたしは慌てて、
「あ、でも、あたし、料理上手じゃないからねっ!チンとか? たくさん使うかも!? それでもいいならっ!」
と言い訳めいたことを早口に言った。陸は驚きに目を見開いて、
「・・・それでもいいよ。―――ってか、マジで? オレに作ってくれんの? 結衣が!?」
陸のあまりの喜びように、逆にこっちが驚いてしまった。
「ねぇねぇ。結衣んちの玉子焼きって、甘い?」
「・・・うん。砂糖入ってる。甘いのダメ?」
「オレ、甘い玉子焼き、好き!」
なんか、あの陸のはしゃぎようって、子犬みたいだったなぁ・・・
「麻美んちの玉子焼きって、甘い? 砂糖入ってる?」
あと5分でSHRが始まるっていうのに、麻美はあたしを屋上に連れてきた。
「玉子焼き?」
麻美はちょっと首をかしげながら、「あたしは甘いのはおかずにならない感じがして、あんまり好きじゃないけど・・・」
それがどうしたの? といった感じに眉を寄せる。
あたしは、
「ううん! なんでもないっ!」
と首を振った。「ところで、何? わざわざこんなところに来て。もうすぐSHR始まるよ?」
麻美は気を取り直すように、軽く深呼吸すると、
「結衣さ・・・。最近、商業科の子と親しくしてるんだって?」
と急に振られた。
「―――え、ええっ!?」
あまりに急だったから、ポーカーフェイスもなにも出来なかった。


小説の目次 チェリッシュの目次 NEXT