Honey Beat   #2  ファン


「桃子〜っ! 駅ビルん中に、ケーキバイキングのお店出来たんだって。 帰りに寄ってかない?」
放課後、帰り支度をしていたらエリカに声をかけられた。
「・・・・・ケーキバイキング?」
「うん。 1500円で90分食べ放題!」
ドリンクも付くよ、とエリカが笑顔を見せる。
あたしは甘いものが大好きだ。 特にチーズケーキは毎日食べても飽きないくらいに。
けれど・・・・・ ケーキなんて、もう1年以上食べていない。
うっかりしたらヨダレが零れるんじゃないかっていうくらい行きたいけど、
「そっかー・・・ でも、今日ちょっと用事があるのよね」
と断腸の思いで我慢する。
「え〜〜〜っ! 桃子行かないとつまんないよ〜」
とエリカは大げさに嘆いたあと、「・・・あっ! 分かった! 彼氏とデートでしょ?」
といたずらっ子のような目をあたしに向けた。
「そんなんじゃないって! 今日はホントに用事があるの!」
「え〜・・・ 残念っ! じゃ、今度は絶対だよ?」
エリカはちょっとだけ口を尖らせて、やっとあたしを解放してくれた。 そんなエリカに手を振り学校を後にする。
駐輪場に向かい自分の自転車にまたがった。
あたしの家はここから自転車で50分くらい。 バスで通った方が早いしラクなんだけど、この体型を維持するために、あえて自転車で通学している。
あたしは太りやすい。
ちょっと食べ過ぎたりすると、あっという間に体重が増える。
だから大好きなケーキも我慢するしかなかった。 ましてや食べ放題なんてもってのほかだ!
エリカやみんなはどうして太らないんだろう。
話を聞いていると、しょっちゅうケーキバイキングとかパスタとか食べに行ってるけど・・・
元々の体質が違うのかもしれない。



まぁ、仮にあたしが太らない体質だったとしても、今はそんなことにお金をかけていられないんだけど・・・
そんな事を考えながらやっとウチに到着。 匂いに誘われ、キッチンに向かって声をかける。
「・・・今日の夕飯、なに〜?」
「天ぷらー」
朝や昼ならまだしも・・・
あたしがダイエットしてるって知ってて、なんでそんなメニューにするかなぁっ!?
軽く腹を立てながらリビングに入ったら、
「あ、桃子に手紙が来てたわよ」
とお母さんがキッチンから顔を出し、薄いブルーの封筒をひらひらさせる。
「えっ!?」
「何とか事務所ってところから・・・ また、例の仮面レスラーの試合見に行くの?」
「仮面レスラーじゃないっ! ミナミよっ!!」
そうお母さんに突っ込みながら、ブルーの封筒を手に取った。
―――来た―――ッ!!
制服も脱がずにその場で封筒を開ける。 中にはチケット引換券が入っていた。
今度は何列目だろう。
この前のライブの時は前から20番目くらいで、よく姿が見えなかった。
それじゃなくてもステージと客席の間を大きく取るミナミのライブだから、そんな後ろになったらその姿は豆粒大にしか見えない。
はぁ・・・
一度でいいから、ミナミの素顔が見てみたい。
ミナミというのは、1年半ほど前にデビューしたミュージシャンだ。
作詞作曲も自分で手がけていて、CDも何枚か出している。
・・・けれど、その素性は全く知られていない。 年齢や本名・・・ そして、顔すらも。
どういうわけかミナミは、テレビや雑誌などのメディアには全く顔を出さずに、ラジオやCD、ライブだけで活動を行っている。
そのCDジャケットも、いつも微妙な角度で撮られていて顔が分からないようになっているし、ライブ会場は前列10列分くらいは必ず空席にさせるという徹底ぶりだ。
そんな感じで、隠れるように歌っているミナミだから、デビューも華々しく!っていう感じじゃなかった。
あたしも、偶然ラジオで彼の曲を聞いたから知ったようなもので・・・
あたしがイジメに遭っていた中学3年の冬。
みんなから無視されて、でも思い出したようにからかわれていた頃。
あたしはいつものように布団に包まってラジオを聞きながら眠りにつこうとしていた。
・・・また今日もみんなにイジメられた。
あたしが教室に入って行ったら、
「なんか匂うから、換気換気〜!」
と言って、真冬だって言うのにあたしの席の横の窓を全開にされた。
世の中には、もっと酷いイジメにあっている人がいる。 あたしなんてまだ軽い方だ。
だから、卒業まで我慢しよう・・・
卒業したら誰も知っている人がいない高校に行って、そこで新しい友達を見つけよう・・・
・・・・・そう思っていたけれど。
イジメの酷さなんて、相対的なものじゃない。
いくら他人から見たら些細なことでも、それが本人にとってはもの凄く傷つくことだってある。
ときには、ナイフで体を傷つけられるよりも、大きなダメージを受けることだってある。
テレビなんかに出る、ナントカ先生なんていう熱血先生なんかに相談したら、
「頑張れ! キミは悪くない! 正しいのはキミの方なんだから堂々としていればいいんだ。 イジメなんかに屈しちゃいけないぞ!? 戦わなきゃ!」
とか言われるのかも知れない。
けれど、あたしはそんな応援なんかいらない。
ただ、あたしの今の状況を理解して、話を聞いてくれて、そんなあたしでもいいんだよって・・・優しく受け入れてくれさえすればそれでいい。
みんなに無視されても、からかわれても、暖かく迎えてくれる場所があれば、あたしはそれだけで構わないのに・・・・・
―――なのに、こんなあたしを受け入れてくれる場所が見つからない。
このまま卒業まで、あと2ヶ月も頑張れないよ。
今のまま・・・全ての感情を押し殺して過ごしていたら、2ヵ月後にはきっとあたしの魂は死んでしまう。
魂が死んだら・・・ 肉体だっていつか死ぬに決まっている。
2ヵ月後に死ぬのと、今死ぬのと、どう違うんだろう。
・・・もし死んだら、誰か悲しんでくれるかな。
お父さんとお母さんは、多分悲しんでくれる。
あとは、よくお小遣いをくれるノリおじさん。
遠くて滅多に会えないけど、函館のおばあちゃんも泣いてくれる。 きっと。
あとは・・・・・
そんなバカなことを考えながら指を折っていたら、その数が片手で足りてしまうことに気が付いて、また涙が溢れてきた。
深く布団にもぐりこむ。
―――明日なんか来なければいい。
―――明日この世が終わってしまえばいい。
みんな一緒に・・・あたしもお父さんお母さんも、ノリおじさんもおばあちゃんも、それからあたしをイジメていたクラスメイトも、みんな一緒にこの世から消えてしまったらどんなにラクだろう・・・
そんなとき、ラジオから曲が流れてきた。 それがミナミの曲だった。
それまで聞いた事もない歌手だったけど、その独特の歌声に耳を惹かれた。
声の感じからしたら・・・ 多分そんなに大人じゃない。 ときどき掠れたようになる歌声は、もしかしたら成長過程だからなのかもしれない。
ギターベースのスローな曲も、歌声に合っている。
一瞬涙を忘れてその曲に聞き入った。 すごく耳に心地良い曲だった。
けれど、次の瞬間、また涙が溢れた。
―――そんなに怖がらないで。 大丈夫。
―――キミは強くないけど、ボクも強くない。
―――でも、強くないといけないなんて、ボクはそう思わない。
―――いっぱい傷ついたキミは、誰より人の心の痛みを分かってあげられる。
―――キミは強くない。 けれど、キミは弱くもない。
―――明日のキミは、今日よりも輝いている・・・
いいんだって・・・ そのままで大丈夫なんだって・・・ 初めて言われた気がして、涙が溢れて止まらなかった。
その曲自体は、恋人にフラれた女友達を慰めている内容だったんだけど、もうなんていうか・・・
そのときのあたしの心境にその部分がシンクロして、勝手に、
「これはあたしのための曲だ!」
とまで思い込んでしまった。
その曲に励まされて、あたしは頑張れた。
頑張れって言われるのが一番イヤだと思っていたのに、不思議とそれからは頑張れるようになった。
相変わらずイジメは続いていたけど・・・ それで落ち込むことも毎日だったけど・・・
それでも涙を流す回数は確実に減っていった。
ダイエットも、スキンケアも、それから勉強も頑張った。
きっと昨日よりは今日、今日よりは明日・・・あたしは輝くはずだから、と信じて。
それからあたしは、ミナミの大ファンになった。
小さなレコード会社からデビューした彼のCDを探すのは大変だったけど、それでもなんとか探して手に入れたときは、メチャクチャ嬉しかった。
けれど、テレビや雑誌には全然出ないから、その姿を見ることは出来なかった。
ネットで調べてみたら、どうやら素性を隠して活動しているということだけは分かった。
隠し撮りと思われる画像も、目深に帽子を被っているものだったり角度が悪かったりで、明るい彼のオレンジ色の髪が見えるくらいだった。



隠されると知りたくなるのが人間心理ってものだ。
その後メディアが、
「仮面ミュージシャン・ミナミ」
としてときどき取り上げるようになり、ちょっとずつメジャーになってきた。 芸能評論家は、
「何年か前にも顔を出さないアイドルがいて話題になりましたが、あっちは完全なバーチャルアイドルを、歌担当、グラビア担当、ラジオDJ担当・・・というように、何人もの人物がそれを演じていたんですね。 ですが、今回のミナミは本当に実在する人物だから面白いんですよ」
なんて力説していたけど・・・
ミナミがメジャーになるのは、ファンとして嬉しくないわけじゃない。
けれど、あの何件もCDショップを回ってやっとデビューCDを見つけた・・・という頃からのファンのあたしは、ちょっと寂しくもある。
なんか、ミナミがどんどん遠くに行っちゃうような・・・
なんていうか、複雑なファン心理ってやつだ。
元々芸能人なんて別世界の人だし、その上ミナミなんか姿まで隠しているから、同じ日本にいる人なんだってことすら実感しづらいんだけど・・・
そのミナミのライブがまた行われるんだ!
しっかりミナミのファンクラブにも入っているあたしは、追っかけのごとく彼のライブ会場にせっせと足を運んでいる。
でも、ライブに行くのには・・・・・ お金がかかる。
「・・・・・お母さ〜ん?」
「なによ、そんな猫なで声出して。気持ち悪い。 お小遣いならあげないわよ!」
「え―――!!」
あたしがまだ何も言う前に牽制された。
「あんた、春休みも東京行くって言ってお小遣い前借りしたでしょ? もう今回はダメ!」
「ケチー・・・」
・・・・・いいや。 あとでノリおじさんに電話しよ・・・
「言っとくけど、憲明にたかったら来月からお小遣いあげないからね! ケータイ代も自分で払いなさいよ!?」
さらに先を読まれてしまった!
「だって、せっかくチケット取れたのよ? 今度こそいい席かもしれないし・・・」
「チケット代は足りてるんでしょ? 電車代だって・・・各駅で行けば足りるじゃない」
「そうだけどー・・・」
ライブ会場では色々ミナミグッズも売られている。
タオルやストラップなんかも欲しいけど、あたしが一番欲しいのは彼が作曲した楽譜だ。
ピアノ弾き語り用だけど、一応コードも載っている。
実はミナミファンになりたての頃、彼みたいにギターが弾けるようになりたくて、ちょっとだけかじったことがある。
ノリおじさんが若い頃、やっぱりギターをかじったことがあって(この辺血筋なのかな・・・)今は使わなくなったっていうギターがあったからそれを借りて。
・・・全然弾けなかったんだけど、Fで躓いて(ノリおじさんも、Fで躓いたって言ってた)。
でも、弾けないんだけど楽譜が欲しい。 全然分からないんだけど、彼が作った旋律を、耳だけじゃなくて目でも追ってみたい。
CDショップなんかでも発売されるんだけど、この前出たアルバムの楽譜は、ライブ会場で一番に売り出すから、出来ればそこで買いたい。
だけど、楽譜って高いのよね。 2000円はするし。
そんなわけで、太るからっていう理由以外にあたしがケーキバイキングに行けなかった理由は、ミナミのためにお金を使うからだ。

ゴールデンウィークはエリカたちの遊びの誘いを断って、ミナミのライブに出かけた。
家から地元駅までバスで30分、そこから長時間各駅停車に揺られながら、途中何回か乗り継いで全部で3時間以上かけて、日比谷のライブ会場へ。
帰りは、乗り継ぎが悪いと4時間くらいかかる。
特急で帰れればラクなのにな・・・
そんな事を考えながら帰途につく。
それにしても・・・ やっぱりミナミは最高よね。
ライブ中はずっと立ちっぱなしでかなり疲れるんだけど、そんなのも忘れちゃうくらい自分の中のテンションが上がっている。
「もう、ホンットにサイコーだったよね〜! ミナミ!!」
「ポップな曲もいいけど、やっぱりバラード・・・ラブソングがいいよね〜」
帰りの電車の中は、同じようにミナミのライブ帰りの子がたくさん乗っている。
「楽譜買っちゃった♪」
「あとでコピらして?」
みんな友達と一緒に来ていて、ライブの余韻をお互いに楽しんでいる感じだった。
そんな中、あたしはいつも1人だった。
あたしはミナミファンだということをみんなに内緒にしている。
学校ではクールビューティで通しているあたしが、最近人気が出始めた仮面ミュージシャンのファンだなんて知られるのが恥ずかしかったから。
学校でもときどきミナミの話題が出ることもあったけど、そういうときですら関心のないフリをしている。
「次も一緒に行こ!」
「あ、今度はあたしがチケット取るよ」
隣に立っている女の子たちが楽しそうに話している。
こういうとき、あたしもミナミのことを語れる友達が欲しいな・・・といつも思う。
やっと地元駅に着いたときには、すでに11時を回っていた。 最終バスもとっくになくなっている。
ちょうど急行電車も同時に着いたから、タクシー乗り場には長蛇の列が出来ていた。
こんなのに並んでいたら、一体いつ帰れるか分からない。 それ以前にタクシー代がない。
はじめは歩こうと思ったけど、電車が混んでいて座れなかったら立ちっぱなしでメチャクチャ足が痛い・・・
イヤミを言われるの覚悟で、お母さんに電話。
「・・・・・来週一週間、茶碗洗いヨロシクね!」
「・・・はい」
しおらしく返事をし、バス停のところで迎えを待つ。
本当だったらバスターミナルに一般の車は入って来れないんだけど、最終バスも出てしまった今の時間は、一時的なら止めてもいい・・・と、暗黙の了解になっている。
お母さんが駅に着くまで・・・ 30分くらいかな。
バス停に設置されているベンチに座って、バッグの中身を取り出す。
A4サイズの冊子・・・ 表紙には俯いてギターを抱えているオレンジ色の髪・・・
思わず笑みがこぼれる。 ―――ミナミの楽譜を手に入れた!
「もう一回、チャレンジしてみようかなぁ・・・ ギター」



パラパラとページをめくりながらそんな事を呟く。
コツとか? 誰か教えてくれる人がいればなぁ。
・・・軽音楽部とか? 入っちゃう?
でも、2年になってから入るって、今さらだし・・・
しかも、飲み込み悪くて、
「上原さんって、意外と要領悪いね?」
なんて思われても恥ずかしいし・・・・・
そんな事を考えながらページをめくっていたら、すぐ背後に人の気配を感じた。
もう最終バスは行ってしまっているから、バス待ちの人じゃない。
まさか・・・ ナンパ? それとも・・・・・ 痴漢ッ!?
この時間って酔っ払った人とか多いから、嫌なのよね。
そうだ。 なんか声かけられたりする前に睨みつけて威嚇してやろう!
「ちょっとッ!! ―――って・・・えっ!?」
そう思って振り返ったら、
「あ・・・ やっぱり、上原さん・・・」
・・・と、そこに立っていたのは隣の席の地味系男子、服部だった!!
服部は耳にイヤホンを入れたまま、
「・・・こんな時間にひとりで・・・何してるんですか?」
「な、なんだっていいでしょっ!!」
・・・まさか、ミナミのライブの帰りだとは言えない。
こんな時間にこんな場所でクラスメイトに会うとは思わなかったから、ちょっとビックリした。
まぁ、ナンパや痴漢に比べたら全然マシだけど。
なんて事を考えていたら、服部が、
「もしかして・・・上原さん、その人の・・・ファン?」
とあたしの手元に視線を落とした。
「え? その人って・・・・・ うわっ!!」
慌てて楽譜を隠したけど、遅かった。 服部はあたしのバッグをチラリと窺いながら、
「・・・もしかして、ライブ帰り・・・とか?」
―――完全に見抜かれている!
「そ、そうよっ! 悪いっ!?」
思わず怒鳴るようにそう答えてしまった。 あんまり急すぎて、テキトーな言い訳も誤魔化しも思いつかない。
「いや・・・ 悪くないですけど・・・」
「けど、なによっ!?」
「・・・意外だな、と思いまして・・・ 上原さん、学校ではクールな・・・感じだし・・・」
急激に頭に血が上る。
クールな感じだし・・・の後に、
「意外とミーハーなんですね」
と付け足されたような気がした。 服部ごときにっ!!
服部は口元に手を当てて、少しだけ顔を背けた。
――――――・・・ まさか、笑ってるっ!?
いや、相変わらず鬱陶しい長髪のせいで表情はよく分からないんだけど・・・でも、なんとなく笑われてる気がするっ!
―――こいつ、絶対あたしのことバカにしてるっ!! いつもはバカにされる側のくせにっ!!
・・・・・はっ! まさか・・・・・
・・・・・まさかこいつ、クラスでこのこと言いふらしたりしないでしょうねっ!?
もしそんなことをされたら、今まで死ぬ思いで培ってきたものが崩れてしまう!!
ど、どうしよう・・・っ
あたしが焦ってることなんか微塵も気付いていない服部は、のん気に首からぶら下がっているアイポッドなんかを操作している。
「ちょっとっ!!」
「・・・たっ!」
服部の耳から乱暴にイヤホンを引っこ抜く。
「・・・いい? このことは絶対誰にも言っちゃ駄目よ?」
服部は少しだけ首を傾げて、
「・・・このことって?」
言わすな―――っ!!
「だ、だからぁ! ・・・あ、あたしがミナミのファンだってことよ・・・」
思わず語尾が小さくなる。
「なんで?」
「なんでもよっ!! 分かったっ!?」
「分かったけど・・・」
「けど、何ッ!?」
まだゴチャゴチャ言いそうな服部を睨みつける。
「や・・・ それで終わりです」
「だったら余計なこと言ってないで、黙ってなさいよっ!!」
「・・・・・」
あたしに言われたとおり口をつぐむ服部。 それを見て小さく肯くあたし。
・・・それにしてもぬかったわ・・・
ちゃんと家に帰ってから見ればよかった・・・ 楽譜・・・
つい我慢できなくてこんなところで広げちゃって・・・ バカじゃないのっ!? あたしっ!!
しかも、それをよりによって服部に見られるなんて。
こんなドンくさい男にあたしの弱味を握られるなんて――――――・・・ッ!
「〜〜〜あ、あんたこそ、こんな時間に何やってたのよっ!」
居ても経ってもいられなくなって、服部を怒鳴りつけた。
「・・・えっ?」
あたしは、服部の肩から斜めがけにされているエナメルバッグに手をかけて、
「ヒトの物ばっか覗き見してないで、あんたも見せなさいよっ!」
「ぇえっ!?」
そんなのが他人のカバンを漁る理由になんかならないって分かっていたけど、服部に弱みを握られたままなのが悔しくて、反撃に出た。
こんな時間にひとりでいるあんただって十分あやしいわよねっ!?
「お、おれは、覗き見なんてっ! 上原さんが手にしてたから目に入っただけで・・・」
慌ててバッグを押さえる服部。
「いーから見せなさいよっ!!」
その慌てよう・・・ よっぽど見られたくないものが入ってるのね。
こいつオタクっぽそうだし・・・ なんか、アニメキャラのフィギュアとか? 入ってたり…
そう言えばみんなが、
「フィギュアに、桃子って名前付けてるかも!」
って言ってたけど・・・・・
まさかホントにっ!?
「あんた、そのフィギュアにあたしの名前付けてるんじゃないでしょうねっ!?」
「フィ、フィギュア?」
「それであたしのこと思い出して、夜ひとりで悶えてるんじゃないのっ!?」
「もだ・・・・・ッ!?」
前にみんなに言われたことを思い出し、まくし立てた。 あたしは服部のバッグを引っ張りながら、



「―――ッ!!!」
服部が絶句する。
あのとき、結局「オカズ」の意味は聞けずじまいだったけど、これが1番効果的だったみたいだ。
服部が固まっている間に、バッグを奪う。
「あっ、ちょッ・・・」
「あっ! なによ、これ―――!」
バッグのファスナーを開ける前に、そのサイドポケットに本のようなものが入っているのが見えた。 素早くそれを取り出す。
「どーせオタク好きしそうなアイドルの写真集とか、アニメ雑誌で・・・・・」
そこまで言ったところで動きが止まった。
―――な、なんで・・・?
あたしさっき、自分のバッグにしまったよね・・・?
なんでコレが・・・・・ミナミの楽譜が、服部のバッグに入ってるわけ?
だってこれ、今日発売よ? ミナミのライブ会場でしか売られてないのよ?
「え・・・?」
意味が分からなくて、思わず服部を見上げる。「・・・なにこれ」
「なにって・・・ 見ての通り、楽譜ですけど」
抵抗を止め、諦めたように溜息をつく服部。
「え・・・? だってこれ、今日の日比谷でしか売ってな・・・」
と言いながら、あたしはやっと気が付いた。「もしかして・・・ あんたも今日、ミナミのライブに行ってたのっ!?」
服部は一瞬動きを止めた後、黙って肯いた。

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