ひとつ屋根の下   第1話  最悪な同居人A

気晴らしのために出かけたはずが、余計に気が重くなっただけだった。
里香は、
「どうせあいつら、あたしたち以上に悪いこといっぱいしてるよ! 女の子騙したりさ!」
って言っていたけど・・・
でも結局は、あたしたちも彼らを騙したことには変わりない。
何やってんだろ、あたし・・・
こんなことしたってパパにバレたら、また泣かれちゃうよ・・・
うな垂れながら自宅への道を歩いていたら、
「コラッ! 帰宅部が何こんな時間に帰ってきてんだよ!」
と急に後頭部を叩かれた。 振り返ったら、幼なじみで隣に住んでいる槙原徹平が立っていた。
「いったいなぁ〜〜〜! なんで叩くわけ!? バカテツッ!」
「今日水曜日だろ? なんで早く帰ってこねーんだよ」
「・・・・・いーじゃん、別に。 徹平にはカンケーないでしょっ!」
言い終わると同時に顔を背けた。
生まれたときから隣に住んでいる幼なじみは、当然あたしのパパの休みの曜日も知っている。
「知ってんぞ? お前、おじさんの再婚のことで拗ねてんだろ?」
「・・・・・なんで徹平がパパの再婚のこと知ってんのよ」
「夕べ遅くにおじさんが来て、オヤジたちにこぼしてたもん。 ナナが許してくれないって」
またか、とあたしはため息をついた。
あたしたちの付き合いは家族ぐるみのものだった。
特にうちはお母さんがいなかったから、あたしに何かあるとパパはすぐに徹平のお母さんに相談しに行く。 
それだけ心配してもらってるってことなんだろうけど・・・
「いーかげん許してやれよ? おじさんだってまだ若いんだし、好きな人くれー出来たって不思議じゃねーだろ?」
「不思議だもんっ! パパには絶対お母さんしか想ってて欲しくないっ!」
―――本当はあたしだって徹平と同じように思ってる。
パパだって恋愛していいんだって・・・ ちゃんとそう分かってる。
だけど、そんなすぐには気持ちが切り替えられないんだもん・・・ しょうがないじゃん・・・・・
あたしがムッとしたまま俯いていたら、徹平が呆れたように、
「あっそ。 このファザコン!」
とあたしを見下ろした。
「はぁっ!? あ、あたしのどこが、ファ、ファザコンだって、い、言うのよっ!」
少なからず自分でも自覚していることをズバリ指摘され、慌てて否定する。
すると徹平は、今度は笑いながら、
「お前、ラッパーかよ! そのどもりっぷり! マジウケんだけど!」
「な、なによっ!」
「このファザコンラッパーがっ!」
「徹平っっ!!!」
恥ずかしいのとムカついたのとで徹平を殴ってやろうと見上げたら、
「・・・寂しいんだろ?」
と優しい徹平の視線とぶつかった。
「え・・・」
「分かるよ、ナナの気持ち。 おばさん亡くなって・・・ もう10年以上だっけ? その間2人で頑張ってきたんだもんな。 普通の親子じゃ・・・ウチなんかとは比べものになんねーくらいの濃い時間過ごしてきたわけだしさ。 ナナがおじさん大好きになって当然だよ」
たった今まであたしに説教したり突っ込んだりしていたくせに、急にそんなことを言うから驚いてしまった。
なんて言っていいのか分からなくて、そのまま俯いた。
「その大好きなおじさんがさ、新しく人生始めようとしてんだよ。 応援してやれよ」
「・・・・・」
「別にお前を嫌いになったわけじゃない。 今も変わらず好きだと思うよ? けどさ、お前に対する好きと、その相手に対する好きとは種類が違うってこと分かってんだろ?」
「・・・・・」
分かってる・・・・・ けどぉ・・・
あたしがいつまでも頬を膨らませていたら、
「仮にさ、お前に男が出来たとして考えてみろよ」
と徹平が人差し指を立てた。
「・・・は?」
「大好きな彼氏が出来て、それを大好きなおじさんに報告する。 ・・・反対されたらどうする? しかも、相手が誰だろうと確認もしないでだぞ?」
あたしに彼氏が・・・?
それをパパに反対されたら・・・ どうだろう・・・・・
やっぱり悲しくなるかな。
それとも、認めてくれないパパにムカつく?
・・・・・なんにしたって、嬉しくないことには変わりない・・・・・
あたしが俯いたまま黙っていたら、
「すぐにじゃなくたっていいんじゃん? 徐々にでもさ。 とりあえず会ってみろよ。 今度食事会あんだろ?」
「・・・・・なんでそんなことまで知ってんの」
「エスパー?」
と徹平はおどけるようにして肩をすくめている。
どうせ、夕べ徹平の両親とうちのパパが話していたのを盗み聞きしたに違いない。
そう突っ込んでやろうと思ったけど、
「・・・・・ありがと」
とあたしは小さい声でお礼を言った。
まだ完全に気持ちを切り替えられたわけじゃない。
けれど、徹平と話しているうちに、だんだん気持ちが落ち着いてきたのは確かだった。
あたしがしんみりしかけたら、
「声が小せぇーんだよっ! 礼ならデケー声で言えっつーの!!」
と、急に徹平があたしの髪をグシャグシャにかき回してきた!
「ちょ・・・ やだ! もう、やめてよっ!」
徹平は笑いながら、
「そうだ。 どうせだからさ、お前マジで男作れば? そうすればおじさんのこと解放してやれんだろ」
「作ればって・・・」
工作じゃないんだから、そんな簡単に作れっこないでしょ?
―――・・・ていうか、徹平がそれ言う・・・?
あたしがムッとして徹平を見上げたら、
「ん? なんだよ?」
と徹平はまるで分かってない顔をしている。
「・・・・・なんでもない」
「は? なんだよ? ・・・つか、怒ってる?もしかして」
「なんでもないっつったじゃん! じゃあねっ!」
2人で話しながら歩いてきたら、いつの間にか自宅の前まで帰り着いていた。
「おいっ! 気になんだろ―――っ!」
という徹平の怒鳴り声を背中に、あたしは家の中に飛び込んだ。
男作れば・・・なんて・・・ なんであんなこと言うんだろ?
もしかして忘れちゃってる?
――― あたしが徹平にラブレター出したこと・・・
大昔のことだし、今はあたしもなんとも思ってないからいーんだけどさ。
けど、ラブレターもらった相手・・・しかもフッた相手に、よく、
「男作れば?」
なんて言えるよね・・・ ちょっと無神経すぎない?
パパのことでは慰めてもらったけどさ・・・
気が利いてんだか利いてないんだか分からない徹平の行動に首を捻りながらリビングに入っていったら、
「おかえり! 遅かったな!」
とパパが笑顔であたしを待っていてくれた。
テーブルの上には、あたしが好きなケーキ屋さんの箱が乗っている。
「いや、変な意味ないんだ、うん! 別にナナの気を引こうとか・・・そんな意味じゃなくて・・・」
あたしがケーキの箱を見つめていたら、パパが慌てて言い訳を始めた。
「今日、お客さんのところに行ったらもらったんだ! 会社で食べようと思ったらそんな時間もなくて・・・」
・・・・・パパ、今日 水曜日だよ? 会社休みだよね?
「で、もしかしたらナナが食べるかなー、と思って・・・」
パパの語尾が小さくなる。
「・・・・・スペシャルチーズスフレ、入ってる?」
あたしがそう聞いたら、パパは、
「入ってるよ! あとミルフィーユもっ!」
と顔を輝かせた。
パパ・・・ まだ箱のシールも剥がされてないのに、なんで中身が分かるの?
パパの一生懸命な姿を見ていたら、なんだか目の奥が熱くなってきて、
「・・・お茶入れる」
と慌ててキッチンに入った。
・・・あたしが大好きなパパ。
・・・・・あたしのことを大好きでいてくれるパパ。
そんなパパが選んだ人と、一度くらい会ってみてもいいかもしれない。
「あたし、中華がいいな」
キッチンからそう声をかけた。
「え?」
「中華がいいって言ったの!」
ティーポットとカップをトレイに乗せてダイニングテーブルに運ぶ。「どうせ食事会するなら・・・」
「え・・・? ナ、ナナ?」
驚く顔をするパパに、
「美味しいところ探しといてよね!」
と笑いかけた。

早速、次の水曜日に食事会がセッティングされた。 パパの素早い行動に驚く。
「あのさ、会うことにはしたけど、まだ再婚を許したってワケじゃないからねっ!」
一応そう言って軽く牽制しておいた。
「分かってるって! でもナナもきっと気に入ってくれるから!」
そう言うパパがちょっとはしゃいでいるように見えて、可愛い反面、そんなに好きな人なのか・・・と軽く嫉妬も覚えた。
会場は有名ホテルの地下にある中華料理店だった。
「初めまして。 椎名法子です」
そう言ってあたしに笑いかけたパパのお相手は・・・ 驚くほど若かった。
パパも若く見えるけど、この人はもっと若く見える!
事前にパパから34歳だってことは聞いていたけど、信じられない・・・
普通に20代に見えるんですけど・・・
「娘のナナです。 親バカと言われるかもしれませんが、素直でいい子です」
パパがそう言ってあたしを紹介してくれる。 あたしは気恥ずかしさを感じながら会釈をした。
椎名さんの隣にパパが座り、さらにその隣にあたしが座った。

       

「じゃあ、とりあえず始めようか。伊吹くんの分は取り分けておいて」
とパパが琥珀色のお酒を小さなグラスに注ぎながら言った。
「は? まだ誰か来るの?」
これで全員そろったんじゃないの?
あたしの疑問に椎名さんが、
「あ、私の息子なの。 ごめんなさいね、部活で遅れちゃってるみたいで・・・」
と申し訳なさそうな顔で答えた。
言われてから気付いたけど、確かに丸いテーブルに椅子が4つ用意されている。
椎名さんも再婚なんだ・・・ しかも子持ち・・・・・
早速不安になってきた。
パパ、そんな人と一緒になって上手くやっていけるのかな・・・
この人がどういった経緯で前の旦那さんと別れたのか知らないけど、もう前の旦那さんのことは吹っ切れてるのかな?
子供だって、いくつか知らないけど・・・ まぁ、34歳のお母さんなんだからせいぜい小学生くらい?
でも、部活をやっているっていうから高学年に違いない。
小学校高学年なんて、ケッコー扱いづらいんじゃないの?
「前のパパじゃなきゃ絶対認めないっ!」
とか、
「ママは僕だけのママだ!」
とか駄々をこねられたりしたら、パパが可哀想・・・・・
そこまで考えたところで、
―――・・・って、これ、ちょっと前のあたしだよね・・・
と恥ずかしくなり、止める。
食事会はスムーズに進んでいった。
とは言っても、元来が内弁慶なあたしは殆ど話すことはなく、パパと椎名さんが和やかに談笑するばっかりだったんだけど。
ときどき椎名さんが、
「ナナさんは目元がお父さんに似ているけれど、口元はお母さん似なのかしら」
とか、
「いろんなお父さんを見てきたけど、ナナさんの前にいるお父さんが一番格好良く見えるみたい」
とかあたしに話しかけてくれて、あたしはそれに肯いたり笑ったりするぐらいだった。
―――・・・人はいいかもしれない。
もしパパが選んできた人が、死んだお母さんを完全に無視するような人だったり、パパを独占したりする人だったら、食事会のあとにソッコーで反対してやろうと思っていた。
この人がパパの好きになった人か・・・ 悪くはないかもしれない。
食事会がはじまり30分も経つ頃には、そう思い始めていた。
ところが、もうすぐデザートが来るという頃になって、あたしには気がかりなことが出てきた。

・・・・・席がひとつ空いたままだ。

椎名さんの息子の席だ。
いったい何やってるんだろう?
部活とか言っていたけど、小学生の部活がこんな遅くまでやっているものなの?
それに、このレストランまで一人で来られるのかな?
っていうか、こんな大事な日に部活くらい休ませられなかったの?
・・・・・もしかして、甘やかしているのかもしれない。
あたしの弟になるかもしれない子が、そんなワガママなのは困る!
って、まだ再婚を許したわけじゃないけどっ!
お腹の中で自分にそう突っ込みながら、
「あのっ、息子さんって何やってるんですか? まだ来てないけど」
思い切って椎名さんにそう尋ねた。 椎名さんは申し訳なさそうに、
「陸上部なの。 大会が近いから休めないらしくて・・・ 本当にごめんなさい」
とあたしに頭を下げた。
「まぁ、いーじゃないか。 ナナたちは学校で顔合わせとけば済むし・・・」
パパが口を挟む。
「学校?」
思わず聞き返した。
「伊吹くんはナナと同じ高校に通ってるんだよ。 ひとつ下だけど」
「いえ、早生まれなので学年は一緒なのよ」
「そうだっけ?」
パパが頭を掻く。
え・・・ ちょっと待って? 椎名さんの息子って小学生じゃないのっ?
それが同じ高校って・・・ 嘘でしょ?
え? 名前なんて言ってたっけ?
っていうか、椎名って・・・ 椎名・・・・・
自分の頭に、同じ学校の『椎名くん』を検索しかけたら、
「ごめんっ! 遅くなってっ!!」
とスポーツバッグとブレザーを脇に抱えた男の子が飛び込んできた。
「伊吹、遅かったじゃない! もうデザートになっちゃうわよ」
「ホントごめんって! ・・・あ、遅くなってすみませんでした」
頬を膨らませた椎名さんに謝ってから、改めてパパに頭を下げる。
「いやいや、部活なんだし気にしないで。 それよりホラ、取り分けておいたから食べなさい。 お腹すいてるだろ?」
「はい。 それはもうメチャクチャ!」
彼は人懐っこそうな可愛い笑顔でそう返事をすると、席に着いた。

―――・・・嘘でしょ? 信じられない・・・・・
椎名さんって、あの、椎名伊吹くんのお母さんだったのっ!?

伊吹くんは同じ高校に通う同級生だ。
でも伊吹くんは理系クラスの1組で、あたしは文系クラスの4組だったから、全然接点がない。
部活でもやっていれば、グラウンドや部室なんかで顔見知りになったりするけど、帰宅部のあたしにはそんなチャンスもなかった。
・・・・・そう。
伊吹くんと顔見知りになれる機会は、「チャンス」と呼んでもおかしくない。
だって伊吹くんはちょっとしたアイドルだったから!
スカートを穿かせたら、メイクなんかしなくても女の子で通用しそうな可愛い顔。
あたしなんかよりは全然高いけど、170そこそこなんじゃないの?っていうくらいの華奢な身体つきがまた、可愛さに拍車をかけている。
それから運動も出来る。
伊吹くんがグラウンドを走っている姿を何回か見かけた事があるけれど、そのしなやかに走る姿は猫みたいですごくカッコ良かった。
その上、成績もいい。
元々、理系クラス文系クラスなんて分けてはあるけど、理系クラス=特別進学クラス、文系=どこかの大学にもぐりこめればいい・・・って感じになっている。
理系クラスは1組2組だけで、残りの5クラスが文系だ。
特に1組は国公立、もしくは有名私立大学を目指すような子たちのクラスで、そんなクラスに伊吹くんはいる。
人当たりもいいし、先生や先輩からのウケもいいし・・・・・
そんな伊吹くんは、まさに学内のアイドルだった。
点心を食べている伊吹くんを思わずガン見していたら、伊吹くんがあたしの視線に気付いて顔を上げた。
や、やばい・・・ 見すぎた?
変な女と思われた?
とあたしが焦ったら、伊吹くんは点心を頬張ったまま、ニコッと微笑んでくれた!
可愛い――――――っ!!
同い年だけど、弟にするなら絶対こんなタイプって思ってた―――!!
・・・お酒を飲んだわけでもないのに、なんだか顔が熱くなってきた。
ちょ、ちょっと落ち着こう・・・ あたし!
まだパパたちの再婚を全面的に許したわけじゃないんだから、弟とか・・・そんな話は先走りすぎだ。
そりゃ、伊吹くんのお母さんがいい人そうだっていうのは分かったけど・・・
まだ、いろいろ・・・ そんな、ねぇ?
これくらいで決めちゃ・・・駄目だ、よ・・・
再婚って大事なことだし・・・
そんな・・・・・
「美味しいね? キミも食べた?」
駄目っ! その笑顔っっ!!
そんな笑顔見たら・・・・・


―――どうしても、ラッキーって思っちゃう・・・ パパの再婚・・・・・
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