ひとつ屋根の下   第3話  すれ違った初恋B

――― 一瞬で頭が白くなる。

……え?
今、徹平なんて言った?
あたしのこと好きって…… ずっと好きだったって……
そう言った?
「ウソッ!!!」
徹平のセリフを理解した直後、あたしはそう叫んでいた。
「……なんでこんなことでウソつくんだよ」
徹平が恨みがましい目であたしを見る。
「だってあたしフラれてるじゃんっ! 3年前にっ!!」
「……は?」
「あたしが必死に書いたラブレターっ! 徹平あたしに突っ返してきたじゃんっ!!」
「……ラブレター?」
徹平が怪訝な顔になる。「ナナがオレに?」
あたしは力強く肯きながら、
「中学2年の冬休み前にっ! あたしが徹平に出したラブレター、ウチのポストに黙って返してきたでしょっ! まさか忘れたわけっ!?」
と逆に徹平を睨みつけてやった。
今までにも徹平は、
「フッた相手にそういうこと言う!?」
ってことたくさんあったけど…… やっぱり忘れてたんだっ!?
「や……ちょ、待って?」
徹平は慌てて手の平をあたしに向けると、「……オレそんなのもらってねぇ」
なんてまだとぼけたことを言っている!
「とぼけないでよっ! あたし絶対徹平のカバンの中に手紙入れたもん! そしたらそれ次の日にウチのポストに返されててさ…… ちゃんと開封してあったし、読んだはずだよっ!!」
そんな大事なことを、たったの3年で忘れちゃったって言うの?
それともあたしからの手紙なんか、元々記憶にも残らない…ただ徹平の網膜を素通りしただけみたいな……そんな程度だったってことっ?

頭にきてそう反論したら、
「なんでそんなことでとぼけるんだよっ!? オレはナナのことが好きだったのに、そんなのもらって忘れるわけねぇだろっ!? もらってねぇんだっつーのっ!!」
と徹平も言い返してきた。
「よく言うよねっ、そんなことっ! あたしのこと好きだった人が他の人とキスしたりするっ!?」
「は?」
「またとぼけるのっ? 1コ上の先輩と……男バスのマネージャーやってたあの髪の長い先輩だよ! あの人とキスしてたのあたし見てたんだからっ!!」
「ッ!!」
あたしがそう言ってやったら、さすがの徹平も絶句してしまった。
ラブレターのことは忘れたみたいだけど、そこは覚えていたらしい。
そう。 あたしは徹平が1コ上の先輩とキスをしている現場を偶然目撃してしまった。
しかもそのとき、あたしと徹平目が合ったんだよね。
あたしに気付いてから慌てて離れてたけど……
しっかり見たんだから! この目でっ!!
「それは……」
口ごもる徹平。 それでもう認めたようなものだ。
どうっ? あたしの方が間違ってないってこと分かったっ!?
とあたしが軽く胸を張って見せようとしたら、徹平はあたしから目を逸らして、
「……だってそれは… ナナがオレのことなんかなんとも思ってないって言うから……」
とモゴモゴと言い訳がましくそんなことを言う。
はぁっ!?
ラブレターのことも忘れて……その上、あのキスまであたしのせいにする気っ!?
「そんなこと言ってませんっ! あたしのせいにしないでっ!」
そう言ってプイッと徹平から顔を背けた。
「言ったろっ!? 中西先輩にお前!! オレのことなんか好きじゃないって」
「はぁっ?」
中西先輩っていうのは、例の徹平とキスしてた先輩だ。
「なんであたしとあの先輩がそんな話するのよっ? っていうか、一回も口きいたことないけど? あの人と!」
「ええっ?」
あたしも混乱していたけど、徹平もかなり混乱しているみたいだ。
「なんだよ…… どーなってんだよ……」
徹平は眉間にしわを寄せて何度も髪を掻きむしっている。
「ちょ、ちょっと待って? ……なんか話が行き違ってるみたいだけど…… 徹平はホントにあたしからの手紙読んでないの?」
徹平が力強く肯く。
「読んでねぇ!」
……これは一体どういうことなんだろう?
徹平がウソをついているとはとても思えない。
本当にあたしのことを好きでいてくれたんだったら、あんな風に黙ってウチのポストに手紙を返してきたりしないはずだ。
あたしが戸惑いながらそんなことを考えていたら、
「……確かにオレ中西先輩から好かれてた。 でも、ちゃんと断ったんだよ! ナナが好きだからって!」
「え?」
「そしたら先輩応援するって…そう言ってくれたんだ。 それから色々相談に乗ってもらったりするようになって……」
相談……
「そしたらある日先輩が言ったんだ。 ナナの気持ち聞いてきてやったって。 マジ驚いたよ。 そんなこと頼んでないのになんで突然って」
当然だけど、あの先輩からそんなこと聞かれてない。
「オレのことはただの幼なじみとしか思ってないって。 好きじゃないって、そう言われたって」
「……あたし、そんなこと聞かれてないし、言ってない」
あたしがそう言ったら、
「……じゃあ、なんで先輩あんなこと言ったんだ? ワケ分かんねーよ」
と徹平は首を捻った。
徹平は不思議がっているけど、あたしには大筋が見えてきた。
あたしのラブレターを読んだのは徹平じゃない。 多分…中西先輩だ。
徹平にフラれた先輩は、
「応援する」
とは言ったけど、全然徹平のことを諦めたわけじゃなかったんだ。
先輩はどうやって手に入れたのか知らないけど(多分、徹平のカバンを漁ったんだろうけど)あたしから徹平宛てのラブレターを見つけて持ち去った。
それを勝手に読んで、その上であたしんちのポストに返してきたんだ。
さらには、あたしが徹平のことを好きじゃないなんて徹平に吹き込んで……
いくら徹平のことが好きだからってそこまでするっ!? 信じらんないっ!!
徹平は、
「応援する」
っていう先輩のセリフをそのまま信じ切っていて、まさか黒幕が先輩だなんて思いもしていないみたいだ。
そんな徹平に今さら真相を明かしてもしょうがない。
大体その真相だって、あたしの想像上での事だし。
あ〜あ…
あの先輩さえ邪魔してなかったら、あたしたち両想いだったんじゃん。
今さらっていうのは分かるけど…… なんか腹立つなぁっ!!
とあたしが内心で腹を立てていたら、
「……そのラブレターって、まだあんの?」
と徹平があたしの顔を覗き込んだ。
「え? ……あるけど……」
伊吹に読まれちゃったあと、いっそ捨ててやろうかと思ったんだけど…… なんか結局また机の奥にしまっちゃったんだよね。
もうあの頃の気持ちはないけど、当時一生懸命書いたことは覚えてるから……やっぱり捨てづらかった。
……って、こんなこと言ってたらいつまでも捨てられずに置きそう…… あの手紙。
なんてことを考えていたら、
「読みたい」
と徹平がとんでもないことを言い出した!
「え…… ええぇぇえっ!?」
「今さら遅いか? でも、ナナがオレに書いてくれたラブレター……読みたいんだよ」
「ちょ、ちょっと待って!?」
ずっと徹平にはフラれたんだと思ってた。
当時は辛かったけど今じゃ懐かしい思い出になっている。
っていうか、今はなんでも相談できる幼なじみとして良い関係が築けているし、逆にそういう想いがなくなって良かったとすら思ってたのに……
急にそんなこと言われても困るよっ!
「今度こそちゃんと読んで……あんとき出来なかった返事…したい」
返事って……
「……ちょっとあたしも混乱してるから……」
徹平は少し不満そうだったけど、考えさせて、と言ってその場は許してもらった。

どうしようどうしようどうしよう……
まさか徹平があたしのこと好きでいてくれたなんて。
だって、こっちはもうフラれたもんだと思ってたんだよ?
フラれた当時だって、あたしなりに頑張って吹っ切ったんだよ?
それを今さら、
「ずっと好きだったんだよ。 ナナのことが」
なんて言われたって……
どうしていいのか分かんないよ―――ッ!!

「……どうしたんだよ」
夜、伊吹があたしの部屋にやってきた。
あのあと……徹平からの思わぬ告白のあと、家に帰り着いてからあたしはずっと自分の部屋にこもっていた。
一緒にお菓子作りをするはずだった法子さんには、急に体調が悪くなったと言ってまた今度ということにしてもらった。
気にしないで、と法子さんは言ってくれたけど、残念だったことには変わりないだろうし……
それで伊吹は何か文句を言いに来たんだろうか。
「ドタキャンするなよ! 母さんが可哀想だろ?」
とか……?
確かに法子さんには悪いことをしたと思うけど、こっちにだって事情があるの!
……って今は、反論する気力もない……
落ち込みながら、でも伊吹のセリフにビクビクしていたら、
「なんかあったのか? マッキーと」
と意外にもあたしのことを心配して声をかけてきてくれたみたいだ。
「……なんかって…」
伊吹に今日のこと……徹平から告白されたなんて話しづらい。
中学まで遡って話さなきゃならないし、それ以前にきっと徹平は人に話されたくないだろうから。
どうやって伊吹からの質問を誤魔化そうかと考えていたら、
「告られたか、マッキーに」
と伊吹がサラリと言ってのけた。 驚いて伊吹を見返す。
「混乱してんのは分かるけど、晩飯くらい食えよ。 母さんもお前の父親も心配してたぞ?」
な、なんで分かんのっ!?
やっぱり伊吹はエスパーなのかもしれない。
「で? なんて言われた」
どうやって誤魔化そうかとか考えていたけど、そこまで見抜かれてるんじゃ誤魔化す意味がない。
それに伊吹だったら……もしかしたら、いいアドバイスをくれるかもしれない。
微かにそんなことを期待して、徹平とのことを話して聞かせた。
一通りあたしの話を聞き終えた伊吹は、
「ふうん…… ま、そんなとこだろうと思ってたよ」
と肩をすくめた。
「……どういう意味?」
「だってマッキーってどう見てもお前のこと好きじゃん? だからお前がフラれたとか言ってるのもお前の勘違いだろうと思ってたってこと」
なんだ、やっぱあの手紙読まれてなかったんだ、と伊吹は続ける。
「ちょっと待って? なんで徹平があたしのこと好きだとか……そんなことあんたに分かんのっ!?」
「見てりゃすぐ分かるよ。 マッキー分かりやすいし。 どうせ今日告ってきたのだって、オレとお前のこと変なふうに勘違いしたからだろ?」
「ッ!? なんでそんなことまで……ッ!!」
「だから分かりやすいんだって。 部室前とかですれ違ったときもオレのこと意識してんの丸分かりだもん。 オレがここに来る前は普通だったのにさ」
……そーだったんだ。 全然気が付かなかった……
やっぱりあたしが鈍いだけだったのかな……
……っていうか。
「……ねえ? あたしどうしたらいいと思う?」
「あ?」
「だって徹平には中学のときにフラれたって……ずっとそう思ってきたんだよ? 頑張って吹っ切って、今じゃ大切な幼なじみって…やっとそう割り切ることが出来るようになったんだよ?」
それを今さらそんなこと……好きだとか言われたって困るよ……
「今はもう好きじゃないってこと?」
伊吹がちょっとだけ首を傾げる。
「好きとか嫌いとか…そういう対象で見てないっていうか…… 本当に大事な幼なじみとしか思ってない……」
「じゃ、そう言えば?」
「……それで徹平納得してくれるかな?」
そう伊吹に聞いたら、伊吹は、
「しないだろうな」
とあっさり返してきた。
そんなっ!
「マッキーは今でもお前のことが好きなんだ。 多少の行き違いがあったとは言え、一応両想いだったわけだし…… 余計に諦められないだろ?」 
「じゃ、どーすればいいの?」
伊吹は一瞬黙ったあと、
「それはお前が考えないと!」
と立ち上がった。「お前が告られたんだろ? だったらお前がちゃんと考えて答えてやらないと。 じゃなきゃマッキーに失礼だろ」
「うっ…」
もっともなことを言われて、思わず返答に困ってしまった。
「あ、そうだ」
と部屋を出て行きかけた伊吹が振り返った。「しばらく肩揉みはしなくていーよ。 これ以上マッキーに恨まれたくないし」
伊吹はそう言い残すと、さっさと自室に戻っていってしまった。
「なによ! 聞くだけ聞いといて……」
思わずそんな言葉が漏れてしまった。
でも、伊吹の言うとおり、あたしが答え出さなきゃいけないんだよね……
徹平は徹平の言葉で気持ち伝えてくれたんだから、あたしも自分の言葉で徹平に返事しなきゃいけない。
……でも、どうやって?
今さら徹平とカレカノの関係になるなんて……全然想像がつかない!
仮に付き合うことにしたとして、その後ずっと上手く続いていけばいいけど……そうじゃなくなったときどうする?
そのときは彼氏としての徹平を失うだけじゃなくて、幼なじみとしての徹平も同時に失うことになる。
そんなのは絶対に嫌だ!
生まれてからずっと隣にいてくれた徹平を失うなんて…… 考えられない!
……はぁ。 本当にどうすればいいんだろ…
あたしとしては、今のまま仲の良い幼なじみでいたい。 これからもずっと。
でも…… もしそれで徹平が納得してくれなかったら?
そしたら幼なじみの関係もなくなっちゃうのかな……?
そんなのやだ―――ッ!!

そんなことを悶々と考えた週末が明けた月曜日。
「……おす」
「え… あ、おはよう」
学校に行こうと思って家を出たら、門の前で徹平が待っていた。
バスケ部は平日は毎日朝練がある。
だから、こうやって徹平があたしのことを待っているとは思いもしなくて驚いてしまった。
たまたま家を出るのが一緒だった伊吹は、
「おはよ!」
と徹平に挨拶だけして、一人でさっさと駅に向かって歩いていってしまった。
ああっ! 今徹平と二人にしないでっ!!
悶々悩んだわりに、結局あたしはまだ答えを出せないでいた。
伊吹の姿が見えなくなってから、
「……一昨日のことだけど、さ」
と徹平が切り出した。 あたしは慌てて、
「そ、それなんだけどっ! もうちょっと時間もらってもいいかなっ?」
と徹平のセリフを遮った。
「え?」
「ホラっ、あたしとしては3年前にフラれたつもりでいたわけじゃんっ? だからやっぱりまだ混乱してて…… よく考えがまとまってないんだっ! だからっ!!」
しどろもどろになりながらもあたしがそう言ったら、徹平は一瞬黙ったあと、
「……ん、分かった。 待つ」
と肯いてくれた。
「……ありがと」
とりあえずこの場をしのげたことにホッと胸をなで下ろす。
ってこんな言い訳、何回も使えるわけじゃないんだけど……
「……ところで徹平、今日朝練は?」
話題を変えたかったから、そんなことを聞いてみる。
徹平は、
「……サボった」
とポツリと言った。
「え? サボったって…… 先輩に怒られないの?」
前に部活をサボってあたしとゲームセンターに行ったのがバレたときも、先輩に怒られたって聞いてるし、
「バスケ部は先輩こえーから」
って伊吹も言ってた気が……
心配してそう聞いたら、
「や。 1日くらい平気だし」
と徹平は笑顔を見せる。

……思えばあたしは、このときにちゃんと徹平に話すべきだったんだ。
今はもう徹平のことを恋愛対象としては見ていないって。
仲の良い幼なじみのままでいたいって。
すぐには納得してくれなくても、時間をかけてでもちゃんと話すべきだったんだ。

それからの徹平は、何かと理由をつけてはあたしと一緒にいるようになった。
朝練を休んであたしと一緒に登校することも増えたし、ときには放課後の練習まで休んだりする。
そんなことして大丈夫なのって聞いても、
「大丈夫だから。 ナナは心配することない」
って返ってくるし……
徹平が焦っているのは分かってた。
3年間無駄にした時間を取り戻したいんだって気持ちもよく分かる。
でも、そうされればされるほどあたしの方は気持ちが冷めてくるっていうか……
こんな状態を続けていたらお互い良くないって分かってるのに、そう言えないあたし。
だってここで答え出しちゃったら、徹平はもうあたしの隣にはいてくれなくなるかもしれない。
仲の良い幼なじみという関係までなくなってしまうかもしれない。
そう思ったら怖くて返事なんか出来なかった。

あたしが徹平にはっきり返事を出来ないまま数日を過ごしていたら、また伊吹があたしの部屋にやってきた。
最近はやっかいな特進クラスの宿題も肩揉みも免除されてるし、一体何の用だろう……と思っていたら、
「その気がないならはっきり断れ。 あれじゃマッキーが可哀想だ」
って…… 徹平のことだったみたいだ。
……なによ。
この前は、
「自分で告白されたんだから自分で考えろ」
みたいなこと言ってたくせに。
「そんなこと出来ないよ…… だって、キライじゃないんだよ? っていうか、一度は好きだった人だし……」
それに、伊吹は失恋とか経験したことないから分かんないかも知んないけど、好きな人に振られるのって、すっごいショックなんだよ!?
悲しくて辛くて…… 何も手に付かなくなっちゃうんだから!
徹平にそんな思いさせたくないし……
そんなことをモゴモゴと言ったら、伊吹は、
「じゃあ付き合ってやれんの?」
「そ、それは……」
徹平と恋人同士になるとか……そんなこと今さら考えられない。
「出来ないんだろ?」
と伊吹は肩をすくめる。「まぁ、同情で付き合ってもらっても、マッキーが喜ぶとは思えないけどな」
「じゃあどうすればいいのよっ!?」
分かったようなことを言う伊吹に腹が立って、思わず伊吹を怒鳴りつけた。
「もしあたしがここではっきり断ったりしたら、今までの関係まで壊れちゃうかもしれないんだよ? そんなの絶対やだっ!!」
生まれてからずっと傍にいてくれた幼なじみ。
あたしのお母さんが死んでパパと二人きりの生活になったときも、隣りに徹平がいてくれたからそれほど寂しさも感じずにやってこれた。
パパの再婚のときも、伊吹に虐げられているときも、いつだって相談に乗ってくれて……
隣りに徹平がいてくれるって思うだけで、すごく心強かった。
そんな徹平を失うなんて考えられない!
あたしがそう言ったら、
「……そんなのお前のワガママだろ?」
と伊吹は返してきた。
「……え」
あたしの……ワガママ?
「今までの関係を壊したくないからってお前がはっきりした態度取らないと、いつまでもマッキーを振り回すことになるんだぞ?」
「ふ、振り回すって…… あたしそんなつもり……」
と否定しようとして、その先が出てこなかった。
実際、徹平はあたしと一緒にいたくて部活をサボったりしている。
あんなに大好きなバスケの時間を削ってまで、あたしと一緒にいようとする。
あたしがはっきり返事をしないから、期待させるようなことをしてるから……だから徹平は、あたしの気持ちを繋ぎとめようと無理をしている。
徹平の貴重な時間を犠牲にさせている。
……確かにあたしは、徹平を振り回しているのかもしれない。
「はっきり断られたらマッキーがショック受けるってのは分かる。 ……でも、結局は気持ちに応えてやれないって分かってるのに気を持たせるようなことする方が、結果的にもっと傷つけることになるんじゃねーのか?」
「……」
伊吹の言う通りだ。
はっきり断ったら徹平が可哀想……なんて徹平のことを心配するふりして、結局はあたし自分のことを心配してたんだ。
いつも傍にいてくれた幼なじみの徹平を失うのが嫌だからって、あたしのワガママで……
曖昧なことして徹平の気持ちを振り回してたんだ。
「……あたし、明日ちゃんと徹平に話す」
ちゃんと話して徹平のこと解放してあげなきゃいけない。

「おはよ、ナナ!」
翌朝。 朝練があるはずの徹平がやっぱりあたしのことを待っていた。
「……おはよ」
ちゃんと断ろうと決心はしたけど……一体どういう風に言えばいいんだろう。
「悪い、ナナ。 今日は一緒に帰れないわ」
どういう風に切り出そうか迷っていたら、徹平の方から先にそんな話をされた。
一緒に帰れない、と言われたことにホッとしているあたし……
って、こんなことでホッとしてどうすんの。
「……部活?」
あたしがそう聞いたら、
「明日、練習試合があるんだよな」
と徹平が肯く。「ちょっと負けられないとことやるから、今日は練習出とかないと」
明日、そんな試合があったの?
昨日も一緒に帰っちゃったけど…… 本当は昨日だって練習出なきゃいけなかったんじゃないの?
……っていうか、いつもの徹平だったらそんな大事な試合の前に、絶対練習サボったりしなかった……
―――そんなことさせたのもあたしなんだ。
「……徹平」
「ん?」
「もう…こういうのやめよ?」
思い切って話し出したあたしを徹平が見下ろす。
「……どういう意味?」
「徹平、前は絶対こんなことしなかったじゃん。 大事な試合の前に練習休むとか……」
「だから、今日は練習出るって! ……つか、オレが練習休むとか…ナナには関係ないことだって言ったろ?」
そう言って笑う徹平。
そんななんでもないことみたいに言わないでよっ!
「でもそれってあたしのせいじゃんっ! 今朝だって朝練あったんでしょ? なのに行かないのってあたしを待ってたからでしょっ!?」
怒鳴るようにそう言ったら、徹平は微かに視線を落した。
「徹平バスケ大好きじゃん! それをあたしのせいでダメにして欲しくないのっ!!」
「ダメになんかしてないって……」
徹平は視線を落したまま呟くようにそう言った。
「……なんか、こんなの違うよ。 あたしも徹平も…お互い気を使いすぎて不自然だし…… 今までのあたしたちはこんなんじゃなかった。 ……だから、やっぱりあたしたち……」
今まで通り幼なじみのままがいい、と言おうとしたら、
「やっぱオレ、今から朝練行くわ!」
と徹平が急に声のトーンを変えた。
「え?」
「悪いけどナナ、一人で学校行ってくれな!」
そう言うが早いか、徹平は駅に向かって走り出した。
「えっ? あ、ちょっと……徹平っ!!」
追いかける間もなく、徹平の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
やっとちゃんと言えると思ったのに、徹平聞いてくれなかった……
……ううん。
それだってあたしのせいだ。
あたしがさっさと返事をしなかったから……徹平に変な期待をさせちゃってたからだ。
だから、幼なじみのままで…って返事をしようとしたときも、徹平分かってたのに聞いてくれなかったのかもしれない。
本当にどうしよう……
「ま、仕方ないんじゃね? 今まで引っ張ってたお前も悪いしな」
いつの間にか伊吹が隣りに立っていた。
「……ホントにあんたって狙ったように現れるよね。 どっかで覗いてたわけ?」
徹平と上手く話が出来なかった腹いせに、そんな憎まれ口を伊吹に吐きかける。
「でも、あのマッキーが部活サボってまでお前と一緒にいたいって…… そこは分かんねぇわ」
あたしの憎まれ口なんか軽くかわして、それ以上の毒を吐いてくる伊吹。
ホントムカツクこいつっ!
「あのマッキーがって?」
伊吹はあたしの恨みのこもった視線なんか無視して、
「多分バスケ部の2年の中じゃマッキーが1番上手いし、1番熱心なのにって意味」
なんでそんなことまで分かるんだろうと思っていたら、
「陸上部は雨のとき、体育館のステージ使わせてもらったりしてるから」
ってときどき徹平たちバスケ部の練習を見てたみたいだ。
「そのマッキーが部活休むとか……よっぽど切羽詰ってんだろーな。 可哀想に」
「……明日、もう一回ちゃんと言うもん」
ふて腐れたように伊吹にそう言ったとき、徹平からメールが届いた。
『先に行っちゃってゴメン。 それと明日の試合、絶対見に来てくれ。 オレのバスケ見せてやるから』

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