Secret Love affair  #3 準備室


「あっ いや・・・ んっ! や、やめて・・・っ」
彼女の口から、拒否の言葉が繰り返される。
「・・・そんなに僕のこと、嫌い?」
彼女の胸からちょっとだけ唇を離して顔を上げる。彼女は息を切らせながら、
「・・・こんなことする五十嵐くんは・・・ キ、キラ・・・ あっ、ああんっ!」
その言葉を聞く前に、唇を彼女の胸の先に戻しまた軽く歯を立てた。
何回も聞かされてる言葉だけど・・・ やっぱり聞きたくない。
でも、頭では拒否していても、彼女の身体はやっぱり悦んでいる。
僕の指の動きに合わせて、驚くほど敏感に反応を示してくれる。
彼女の中に入れている指を動かすと、彼女が声を押し殺して、鳴く。
僕の指は、もうどこを触れば彼女が鳴くか 覚えてしまっている。
・・・・・どうしようもなく愛しい彼女。
彼女に恋人がいることは分かっているけれど、僕のこの想いを止める事は・・・・・ もう神様だって無理だ。
「あ・・・ はぁっ ・・・・・り、く・・・んっ!」
彼女が目を閉じてアイツの名前を呼んだ。
彼女はいつも、絶頂が近くなると目を閉じて恋人の名前を呼ぶ。
僕の名前を呼んでくれたことは・・・ いや、名前を呼ぶどころか、そのときに僕の顔を見てくれたことすら一度だって、ない。
そのたびに僕の心は引き裂かれる。
それでもこうして彼女を愛したいっていうんだから・・・
―――僕は馬鹿だ。
「あぁっ! ・・・陸ッ んっ」
彼女の中が引き絞られるように蠢き、直後 微かな腰の揺れとともに収縮を繰り返した。
「あ、んっ ・・・・・大好きだよ、陸・・・」
僕にしがみつき、アイツの名前を呼ぶ彼女の背中を優しく抱きしめる。
―――何をやってるんだろう・・・ 僕は・・・
嘲笑が漏れた。
しばらく彼女を抱きしめていたら、体育館に取り付けられていたスピーカーから、朝のSHRが始まるチャイムがなった。
僕たちは、週に一度の風紀の見回りで体育館裏にいた。
僕は彼女を抱きしめたまま耳元で、
「・・・SHR、出る?」
「・・・当たり前でしょ」
彼女は顔を伏せて、「・・・行かなかったら、何やってたんだって言われるよ・・・」
と消え入りそうな声で呟いた。
「風紀の見回りだって言えばいい」
「・・・最近遅れること多いけど どうしたんだ、って・・・」
「木下先生が?」
彼女は黙って肯いた。
木下というのは、僕たちのクラス担任だ。
彼女も僕も、クラスでは真面目な方で通っている。
その僕たちが、まさか校内でこんなことしているとは担任も思っていないだろうけど。
でも、余計な心配をかけて 風紀委員顧問の方に報告でもされたら厄介だ。
僕たちは教室に戻ることにした。
彼女は僕とは並んで歩かず、ちょっとだけ先を歩いている。
こういう関係になってから、彼女は僕と並んで歩いてくれなくなった。
その彼女の後ろ姿に視線を落とす。
「・・・村上さん」
「え?」
彼女が振り返る。 僕は足早に近づいて、彼女のスカートの裾に手を伸ばした。
「ッ!? イ、イヤッ!」
彼女が慌てて身体を引いた。 僕はちょっと笑いながら、
「違う違う。 スカートの裾が汚れてるだけ。 さっき村上さん、1回座り込んじゃったでしょ」
「あ・・・」
彼女が口に手を当てる。 思い出したらしい。
「払ってあげるだけだから。 あっち向いて」
「う、ん・・・」
彼女の後ろで、ちょっとだけ腰をかがめてスカートの裾を払った。
濡れては・・・ いないよな? 
そんなコトを考えながら彼女のスカートを払っていたら、背後に人の気配を感じた。
腰をかがめたまま顔だけで振り向くと、渡辺さんが立っていた。
「・・・・・何、やってんの?」
渡辺さんが僕を見下ろす。
渡辺さんの声に、彼女が驚いて振り返った。
「あ、麻美っ!?」
彼女はひどく動揺しながら、「べっ、別にっ? 何もしてないよっ!!」
と両手を顔の前で振っている。
渡辺さんは一瞬だけ彼女の方を見たあと、また僕を見下ろした。
「・・・・・別に。 汚れてたから、払ってあげただけだよ?」
僕はそう言って身体を起こした。
なんとなくそのまま3人でそこに立っていた。
彼女は落ち着かない様子で俯いている。
渡辺さんは、微かに眉を寄せるようにして僕と彼女を交互に見ている。
僕は・・・・・ 多分いつもとあまり変わらない顔をしていたと思う。
微妙なバランスで立ち尽くす僕たち。
彼女と渡辺さんは親友で・・・・・ そして渡辺さんは、僕のことが好きだった。
「え・・・と・・・ えっとね」
彼女は、絶対に僕との関係を知られまいと、必死になって普通にしようとしている。
けど、焦るあまり余計に不自然になっている。
「・・・渡辺さんは? 週番?」
彼女があんまり必死になっている姿が気の毒になって、助け舟を出した。
「え? ・・・・・・ああ・・・」
渡辺さんは手にしていた週番日誌に視線を落とす。
「大変だね。最近ノート集める事とか多くない?」
僕は笑顔で渡辺さんに話しかける。
「別に・・・」
渡辺さんはチラリと彼女を見たあと、「風紀委員ほどじゃないでしょ?」
と僕を見上げた。
「ん?」
「前はSHRが始まる前に終わってたでしょ? 見回り」
「ああ・・・」
また会話が途切れてしばらく2人で見つめ合う。
・・・イヤ、僕はただ見ていただけだけど、渡辺さんは僕を睨んでいるみたいだ。
・・・・・・何?
先に渡辺さんの方が視線を外した。
「・・・行こ。 ホントに始まっちゃう、SHR」
渡辺さんは彼女の腕を取って先に階段を上がって行った。
・・・・・・何か感付かれたか?
いや、まさか。
僕が彼女の事を好きだってことはどうやらバレているみたいだけど、そこまでは気づいていないはずだ。
―――ちょっと間を空けて、僕も教室に向かった。

ある日の昼休み。
僕が所用で職員室に行ったら、偶然彼女も職員室にやって来ていた。 化学担当教師の前で何か話を聞いている。
僕が気にも留めていない素振りで用事を済ませ、そのまま職員室を出て行こうとしたら、
「あっ! おい、そこのっ!」
と彼女と話をしていた化学担当教師に呼び止められた。
「・・・僕ですか?」
「そう」
教師が肯く。
僕は物理を選択していたから この化学担当教師とは接点がなく、当然教師は僕の名前も知らなかった。
「悪いんだけど、ちょっと手伝ってくれるか?」
「なんですか?」
「5限目、化学室が使えないんで教室で授業をやるんだが、OHPを使うんだ。 彼女1人じゃ教室までOHPを運ぶのは大変だから手伝ってやってくれ」
彼女が選択する化学は資料等を準備したりする当番があるらしく、今日は彼女の順番だったようだ。
「・・・はい」
僕がそう答えたら、
「せっ、先生っ! あたし1人でも大丈夫ですっ!」
彼女が慌てて教師にそう言った。
「三浦も休みだし無理だろう。 階段とか危ないし・・・」
教師は彼女にそう言ったあと再び僕の方を見た。「手伝ってやれ」
僕は黙って肯いた。

「・・・今、どんなことやってるの?」
彼女と2人で化学室に向かう。
「・・・酸化還元とか・・・ 電気分解とか・・・」
言葉少なに授業内容を話す彼女。
普段はクラスの女子とも楽しそうに話している彼女が、僕と2人きりになると途端に口数が少なくなる。 いつも気まずそうにしている。
・・・まぁ、そうさせてしまったのは僕だけど。
僕は努めて普通に、
「難しそう」
「物理ほどじゃないよ。 物理って数学出来ないとダメでしょ?」
「そんなことないよ。 ・・・三角関数とか? そんなのをちょっとだけ」
「そうなの?」
「うん。 あとベクトルとか」
「へぇ・・・」
「あと、指数対数関数とか」
「指数たい・・・?」
彼女は眉間にしわを寄せて、「全然ちょっとじゃないよ!」
いつの間にか、前みたいに話せるようになっていて、僕はちょっと嬉しくなってしまった。
怯える目で僕を見る彼女も、それはそれで僕をどうしようもない気分にさせるけれど、本当だったら、こうやって僕が側にいても怯えない彼女が欲しい。
身体が触れ合うくらい近づいて歩いていても、周りから何も言われないような関係になりたい。
―――無理だけど。
「ホントに少しだよ。 微分積分とか分かれば大丈夫」
「あたし、微積も苦手」
「今度、八木セン 微積の小テストやるとか言ってたね」
「ウソッ!? いつ?」
「来週」
「ウソでしょ〜〜〜ッ!」
本気で焦っている彼女が可愛い。
そんな話をしていたら、化学室に着いた。
彼女が準備室の鍵を取り出す。
準備室には模型や標本の他に薬品も沢山保管されていて、鍵がないと入れないようになっている。
準備室に入りながら、僕が、
「今度、微積教えてあげようか?」
と言ったら、
「うん・・・」
彼女は呟くようにそう言った後、「・・・今度ね」
と牽制された。
―――彼女が僕に言う「今度」なんて、永遠に来ない・・・
もの凄く悲しいはずなのに、なぜか笑いがこみ上げてくる。
・・・僕は本当に壊れてしまったらしい。
彼女と一緒に、スチールラックの上部にあるOHPを取り出していたら、彼女のケータイが鳴った。
彼女はチラリと表示を確認した後、それをそのまま制服のポケットにしまった。
「・・・出れば?」
「ん・・・ あとでかけ直すから、いい」
それでも鳴り続けているケータイ。
「出なよ」
僕はOHPを持ち上げて、「外出てるから」
と隣の化学室に出た。
「・・・うん・・・」
僕が化学室に出てドアを閉めると同時に、彼女がケータイに出る声が聞こえてきた。
―――やっぱり、アイツからだった。
準備室の中から、彼女の明るい声が聞こえる。
恋人と楽しそうに話す彼女の声が聞こえる。
OHPなんか僕1人で運べるんだから、本当だったら先に教室に向かえばいいと思う。
こんなところで、恋人と楽しそうに話す彼女の声なんか聞いてないで、さっさと出て行けよ、と思う。
・・・思うのに、足が動かない。
聞きたくないはずなのに、足が動かない。
いや?
もしかしたら、それが恋人との会話でも、彼女の声を聞いていたいのかも知れない。
―――・・・僕はひょっとして、マゾヒストなのか・・・?
そんなコトを考えながら彼女の声を聞いていたら、また説明のつかない感情がムクムクと僕の中に湧き上がってきた。
OHPを実験用の机の上に置いて、準備室のドアをそっと開けた。
「ん。 じゃ、放課後ね」
彼女が通話を切ろうとしているところだった。
「えっ? ・・・・・だって、今日 お母さんは?」
彼女の背後に近づく。
「そ、そーだ、けどぉ・・・」
彼女は恋人との電話に夢中で全然僕に気付いていない。
「ん・・・ 分かった。 じゃ、行くから・・・ じゃあね」
「・・・・・・アイツんち、行くの?」
「きゃあっ!」
通話を切った直後の彼女を背後から抱きしめた。
「ちょ・・・っ!? 放してっ!」
彼女が僕の腕の中でもがく。
「アイツんち行って、何するの?」
「やだっ! 五十嵐くんっ! ちょ・・・っ」
左手で彼女を抱きすくめ、右手をシャツの裾から差し入れた。
「やめてっ!」
滑らかでしっとりとした彼女の腹部を撫で上げ、そのまま下着の上から彼女の胸を包み込む。
「もうっ! ホ、ホントに・・・っ あっ」
そのまま下着の隙間から指先を入れ、膨らみの頂点を摘みあげた。
「やっ! あんっ!」
「何するの?」
「んっ は、放し・・・ ぁ、あんっ」
背後から抱きすくめられているせいで、彼女は僕を押しのけることが出来ない。
「・・・抱かれるの? アイツに・・・」
「ちっ、違・・・ んんっ」
右手の動きはそのままに、左手は彼女を押さえつけるようにしたままスカートをたくし上げる。
「いやっ! あっ」
「アイツに言っといてよ・・・」
彼女の耳元に唇を寄せて、「・・・・・勝手に抱くな、って」
「あっ あんっ」
彼女の下肢の付け根に指を這わせた。 さすがにこんな短時間じゃ濡れていない。
けど、僕が与える刺激で身体に力が入らなくなってきているのは確かだ。
彼女の下半身に伸ばした左手にしてある時計に視線を落とす。
お昼休みはあと15分しかない。
もっと時間をかけたいけど、そうもしていられなさそうだ。
僕は彼女の耳に舌を差し入れた。 大きな吐息をついて、彼女が膝を崩す。
僕は彼女の膝の下に腕を入れて抱き上げ、準備室にあったテーブルの上に彼女を座らせた。
「なっ、何するのっ!!」
慌てて彼女がテーブルから降りようとする。 僕はそれを押さえつけて彼女に深く口付ける。
「ンッ・・・ ンンッ」
唇を割って舌を差し入れる。歯列の裏側や上顎を何度もなぞった後、逃げる彼女の舌を絡めとった。
「あっ ふぅっ・・・ ンッ」
僕が角度を変える一瞬の隙に、彼女の口から吐息が漏れる。 確実に熱を帯び始めた吐息が漏れる。
そのまましばらくキスを繰り返した。
彼女の唇までも熱くなり、その端から唾液が零れるほどキスをしていたら、いつの間にか彼女の身体から力が抜けていた。
いったん唇を離し、彼女の背中に腕を回してそっとテーブルの上に彼女を横たえる。
彼女を見つめる。 彼女も息を荒くして僕を見ていた。
「・・・・・行かないで?」
彼女は首を横に振った。
「行かないで」
彼女が僕から目をそらす。
―――行くなよっ!
「やっ!? い、五十嵐くんっ!?」
彼女の肩を片手で押さえつけて起き上がれないようにし、彼女のスカートを乱暴に捲り上げた。
「いやっ!」
ショーツの上から、そこに吸いついた・・・

「あっ はぁ・・・! や、やだ・・・」
彼女が、テーブルの上に横になったまま両手で顔を覆った。
さっきまで腰を押さえつけていた両手で 彼女のそこを押し広げ、何度も舐めあげる。
その度に彼女が首を振りながら嬌声を上げた。
「ああんっ! や・・・いや・・・ あ・・・ り、陸・・・」
今、確実にキミは僕の手の中に落ちているのに、なんてキミの心は遠くにあるんだろう・・・
「やっ、やだ・・・ んっ、ああっ! り・・・」
こうしてキミに近づけば近づくほど、その距離を感じてしまうのは何故なんだろう・・・
それでもいいと思っていたのに、どんどん僕は貪欲になっていく。
身体に触れることが出来たら、今度は心まで・・・ と、どんどん欲張りになっていく。
・・・それは、永遠に叶わないことなのに。
舌先で敏感な芽を弾くように舐めたら、彼女が僕の頭を鷲掴みにしてきた。
いつも僕を拒んでいる彼女も、果てるときだけは僕にしがみついてくる。
「あ・・・あぁ・・・ り、陸・・・」
目を閉じて、恋人の名前を呼びながら。
十分に潤った彼女のそこに指を挿しこみ、すっかり覚えてしまった彼女のウィークポイントを撫で擦る。
「いやぁっ! ああんっ!!」
彼女は下肢を強張らせ、すぐに果ててしまった・・・

昼休み終了のチャイムが鳴る。
「・・・村上さん? 動ける?」
彼女は黙って肯いた。
彼女が制服を直している間、僕は後ろを向いていた。 今さら・・・ という気がしないでもないけれど。
「・・・・・ヘンじゃない?」
と言う彼女の声に振り向く。
「ん? ヘンじゃな・・・ っ!?」
彼女を振り返って・・・―――思わず息を飲んだ。
制服はキチンと直されている。
別に息も乱れたりしていない。
けれど、潤んだ瞳とピンク色に染まった頬が、情事の痕を物語っていて・・・
壮絶な色香を漂わせている。
「・・・大丈夫だよ?」
と僕は目をそらして適当に答える。
―――全然大丈夫じゃない・・・  眩しすぎるんだけど・・・
いつもは終わったあと、しばらく彼女を抱きしめているから気付かなかった。
でも、教室に戻るまでにはいつもの顔に戻っているはずだから・・・ 大丈夫だよな?
・・・とにかく早くこの場を立ち去ろう。
「行こう。 ここを使う生徒が来る前に・・・」
と準備室に鍵をかけていたら、化学室のドアが勢いよく開いた。
「結衣っ! ゴメン、数Uの教科書・・・」
化学室に飛び込んできたのは渡辺さんだった。
僕たちもビックリしたけど、渡辺さんも相当驚いたみたいだ。
「あっ ・・・麻美っ?」
彼女の声も裏返っている。
渡辺さんは、信じられないものを見るような目つきで彼女の顔を見つめ絶句している。
「きょ、教科・・・書?」
彼女が絞り出すような声でそう言ったら、渡辺さんは、彼女の顔を見つめながら、
「・・・うん・・・ 数U・・・の教科書。 持ってたら、貸して・・・ あたし、忘れちゃって・・・」
とさっきまでの勢いが全くなくなった、何かのセリフを棒読みしているような感じでやっと口を開いた。
「う、うん! いいよっ?」
彼女が何度も肯く。
渡辺さんがゆっくりと僕の方を見た。 もの凄い顔で睨んでいる。
「あっ、あたしね、化学当番なんだけど、1人じゃ重いからって・・・OHP? 手伝えって先生に言われて? 職員室で偶然っ! で、無理やり・・・ とにかくっ、手伝ってくれてたの、五十嵐くんっ。ねっ!?」
慌てすぎた彼女は、OHPを指差しながらメチャクチャな言い訳をしていたけど、僕も渡辺さんも彼女の話なんか聞いていなかった。
「え、えと・・・ これ運んだら、すぐに教科書持ってくね?」
彼女の問いかけに、渡辺さんは返事もしないで僕を睨んでいる。
「あ・・・あの・・・? 麻美?」
彼女が恐る恐る渡辺さんの顔を覗きこむ。
「・・・村上さん。 先に教室戻ってて?」
僕がそう言ったら、彼女は僕を見上げて、
「え? ・・・でも・・・ OHP・・・」
「僕運んであげるから。 先に行って教科書探しときなよ」
彼女はちょっと迷ったあと、後ろを振り返りながら化学室を出て行った。
彼女が消えてからも、僕は 実験用の机の上に置いてあったOHPのスイッチをいじったりして黙っていた。
渡辺さんが何を言いたいのか・・・ おおよそのところは想像がつく。
でも、僕から切り出す気はなかったからそのまま黙っていた。
「・・・何・・・やってんの?」
ようやく渡辺さんが口を開いた。 振り向いたら、まだ僕を睨みつけている。
「・・・何が?」
「とぼけないでよっ! 分かんないと思ってんのっ?」
渡辺さんは顔を真っ赤にして怒っている。
「だから、何が」
「あんたたち・・・っ」
そう言ったあと渡辺さんは口をつぐんだ。 言葉を探しているみたいだ。
彼女のあの表情を見てしまったら、よほど鈍いヤツじゃない限り 僕らの間に何かあったことくらい瞬時に想像つくはずだ。
そして、渡辺さんはもの凄くそういうことに鋭い。
もうずっと前から、僕が彼女を好きだという事も知っていたくらいだし・・・
でも、なんて聞く?
「あんたたち、セックスしてんの?」
なんて、渡辺さんがストレートに聞いてくるとは思えない。
ヤッてんの? 寝てるわけ? ・・・・・・どれも渡辺さんからは想像しづらい言葉だ。
・・・・・・ああ。
女の子は、
「エッチ」
って言うんだったっけ・・・
・・・僕にしたらそっちの方が恥ずかしいんだけど。
―――まぁ、どういう形で聞かれても僕は否定するけれど。
いつまで待っても渡辺さんが口を開かないから、
「・・・じゃ、僕行くね?」
とOHPを持ち上げた。
渡辺さんの横を通り過ぎようとしたとき、
「・・・・・・苦しめてんのが分かんないの?」
と渡辺さんが呟いた。 
「・・・・・・誰を?」
「結衣に決まってんでしょっ!」
渡辺さんの目がちょっとだけ潤んでいた。
「大分前・・・ 結衣が1人で泣いてるときがあって、どうしたんだろうって思ってたんだけど・・・ あんたのせいだったんだ?」
「・・・人聞き悪いこと言わないで?」
「だからっ! とぼけないでって言ってるでしょっ!? あんたたち・・・っ」
また渡辺さんが言葉に詰まる。
もうすぐ5限目が始まるし、面倒だったから、
「セックス?」
と言葉を足してやった。
渡辺さんがまた顔を赤くして、そのまま俯く。
「してないよ?」
今度は顔を上げてまた僕を睨んだ。
「ウソ!」
「ホント。 してないよ」
OHPを抱え直す。「村上さんに聞いてもらってもいいけど?」
―――本当に僕たち、一度だって繋がった事ないし。
渡辺さんは潤んだ瞳を僕に向けていた。
僕の言葉を信じたのか、信じたいのに信じ切れないのか・・・ その瞳が揺れている。
まぁ、僕はどっちでもいいけど。
「ちょっと・・・ 本当に行かないと僕も遅刻するから」
行くね?と今度こそ出て行こうとしたら、
「・・・そんなの、ホントに好きだって言えんの?」
とまた渡辺さんが。
「・・・・・何?」
うんざりしながら振り返る。
「あんたたちがどういう関係か知らないけど、自分の気持ち押し付けて相手苦しめて・・・ それでホントに好きだって言えんのっ!?」
「は?」
「そんなの、ホントに好きなんて言わないっ! あたしだったら・・・相手を苦しめたりしない! 別に好きな人がいるって分かっても、気持ち押し付けて困らせたりなんか、絶対しないっ!!」
「・・・偉いね?」
「偉くなんかないっ! それが本当に好きって事なだけっ! あんたのやってる事、間違ってるっ!!」
渡辺さんの目から涙が流れる。
「・・・なんで泣くの」
「泣いてなんかないっ!」
僕は溜息をついて、
「あのさ・・・ これ、数学じゃないんだよね」
渡辺さんが眉を寄せて僕を見つめる。
「間違いも正解もない。 ・・・て言うか、間違いにするのも正解にするのも、本人次第じゃない?」
「・・・そんなの、おかしい・・・」
と言いながら渡辺さんが俯く。
「・・・僕に言わせれば・・・ 渡辺さんこそ本当に相手のこと好きだって言えないんじゃないの?」
渡辺さんが驚いて僕を見上げる。
「本当に好きだったら、気持ち押さえ込めるとは思えない。 例え相手を苦しめるって分かってても、それでも気持ちを抑えられない・・・どうしようもないっていうもんじゃないの? 相手のこと考えてる余裕があるウチは、まだ本気じゃないって・・・ ッつ!」
そこまで言ったところで渡辺さんに頬を叩かれた。
「・・・・・五十嵐にあたしの気持ちの、何が分かんのよ・・・」
―――危うくOHPを落とすところだった・・・
叩かれた左の頬が痺れている。
「あたしだって、ずっと本気だったわよ! 1年の頃からずっと・・・ ずっと好きだったわよっ!」
渡辺さんの目から、ポロポロと涙が零れはじめた。
「あ、あたしはっ、ずっと、1年の頃からずっと・・・ 五十嵐が・・・ッ!」
「ちょっ!? 待ってっ!!」
頼むからそれ以上言わないで欲しいっ!
「何よっ!」
渡辺さんが泣き叫んでいたら、化学室を使う連中がザワザワとやってきた。
みんなが僕たちに気付き、好奇の目を向けていく。
それでやっと渡辺さんも喚くのをやめてくれた。
僕は小さく息を吐き出して、
「・・・ホントに5限目始まっちゃうよ。 ・・・行こ?」
と歩き出したら、制服の袖で涙を拭いながら渡辺さんも後をついてきた。
一緒に階段を下りながら、
「・・・ごめん」
と僕は渡辺さんに謝った。
「・・・何が」
渡辺さんは僕に視線だけ寄越した。
「いや・・・ 自分で間違いも正解もないって言ったくせに、渡辺さんのこと否定するようなこと言っちゃったから・・・」
「・・・別に・・・いいわよ」
渡辺さんはそう言ってそっぽを向いた。
気まずいまま教室に向かう。
幸い、まだ教師は来ていないようだった。
「・・・開けてあげる」
渡辺さんは、両手がふさがっている僕の代わりに、教室のドアを開けてくれた。
「渡辺さん」
そのままB組に戻ろうとする渡辺さんに声をかけた。 渡辺さんが振り返る。
「・・・想い方は違うかもしれないけど・・・ 渡辺さんが誰かを好きなように、僕も彼女が好きなんだよ」
渡辺さんの目に再び涙が滲んできた。
「・・・渡辺さん、幸せになりなね? 僕はなれそうもないから・・・」
僕がそう言い終らないうちに、渡辺さんはB組に駆け込んでしまった。
―――本当に、僕なんかやめた方がいいよ。
・・・一緒に不幸になるよ? ・・・地獄を見るかも・・・
と、考える一方で、
―――何をカッコつけたことを言ってるんだ。 僕は・・・
―――好きな子を不幸にしつつあるっていうのに・・・
OHPを教卓の上に乗せたら、彼女がやってきた。
「・・・ありがと。 間に合う?物理」
「多分」
と僕が肯いたら、彼女は、
「あの・・・ 麻美、なんか言ってた?」
とまつ毛を伏せた。
「別に?」
僕がそう答えたら、彼女は、そう・・・と言ったあと、
「・・・・・もう・・・ ホントにやめよ?」
「・・・いやだ」
また困った顔で彼女が僕を見返してきた。

・・・・・ゴメンね。
キミを不幸にしてるって分かってる。
困らせてるっていうのも良く分かってる。

・・・・・でも、もう押さえられないんだ・・・


たとえ行き着く先が地獄でも。

それでも、僕は キミと一緒にいたい―――・・・



To be continued・・・