パーフェ☆ラ 第1章

B 緊張しちゃう


「どうしたの? 真由?」
お昼休み、恭子を誘って屋上でお弁当を食べていた。
教室にいると、いやでも視界にメグが入ってきて・・・辛い。
「え?」
「さっきから、溜息ばっかりついてるよ?」
「そ、そお?」
実は、昨夜久しぶりに小学校時代の夢見ちゃって・・・ ちょっとブルー・・・
「まぁ・・・ 新しいクラスに馴染めないっていうか・・・」
あたしがお弁当をつつきながらぶつぶつ言うと、
「それ、贅沢よっ! 涼と一緒のクラスになれたっていうのに・・・」
と恭子は軽くあたしを睨んだ。
「ゴメンゴメン」
なんて話をしていたら、
「あ、市川さんっ! こんなところにいた〜」
と誰かが屋上にやってきた。
「津田沼?」
振り向くと、あたしと同じ写真部の津田沼がカメラ片手にやってきた。
あたしは、高校入学後しばらくしてから、写真部に入っていた。
特に写真やカメラに興味があったワケじゃないんだけど、
「真由! 一緒に写真部入ろっ!」
とミドリから誘われて、半ば強制的に入部させられていた。
「え・・・? なんで写真部?」
「噂で聞いたんだ! 写真部って月イチで撮影会やるらしいんだけど、そんとき 校内でも人気のイケメン呼んだりするんだって!」
「へぇ・・・」
「しかも、ヌード撮影会っ!!」
「ウ・・・ ウソぉ〜〜〜ッ!?」
「マジだって! だから入ろっ!」
―――当然だけど、ミドリの話は全くのデマで、ヌード撮影会どころか、イケメンを呼ぶなんていう撮影会それ自体ないことが判明した。
ミドリは、
「騙されたっ!」
と言って、秒速で辞めた。
あたしも辞めようかと思ってたんだけど、たまたま撮った写真を先輩に褒められ気を良くし、なんとなくズルズルと所属したままになっている。
・・・もしかして、あのとき先輩があたしの写真褒めたのって・・・ あたしを辞めさせないためだったんじゃ・・・?
と今では思っている。
「どうしたの? こんなとこまで…」
―――まさか、恭子のストーカーしに来たんじゃぁ…?
津田沼は恭子に惚れている。 完全に相手にされてない…って言うか、津田沼の気持ちなんか、恭子は全然知らないだろうけど。
ま、気付いてもらったところで、ライバルがあの涼じゃ、どうしようもないだろうけどね。
津田沼は、まぁ根は悪くないんだろうけど、ちょっとオタクチックなところあるし(休日なんか、絶対アキバとか行ってそう)、背は低いし、勉強はあたしレベルだし、運動も全くだし… およそ女子に相手にされるタイプじゃないんだよね。
・・・て、あたしも男子に人気あるってワケじゃないけどさ。
「いやさ、新聞部から依頼があって、運動部の写真撮ってくれって…」
と言いながら恭子の方を気にする。 恭子が曖昧に笑いながら津田沼に会釈をする。
ちょっとっ! そういうことしたら、こいつ、勘違いするよっ?
案の定、顔を赤らめる津田沼。あたしは溜息をつきながら、
「…なんで? そんなの今まで新聞部が自分達で撮ってたじゃん?」
「そーなんだけど、去年自分達で撮ったら動きが激しくて、スゴイぶれぶれにしか撮れなかったんだって。だから、文化部はあっちで撮るから、運動部だけはこっちで撮ってくれって」
毎月、新聞部は掲示板に貼り出す壁新聞を作っている。4月は各部活の部長が代わるから、新部長の特集号を作るのが毎年の恒例みたいだった。
そこに、部長の顔写真と、活動の様子を写した写真を載せる。
「そーなんだ」
「で、僕たち2人で撮らないといけないんだけど… どうする? 一緒に撮る? それとも二手に分かれる?」
「どっちでもいいよ」
写真部の2年はあたしと津田沼の2人だけ。3年生も3人いるけど、依頼されたものを撮るのは2年生の仕事、と暗黙のルールになっている。…メンドクサ…
「…じゃ、さ。僕、女子部撮るから、市川さんは男子部の方撮って?」
と津田沼は目線を逸らして、もの凄い早口でそう言った。
…はじめから、それ狙ってたな?
チラリと恭子の方を見たら、ちょっとだけ眉間にしわを寄せて、この変態を見ていた。
津田沼は用件が済むと、
「それじゃぁ…」
と言って、あたしではなく恭子の方に頭を下げて屋上から去っていった。
津田沼が消えるやいなや、
「ねぇ、バスケ部は真由が撮って?」
と恭子が慌てたように言う。
「なんで?…って、あ! もしかして、新部長って…」
恭子が肯く。
「すごいじゃん! おめでとう!!」
「めでたくないって! 色々メンドーなコト多そうだし。責任とか? …あたし、そういうの苦手」
「まぁまぁ! これで部長同士、もっと親密になれるんじゃないの〜?」
冷やかすように恭子の脇腹を突付く。
「え?」
「男バスの部長! 涼なんでしょ?」
涼は人気実力ともに、バスケ部ナンバーワンだもんね。
「それが… ちがうのよね」
恭子が頬に手をあてて言った。
「え…? じゃ、誰?」
「千葉くん。 ・・・って知ってる? 確か、真由と同じ4組になったんだけど・・・」
「え…」
俄かに激しくなる胸の動悸。
中学は半分近くが同じ小学校から来た子たちばかりだったから、こっちが内緒にしたくても、あたしとメグが幼なじみだってことはケッコー知られていた。
けれどこの高校では、あたしとメグが幼なじみだということを知る人間は1人もいない。
いや、知り合いだとすら思われていない。
「そ、そーなんだ…」
あたしは平静を装って、「あの人、そんなにバスケ上手かったんだっ?」
「うん。 って言うか、涼はセンターだからプレイも派手だし目立ってるんだけど。実はポイントガードの千葉くんの方がバスケセンスはあると思うよ?」
「ふうん」
なんか… 色々ポジションの話とかされても、全然分かんないんですけど?
でも、恭子が言うんだから、上手いってコトなんだよね。きっと…
―――それに比べて、あたしは・・・ 6年の時から全然変わってない…
・・・・・あ、なんか、また落ち込みそう・・・

なるべく教室にいたくなくて、あたしは昼休みが終わるギリギリまで屋上にいた。本鈴と同時に教室に滑り込む。
良かった・・・ まだ先生来てなかった。 セーフッ!!
あたしが安堵の溜息をつきながら机から教科書を出していたら、斜め後ろからチハルが、「真由? あんたどこ行ってたの?」
と声をかけてきた。
「ん? 屋上。恭子とお昼食べてたの」
「こんなギリギリまで?」
とチハルが呆れる。
いや、お弁当はとっくに食べ終わってたけどさ・・・
教室には、メグがいるし・・・
チラリとメグの方を見たら、まだ先生が現れないのをいいことに他のクラスメイトが騒いでいる中、1人教科書を広げそれに視線を落としていた。
・・・予習でもしてんのかな?
あたしがそんなことを考えながらメグの方を見ていたら、
「大事な話し合いあったんだよ? 昼休み!」
とチハル。
「え? そーなの? なに?」
「それがさぁ・・・」
とチハルが話し始めようとしたとき、
「席着け〜?」
と先生が入ってきた。
「・・・じゃ、またあとでね?」
「? うん・・・」
なんだったんだろ? 大事な話し合いって。

「え? カメラ貸してくれ?」
「うん。あたしのカメラ調子悪くてさ。今日の帰り、津田沼んちに借りに寄ってもいい?」
その日の放課後。あたしは津田沼がいる5組にやって来た。
新聞部の都合で、週明けに運動部の写真を撮ることになったんだけど、カメラの調子が悪いあたしは津田沼にカメラを貸してもらおうとしていた。
「いいけど… 壊さないでよね?」
「分かってるよ! …あ、あとさ。女子バスケ部はあたしが撮るから」
恭子に言われたことを思い出してそう言うと、
「なんで?」
と津田沼が眉間にしわ寄せた。
恭子が嫌がってるからとは言えないよね…
いくら変態だって、傷つくに決まってる。
「それは… ホラ! あたしと恭子は親友だしさ! 気心も知れてるっていうの? いい写真撮れるんじゃないかと思って?」
津田沼はちょっとだけあたしの顔を見ていたけど、
「…嫌がってるのかな? 稲毛さん。僕に撮られるの…」
変態やオタクは、ヒトに嫌われることに敏感だ。
「そ、そんなことないよっ?」
慌ててウソをついてしまった。
「じゃ、いいよねっ?」
途端に津田沼が顔を輝かせる。
「うん…」
つい肯いてしまうあたし。
根が悪いヤツじゃないだけに、可哀想になっちゃうんだよね…
「じゃ、帰りあんたんち寄るってことで」
「うん! …でも、緊張しちゃうなぁ。いくら市川さんとはいえ」
「ん? 何が?」
「…僕の部屋に入る、初めての女の子だから」
―――って、おいっ!?
「玄関先で帰るよ…」
「遠慮しなくていいよ? 意外と片付いてるし、僕の部屋」
「いや、マジでいいからっ!」
あたしと津田沼が5組の前でそんなことをやっていたら、恭子とメグが廊下の反対側から歩いてきた。恭子があたしを見つけて声をかけてくる。
「真由!」
そしてあたしの隣にいる津田沼に気付き、ちょっと怯えた顔をする。
メグもなんとなく恭子と一緒になって立ち止まっていた。
あたしはメグと目を合わせないようにして、
「あ、あれ? 今日はまだ部活始まってないの?」
と恭子に聞いた。
「うん。 新部長打合せっていうか… 引継ぎみたいなもの?色々先輩から聞かされてて… ね?」
と恭子がメグに声をかける。 肯くメグ。
「そーなんだ… あ!そうだ! 部長の写真、週明け撮りに行くからヨロシクね?」
とあたしが言うと、目で問い掛けてくる恭子。
あたしが小さく手を合わせたら、恭子はチラッと津田沼の方を見て、
「…じゃ、真由も一緒に… 男子の方も一緒でいい?」
とあたしに言ってから、「いいでしょ? 千葉くん?」
とメグを見上げる。
「いいよ」
メグが恭子に肯いたあと、あたしをチラリと流し見る。
「あ、あっ! じゃ、行こっ!」
あたしは慌てて津田沼の背中を押した。そのあたしの背中に恭子が、
「? 真由? どこ行くの?」
と声を投げかけてきた。
「津田沼んち! ―――じゃ、明日ヨロシクねっ!」
それだけ言って、そそくさと昇降口に向かう。
ダメだ・・・ やっぱり、メグの前では緊張しちゃうよ・・・
週明けの撮影、こんなんでまともな写真撮れるかな・・・
あたしが溜息をつきながら靴を履きかえていたら、
「・・・誤解されてないかな?」
と背後で津田沼が呟く。5組の靴箱は4組の向かい側だった。
「何が?」
「稲毛さんだよ。 さっき市川さんが僕のウチに行くなんて言うから・・・」
? 言ったらなんだっていうの?
「付き合ってるとか思われたら、困る」
津田沼が溜息をつく。
おい―――ッ!! そりゃ、こっちのセリフだろうっ!!
反対方向の電車に乗り、津田沼のウチによってカメラを借りる。
「お茶持ってくるから、適当にくつろいでて?」
すぐ帰るからって言ったのに、半ば強引に津田沼の部屋に上がらされた。
―――でも、・・・ホントに片付いてる。
もしかしたら、あたしの部屋より片付いてんじゃない? 軽く落ち込む。
何気なく本棚を眺めたら、去年の日付が記入された背表紙に目が行った。多分アルバムだ。
手に取り中を覗いてみる。
「うわ・・・ すご・・・」
ウチの学校の生徒がたくさん写っていた。男子も女子もいる。
みんな運動部で、多分試合かなんかのときの写真だと思う。
試合開始前の緊張したサッカー部員の顔。
得点が入った瞬間だったのか、二人で抱きあって喜ぶソフトボール部のベンチ選手。
あ、コレ覚えてる。野球部が、初めて地方予選の3回戦まで行ったときだ。最初の整列ので感動した顧問の先生が、試合開始前に泣き出した時の・・・
スタンドで応援してたあたしたちまでもらい泣きしそうだった・・・ 結局負けたんだけど。
どれも、その緊張や喜びや感動が伝わってくるような写真ばかりだった。
・・・津田沼、こんな写真撮るんだ・・・
最後のページに恭子の写真があった。
恭子は泣いていた。ハンカチや手で涙を拭うこともなく泣いていた。
「・・・それね、去年のインハイの県予選で負けた時の写真だよ?」
気が付くと津田沼がペットボトルとコップをトレイに乗せて部屋に戻って来たところだった。
「他の選手もみんな泣いてたんだけど、稲毛さんだけはみんなから離れたところに1人で立ってかたら、最初 泣いてないと思ってたんだよね」
・・・知ってるよ。 あたしも、その試合見に行ったから。
それまでリードしてたのに、最後の第4クウォーターで逆転されて、負けちゃったんだよね。
「流れる涙を拭いもしないで、静かにスコアボードを睨むように見つめてた姿が印象的でさ。・・・思わず撮っちゃったんだよね」
「ふうん・・・」
・・・もっと変態チックな写真が出てくるかと思ってたのに・・・
ケッコーいい写真撮るじゃん。
「―――で、それから稲毛さんのファンなの。僕」
「・・・頑張ってね」
「ありがとっ!」
嬉しそうに笑う津田沼を見ていたら、ちょっと心が痛んだ。
・・・頑張ってね、なんて・・・ 到底叶いっこないって分かってるのに、そんなことを言う自分にも嫌気がさす・・・
なんだかいたたまれなくなってきた。
「あ、あのさ・・・ 遅くなっちゃうとアレだし、カメラ・・・」
さっさとカメラ借りて帰ろ。
「あ! そーだったよね!」
津田沼がクローゼットを開ける。 中もきちんと片付いてる・・・
「これね、一応一眼レフなんだけど、オートフォーカスで扱いやすいから。スポーツモードとかもあるから、ブレ少ないし」
はい、と言いながら津田沼があたしにカメラを寄越す。
「ありがと・・・ って、これいつ買ったの?」
ケースがもの凄く傷んでるけど・・・ 相当昔のカメラ?
「ん? 3年くらい前だけど?」
「・・・相当使い込んでるんだね?」
「それ、初めて自分で買ったカメラなんだ。お年玉やお小遣いずーっと貯めて」
「え? それじゃ、大事なものなんじゃ・・・? あたしが、借りちゃっていいの?」
「いいよ。っていうか、他のカメラは全部マニュアルだよ?」
あたし、オートフォーカスじゃないと自信ない・・・
「・・・じゃ、大切に使わせてもらうね?」
「すぐ撮れるとは思うけどさ、週末試し撮りとか?したら?」
今日は金曜日で、撮影は週明けの月曜日に行われる。
「う〜ん・・・ 実は、明日、クラスの親睦会でバーベキューやるんだよね」
明日の土曜日、あたしたち2−4は新しいクラスメイトとの親睦を図るという名目で、バーベキューをすることになっていた。
「へぇ!」
津田沼が身を乗り出す。「・・・私服で?」
「土曜日だからね」
って、どんな格好して行けばいいんだろ?
そう言えばあたし、集合場所と時間しか聞いてないや。
「じゃあ・・・ ちょっと市川さんにお願いしてもいいかなぁ?」
「ん? なにを?」
「佐倉さんの私服姿・・・ 撮ってきてくれない?」
「・・・は? チハルの?」
思い切り眉をひそめる。「・・・あんた、恭子のことが好きなんじゃないの?」
「もちろん大本命は稲毛さんだよ! 佐倉さんは、ちょっとカワイイなっていうか・・・ キュアイーグレットの舞ちゃんに似てるんだよね♪」
キュア・・・なんだって?
―――あたしは慌ててお礼を言うと、そそくさとオタクの家を後にした。


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