チェリッシュxxx 第7章

H 卒業


「ダメっ! やっぱり怖いっ!!」
ケータイを持ったままベッドに顔を埋める。
これで今後のあたしの運命が決まると言っても過言じゃないだけに、緊張がマックスに達する。 ケータイを握っている右手も微かに汗ばんできた。
今日はこの前の雪の日に受けた試験の合格発表日。
このあと第2、第3志望の大学の試験も申し込んであるけど…… やっぱりこの本命で決めたい。
「時代も変わったな」
ってお父さんは言っていたけど、今はケータイで合格発表が確認出来る。
合格した感動を味わいたいから、直接大学に合格発表を見に行こうかとも考えてたんだけど……
落ちたときのショックはそれ以上だろうと考えて、WEBで確認することにした。
でも…… 怖くてなかなか大学のホームページを覗くことが出来ない。
あの雪の日、本来の試験開始時刻には間に合わなかったんだけど、あたしはちゃんと試験を受けることが出来た。 あたしの他にも大勢遅刻する人がいたみたいで、試験自体が1時間遅れでスタートすることになっていたからだ。
電車が止まっちゃったときは泣くほど焦ったけど……
とりあえず、自分の力は出し切ったと思う。
もし落ちていたら、それも実力、と諦めるしかない。
そう開き直って身体を起こし、思い切ってケータイを開く。
けど……
―――ダメだ。 やっぱり、怖い!
またケータイをベッドの上に放り出す。
さっきからこんなことを繰り返している。
いくら、
「もし落ちていても、それも実力」
と思い込んでも…… やっぱりショックは大きいに決まってる。
あたしなりに頑張ったつもりだし、その間いろんなことを我慢もしてきた。
陸とだって…… 受験が終わるまで会わないって、お互いずっと我慢してきたし…… 陸の努力も無駄になっちゃう。
なにより、お父さんに陸と付き合うことを許してもらうためには、まずこの受験を通ってからじゃないと上手く説得出来ない気がする。
下手したら、
「やっぱりいい影響は受けてなかったようだな。 別れろ」
とかそういう展開になりそうで怖い!!
でも、いつかは確認しなくちゃならないんだし……
でもでも〜〜〜…
とそんなことをグズグズと繰り返していたら、
「ッ!? うわっ!」
急にケータイが鳴り出した。 驚いて手放す。
「な、なに? ……メール? え、お父さん?」
お父さんからメールが来た。
今日は平日だから学校も会社もある。
あたしはもう自由登校期間中だし、合格発表だからって休んじゃっているけど、お父さんは朝から勤務する学校に行っている。
今だとまだ1限目の最中だと思うんだけど…… 一体どうしたんだろう?
っていうか…… お父さんからメール来たの初めて……
不思議に思いながら画面を確認したら、添付画像がついていた。
『どうせお前のことだから怖くてまだ確認していないんだろう』
の文字のあとに画像が……
いくつかの数字に挟まれて、あたしの受験番号が載った画像が送られてきた。 画像のあとには、
『よくやったな。 おめでとう』
ってメッセージが続いている。
え……?
画像は数字が確認できるほど近寄って撮ったものだから、どこで何を撮って送ってきたものなのか分からなかったけど……
よくやったな…って…… おめでとうって……
これ、もしかして、合格者の受験番号が張り出されている掲示板?
えっ、お父さんわざわざ見に行ってくれたの?
だって今日学校ある日でしょ?
この前の雪の日も職員会議抜けて来てくれたみたいだし、今日も学校抜けてあたしの合格発表なんか見に行ってくれて……
すごくありがたいけど、そんなことしてて怒られないのかな?
――――――っていうか……

あたし、合格したの―――っ!?

「ウソ―――っ!!」
思わずケータイを握り締めて叫んでいた。
本当に合格したの? あたし……?
なんか信じられない……
いつまでもケータイを握りしめて画像を眺めていたら、ドカドカと足音荒く誰かが階段を駆け上がってきた。 そしてノックもなしにあたしの部屋に転がり込んでくると、
「結衣っ! 合格よ、合格っ!!」
とお母さんがあたしに飛びついてきた。「今お父さんから連絡が来て、合格だってっ!!」
お母さんはあたしの肩をつかんで、ガクガクとあたしを揺さぶっている。 そしてそのあと、あたしをぎゅっと抱きしめてくれてた。
「おめでとう!!」
お母さんが涙ぐんでいる。
そんなお母さんを見て、やっと実感が湧いてきた。
受かったんだ…… あたし、受かったんだねっ!?
色々不安になったりもしたけど、これで全部終わったんだよね!?
たくさん我慢してきたけど、それも今日で終わりなんだね!
「うわああん、よかったぁ〜っ!!」
「結衣〜、おめでとう〜〜っ!!」
陸とだって…… これからはたくさん会えるんだよねっ!!
本当に嬉しいっ!!
なんてことを考えながらお母さんと抱き合って喜んでいたら、またケータイにメールが来た。 またお父さんだ。
『合格したのはめでたいが、まだお前たちの付き合いまで許したわけじゃない。 そっちについての審判は父が下す』
「えぇ〜〜〜っ!?」
メールを読んで思わず声を上げる。
確かに、
「合格したら許す」
とは言われてなかったけど……
やっぱりダメなのかな……
いや、いくら反対されても陸と別れる気はこれっぽっちもないけどっ!
でも、やっぱり反対されたままなのって、気分良くないよ……
陸は、説得するって言ってくれたけど…… やっぱりまだ無理かもしれないな……
と落ち込みかけたら、またケータイにメールが。 またまたお父さんだ。
『だから、一度ウチに連れてきなさい』
「……え?」
驚いてケータイを見つめる。
連れてきなさいって…… いいの?
陸をウチに連れてきてもいいのっ!?
もしかして…… ちゃんと話聞いてくれるのっ!?
「お母さんっ!」
思わずお母さんを振り返ったら、お母さんは、
「まぁ…… 見かけほど悪い子じゃなさそうだし、話くらい聞いてあげようかって……」
とちょっと困ったように笑っている。
ホントに……?
「結衣は受験生なのに勉強そっちのけであの子に夢中だし、お母さんも心配してたのよ。 それにちょっと遊んでそうな子に見えたし……」
髪は染めてるし、年下だし……とお母さんの言葉が続く。
「でも、ちゃんと結衣のこと考えて受験の間連絡取らないでいてくれたでしょ? 結衣にもそうするように説得してくれたみたいだし… ちょっと見直したわ」
「そうだよっ! 陸はね、あたしなんかよりずーっとしっかりしてるんだからっ!!」
あたしがこぶしを握ってそう言ったら、
「何そんなことで威張ってるの? 結衣の方が年上なんだからもっとしゃんとしなさい!」
と軽く睨まれた。
「……はい」
その通りだからすごすごと引っ込む。
「それからっ! ……ちゃんと節度のあるお付き合いに…って、今さら言っても遅いのかもしれないけど」
「……ごめんなさい」
「あんまりお父さんにショック与えるようなこと言わないで頂戴。 ……それに、結衣が辛い目に遭うよなことになったらお母さんだって嫌だから」
「……はい。 心配かけてごめんなさい」
あたしがそう謝ったら、お母さんも、
「お母さんも…結衣の部屋を探るような真似しちゃって…ごめんね?」
「ううんっ! 元々コソコソしたあたしだって悪いんだし…… これからはちゃんと報告します」
お母さんが笑顔になる。
―――お母さん、心配かけてゴメンね。 色々内緒にしてて本当にごめんなさい。
でも……
これで堂々と陸と会えるんだね! これからもずっと一緒にいられるんだね!
っていうか… 早く陸に合格したこと伝えたい!
「あの…… 電話しても、いいかな?」
お母さんが笑顔のまま肯く。
弾む心で陸に電話をしたらすぐに留守電になってしまった。 時計を見上げたら……まだ2限目が始まったばかりだ。
「学校行ってくるっ!」
一刻も早く合格したことを陸に伝えたいけど、どうせだったら直接顔を見て報告したいし……
学校行っちゃお!
慌てて制服に着替え始めた。 そんなあたしをお母さんが呆れながら見上げて、
「ちゃんと報告してきなさいよ?」
と念を押す。
「するよっ! そのために行くんだから!! きっと陸も気にしてると思うしっ」
当然のようにそう言ったら、
「違うわよ。 担任の先生や学校に報告してきなさいって意味よ!」
とお母さんがますます呆れた顔になる。
………そうでした。 すっかり忘れてた。
色々反省しながら学校へ向かう。
まだ2月だけど、今日はなんだか日差しが優しい気がする。
やっぱり春が近づいて来てるんだな〜…
それとも、本命に合格して気持ちが高揚しているせいかな?
学校に着いたら、当然だけどまだ授業中だった。
すぐに陸のところへ行きたい気持ちを押さえて、とりあえず職員室へ。
「そうかっ! いや、よく頑張ったな!」
合格の報告をしたら担任の木下先生は笑顔で喜んでくれた。「急に志望校を変えると聞いた時は驚いたけど…… 保育士か。 村上には合ってるかもしれないな」
「ありがとうございます」
あたしは保育士の資格が取れる学校の短期大学部に進学することになった。
今までこれになりたいってものが全然なかったけど、この前、陸の弟の翼くんに会ってから、小さい子のお世話するのっていいな…って考え始めたんだよね。
お父さんは高校の先生だけど、よく、
「幼児教育は大切だ。 人生の大事なことは殆ど幼稚園や保育園で学ぶんだからな」
と言っている。
小さい頃は、
「え〜? だって、幼稚園や保育園で勉強とかやんないよ?」
なんて思っていたけど、最近は本当にその通りだなって思う。
勉強とかそういうことじゃなくて……
人が他の人と関わりを持つ上で、本当に大事な、基本的なことを幼児期に学ぶんだって、やっと分かった。
「小さい子好きだから!」
なんて理由だけで簡単に勤まる職業じゃないって分かってるけど、せっかく見つけた道だし、出来るところまで頑張りたいって思う。
「これからも頑張れよ!」
「はい」
木下先生に報告を済ませて職員室を出た。
これからどうしようかな……
陸とはゆっくり話したいから、業間休みより昼休みの方がいいし……
自分の教室で待ってようかな……と考えかけて、やめる。
自由登校中の今、教室にいるのは殆ど進路がまだ決まっていない子ばっかりだったから。
そんな中に、
「合格しました!」
って顔で入っていけないし。
どうせ昼休みまであと30分もないし……体育館の裏で待ってよ!
なんか、ここでよく陸と待ち合わせしたな〜
初めの頃は、陸と付き合ってるっていうのをみんなに知られたくなくて、ここでこそこそ会ってたんだよね。
今思うと、なんでそんなことしてたんだろうって思う。
陸はカッコいいし、背は高いし、運動神経だっていいし……ちょっとエッチだけど……
でも、なにより優しいしっ! 自慢の彼氏だよね!
ホント、みんなに見せびらかしたいくらい……
なんてことを考えながらケータイを覗いたら、陸からメールが入ってることに気が付いた。
『どうした? まだ授業中なんだけど…』
さっきあたしがケータイに電話を入れたから、それでメールをくれたんだ。
陸も今日があたしの合格発表の日だって知っている。 なのに、それを陸から聞いてこないのは、落ちたときのことを考えて気を使っているからだ。
陸! あたし合格したんだよっ!!
はやる気持ちを押さえてメールを返す。
『……報告したいことがあるの。今学校にいる。昼休みになったら体育館裏まで来て』
合否のことにはあえて触れなかった。
直接報告したいのと、
「え? ど、どっちなんだろう??」
ってドキドキしてもらいたいから、なんて…… ちょっといたずらが過ぎるかな?
ワクワクしながら陸が来るのを待っていたら、4限目終了のチャイムが鳴り終わって1分もしないうちに、
「結衣っ!」
と陸がやってきた。
「陸……」
飛びついて報告したい気持ちを押さえて、わざとゆっくり陸に近づく。
あたしが合格したことを知らない陸は気を使って、
「や…… あの…… 今日って、さ……」
と言葉を選んでいる。 そんな陸の前でわざとらしく、
「陸… あのね……」
と俯いてみせる。 そのまま黙ったら、陸はぐいっとあたしの肩を抱き寄せた。
「大丈夫! 結衣は一生懸命やったよ!」
「陸、あたしね……」
「オレはどんなときだって結衣の味方だから、だから……」
「……受かった」
陸の話の途中でそう呟く。
「……え?」
陸が眉をひそめる。「……なに?」
あたしは顔を上げて、
「受かったのっ! 合格したんだよっ!!」
と陸の制服をつかんだ。
「受かった……?」
陸はまだ眉をひそめたままだ。
「うんっ!」
「合格したってこと……?」
「そうだよっ!」
あたしは陸の両手を取って、「……ごめんね? 驚かせようと思って、はじめわざと暗い顔しちゃったの!」
陸が大きく息を吐き出す。
「なんだよ〜〜〜っ! オレてっきり……」
「落ちたと思った?」
「思ったよ!」
「ごめんね…… んっ!」
そう言い終わるのと同時にキスされた。 強くあたしを抱きしめて、何度も角度を変えて口付けてくる陸。
「ちょっ……んっ! 待っ、て」
「待たない」
そう言いながら陸は何度もキスを繰り返す。「オレのこと騙そうとした罰!」
「ごめ…… んっ! んんっ!!」
唇を割って陸の舌が入ってくる。
「ん…… は、……」
キスするたびに思う。
―――陸の舌って、なんか別な意思を持った生き物みたい。
付き合い始めの頃は、この生き物に捕まったら絶対逃げられないって思ってた。
急にくることも多くて、そのたびに焦って逃げたりしてた。
でも今は……
「んっ…… ん」
捕まってみたい、と思う。 ……それから、捕まえたい、とも。
陸の背中に腕を回したら、さらにキスが深くなった。

―――体育館裏に、あたしたちのキスが起こす水音が響いていた。

「そういうわけで、もういつでも会えるよ!」
思う存分(……っていうのも、なんか恥ずかしいけど)キスしたあと、やっとちゃんと報告することが出来た。
「せっかく学校来たし… 今日から一緒に帰ろっ! 待ってる!」
あたしがそう言ったら陸は、
「……実はまだ課外があんだよね」
と顔をしかめた。「遅くなるから危ないし……先に帰って?」
「そっか…… 課外っていつまであるの?」
「今週いっぱい」
「そー、なんだ……」
せっかく堂々と会えるようになったのに……ってすごく残念だけど、仕方ないよね。 進級がかかってるんだもんね……
とあたしが落ち込みかけたら、
「でも、週末は空いてるし! 久々にデートしよっ!」
と陸が笑顔になる。
「うんっ! ……あ!」
あたしがあることを思い出してそう呟いたら、
「ん? 何? まさか用事とかあった?」
と陸が心配そうな顔になる。
「お父さんがね、今度陸のことウチに連れてきなさいって。 それ言うの忘れてた」
「えっ!?」
陸が固まる。
「どうする? 今週末とか……ウチ来る?」
あたしがそう誘ったら、陸が目に見えて動揺し始めた。
「いや…… それは急だし…… おウチの人にも聞かないと、都合とか……」
としどろもどろになっている。
「ウチはいつでも大丈夫だと思うよ?」
「いやいや、それはそーかもしんないけどさっ」
あたしは陸の顔を覗き込んで、
「説得してくれるんでしょ?」
とわざと笑顔を作った。
「それはするつもりだけど…… ちょ、待って!?」
陸はあたしの前に手の平を出すと、「やっぱ…… 尋問の続きかな……」
と溜息をついた。
? 尋問? ………ってなんだろう?
陸は思い切ったように顔を上げて、
「結衣のウチには行くよ! 結衣のお父さんに認めて欲しいし、ちゃんと話もしたいし……」
ときっぱり言って、「……でも、心の準備したいから、もうちょっと待って?」
と最後には顔の前で手を合わせた。
その姿がなんだか可愛くて…… 思わず陸に抱きついた。
「あたし水族館行きたいっ!」


「あれ〜〜? もしかして村上さん、メイクしてる?」
クラスメイトの泉さんが顔を覗き込んできた。
「え? してないよ? ……あ、色付きのグロス塗ってるけど」
「そっかぁ。 村上さん、普段メイクとかしないからグロスだけでも雰囲気変わるね。可愛い」
そんな風に言われるとちょっと照れる。
「え、そっかな…… ありがと」
いつもは殆どメイクしないあたしだけど、今日は特別だったから色付きのグロスだけ塗ってきた。
家を出るときは、なんかやたら唇を誇張しているように見えて恥ずかしかったんだけど、
「可愛い」
って言われるとやっぱり嬉しい。
「あ! 五十嵐―――っ!!」
泉さんは教室に入ってきた五十嵐くんを見つけると声を上げて、「あんた医科歯科受かったんだって!? すごいじゃん!」
言われた五十嵐くんが眉を寄せる。
「……泉さんって、そういうのよく知ってるよね」
「まあねっ! そういうアンテナ立てとくことが人脈広げることになるし!」
「泉さんの性格なら、どこででもやっていけるよ」
五十嵐くんがちょっと笑いながら席に着く。 そのまま泉さんも席に戻っていくと思ったら、
「あ、あのさ〜… 五十嵐?」
「ん?」
「あの……」
と泉さんはまだ五十嵐くんの前に立っている。
―――? どうしたんだろう?
いつもはなんでもハッキリ口にする泉さんが、今日はなんだか歯切れが悪い。
「? ……どうしたの?」
五十嵐くんも眉をひそめている。
泉さんはしばらく躊躇ったあと、
「あ、あのさぁ、五十嵐のさぁ…っ」
と思い切ったように話し出した。
「うん」
「五十嵐のさぁ……」
「うん。 僕の、何?」
泉さんは一瞬間を空けたあと、
「〜〜〜メアド教えてくれないっ?」
「えぇっ?」
五十嵐くんより先に、あたしが驚いた声を出してしまった。 慌てて口をつぐむ。
五十嵐くんがあたしの方をチラッと見たけど、泉さんはあたしが驚いた声を上げたことには全然気付いていないみたいだった。
「か、勘違いしないで欲しいんだけどっ!」
泉さんが慌てたように言い訳する。「ほら、五十嵐医科歯科行くでしょっ!? 将来医者になる人がいっぱいいる学校に行くわけでしょっ!? だからいい人がいたら紹介してもらおうかなぁって思ってっ! それだけだからっ!!」
いや、メアドくらいみんな交換してるし普通のことなんだけど……
でも、今までずっと同じクラスだったのに、こんな別れ際にわざわざ聞くなんて…… しかも、すごく聞きづらそうに……
っていうか、泉さん…… 顔が真っ赤なんですけど?
「……いーけど」
そう言って五十嵐くんがポケットからケータイを取り出す。「……通信出来る?」
「うんっ!」
2人がケータイを向かい合わせてメアドの交換をしている。
知らなかった……
泉さんって、五十嵐くんのこと好きだったんだ?
意外すぎて全然気が付かなかった。
だって泉さん、いっつも五十嵐くんに突っかかってなかった?
「うるさいなぁ、五十嵐はっ!」
とか、
「あ、五十嵐っ! あんたどこ行ってたのよっ!」
とか…… いつもケンカ腰だったような気がするんだけど……
「……ありがと」
通信し終わって泉さんがお礼を言う。
「いーけど…… 僕、あんまり人付き合いとか得意じゃないから、紹介とか無理かもしれないからね? あんまり期待しないでよね?」
「いーのいーの!」
泉さんはケータイを大事そうに手にしながら、笑顔で自席に戻って行った。
告白までするつもりはないのかな?
最後なんだし、気持ち伝えてもいい気がするけど……
って、こんなこと思ってたら麻美に怒られちゃう。 ……麻美、ごめん。
なんてことを考えていたら、五十嵐くんと目が合った。
「……なんなのかな」
そう言って首の後ろを撫でている。
……もしかして、五十嵐くんも泉さんの気持ちに気付いた?
って、そういうことにニブいあたしが気付いたくらいだから、五十嵐くんだって気付いてるよね? きっと……
あたしは五十嵐くんに笑顔を向けた。
「ほら、今日で最後だから!」
全然答えになってなかったけど、五十嵐くんも、
「そう」
と言ってそのまま黙った。

―――今日は桜台高校の卒業式だ。

体育館で厳かに卒業式が始まった。
卒業証書をもらったり、送辞や答辞など流れるように式は進んでいった。
意外とあっけないもんだな……と思ったけど、仰げば尊しを歌ったときは、ちょっと涙ぐんでしまった。
「センパイ、卒業おめでとう」
「ありがと〜」
風紀委員で後輩の松浦くんが声をかけてきてくれた。 松浦くんは2年生だけど、今日の卒業式にも出ている。
卒業式には在校生代表として普通科の2年生が全員出席することになっているからだ。
式自体は普通科商業科一緒にやるけど、在代は普通科だけ。
だから、陸の姿はない。
……なんか、寂しいな。 ……って、今日も午後から会う約束してるけどさ。
でも、最後の制服姿、陸にも見て欲しかったな〜…なんて思ったり……
「センパイ、大学生になってもそのままでいて下さいね」
「そのままって?」
意味が分からなかったからそう聞いたら、松浦くんは、
「天然キャラ!」
と言って笑っている!!
「あのね〜っ!! 天然って褒め言葉じゃないって言ったでしょっ!?」
と松浦くんを叩こうとしたら、松浦くんは笑ったまま、
「バイバイ! たまには遊びに来てよね!」
と言って走って逃げてしまった。
「もうっ! 来ないよっ!!」
も〜〜〜… 松浦くんには最後の最後までバカにされた。 あれ絶対あたしのことセンパイだと思ってないよね!?
でも―――…
松浦くんとは色々あったけど、最後はこうやって笑えるようになったんだから、いっか。
松浦くんの後ろ姿を見送りながらそんなことを考えていたら、
「結衣〜! 一緒に写真撮ろっ!」
と親友の麻美がやってきた。 桜の木の下で一緒に記念写真を撮る。
「まだ全然咲いてないわね」
麻美がまだ固い蕾を見上げて口を尖らせる。
「まだ咲くには早すぎるよね。 でも、春休み中に一緒にお花見とか行こうよ!」
「いいわね」
「動物公園とか、どうかな?」
「動物公園か〜… 小学校の遠足以来かも」
そんな話をしていたら、
「村上さ〜ん! 早くして〜っ!!」
とクラスメイトに呼ばれた。
「あっ! ごめん、今行く――!」
クラスの方で集合写真撮るって言われてたのをすっかり忘れていた。
「ごめん、またあとでメールするね!」
「うん。 じゃあね!」
麻美に謝り、慌ててクラスメイトの方に走り出すあたし。
「もうっ! 村上さん遅いよ〜っ! 声かけなかったら、忘れて帰っちゃってたでしょ?」
「そ、そんなことないよっ!」
図星を指されて慌てる。
なんか…… 最後の最後まであたしって……
そんなこんなで、落ち込んだり慌てたりした卒業式がやっと終わった。
これで本当にあたしの高校生活が終わってしまった。
なんだか、長いようであっという間の3年間だった。
友達がいっぱい出来て。
初めての彼氏も出来て…… それで失恋も経験して……
風紀委員もはじめの頃こそ戸惑うことばっかりだったけど、今はそれも笑って思い出せる。
それから…… その風紀委員の見回りで……
「結衣っ!!」
急に名前を呼ばれた。 驚いて振り返ったら……
「陸っ!?」
陸が立っていた。「なんで? 今日商業科は休んでいいんだよ? もしかして、間違えて来ちゃった?」
あたしがそう言ったら、陸は吹き出して、
「知ってる! 間違えてないって!」
「え…じゃ、なんで……?」
と言いかけて、「……え? ……っていうか、陸……?」
陸の雰囲気がいつもと違って見えて、あたしは一歩後ろに下がった。
そして、改めて陸の全身を眺めてみて……
「えっ!?」
陸が制服を着ている。
ちゃんとネクタイを締めて、シャツもちゃんとズボンに入れて、それでボタンも全部留めて……
陸がキチンと制服を着込んでいる!!
「陸……? ど、どうしたの?」
驚いて陸を見上げたら、陸はあたしの質問には答えずに、
「結衣、卒業おめでとう」
と後ろ手に隠していたらしい花束をくれた。
「え…… うわぁ!」
思わず顔がほころぶ。「もしかして、陸、あたしの卒業祝ってくれるためにわざわざ来てくれたの?」
今日午後から会う約束してたのに、わざわざ学校まで来てくれるなんて……
「ん? まぁ〜… それだけってワケじゃ、ないんだけど…さ」
「? そーなんだ?」
2年生は明日からもまだ授業が残ってるし、何か用事でもあったのかな?
そんなことを考えながら、花束に鼻先を埋める。 ……すごくいい匂い!
あたしこんな大きな花束もらったの、初めて……
「ありがとね、陸っ! すごく嬉しいっ!」
とあたしがお礼を言ったら、陸は肯いて、
「あ〜… それから…… んっんっ」
と何度も咳払いをしている。
「? もしかして、カゼでも引いちゃった?」
日中は大分暖かくなってきたとはいえ、夜なんかまだ寒いもんね。
陸、ちゃんとお布団かけて寝てるかな?
あたしがそんなことを言ったら、
「違うって! ……もう、タイミング外すなぁ」
と陸はちょっと顔をしかめた。 それからまた何度も咳払い。
? カゼじゃないならなんだろう?
なんてことを考えていたら、陸はようやく咳払いをやめて、
「結衣。 ……オレと結婚して!」
とあたしを見つめた。
「え……」
一瞬思考回路が停止する。
――――――陸、今なんて言ったの?
陸は慌てて、
「もちろん今すぐじゃないよ!」
と付け足した。「オレがちゃんと高校卒業して、そんでちゃんと就職して生活力がついてからだけど…… そしたら、オレと結婚して欲しい!」
「………」
驚いて声が出なかった。
「ダメ?」
陸が首を傾げてあたしの顔を覗き込む。
けれど、あたしは何も返事が出来なかった。
笑うことも泣くことも出来ずに、ただその場に突っ立っていた。
「……なんか言って?」
陸が困ったような顔になる。
そんな顔されても…… なにも、言えないよ……
胸が苦しくて、締め付けられるように痛くて…… 何も言えないよ。
合格発表のときも、卒業式でも…… こんなに胸が痛くなったりしなかった。
その痛みが胸から喉元にまで広がってきて……
「結衣のことが大好きなんだ。 だから、オレと結婚してください」
と陸がアーモンド形の瞳をちょっとだけ細めてそう言ったとき、もう我慢出来なくなってしまった。
「……ぅわああぁぁんっ!」
「ゆ、結衣っ!?」
あたしが突然泣き出したら陸が慌てた。 周りのみんなも何事かとこっちを見ている。
けれど、周りのことを気にする余裕なんかなかった。
あたしは…… ただ子供みたいに泣いていた。
「ちょ、結衣っ!? どうしたのっ?」
陸があたしの肩に手をかける。
どうしたの? ……じゃ、ないでしょっ!?
急にそんなこと……
「結婚してください」
なんてこと言うから……
全然予想してなかったこと言うから…… 反則だよっ!
しかも卒業式に花束持ってきて…… それでそんなこと言うなんて、反則だよっ!!
陸は困ったように笑いながら、
「あの…… それって、オレと結婚すんのが泣くほどイヤ…とかそういう涙じゃないよね?」
と確認してきた。
「ばかっ! そっそんなこと、あるわけない、じゃんっ!!」
しゃくりあげながら陸の胸を叩く。
「じゃ、結婚してくれんの?」
あたしが黙って肯いたら、陸は、
「はあぁ〜〜〜…」
と大きく息を吐き出してから、「チョー緊張した」
と零れそうな笑顔になった。
「……うそ。 全然そんな風に見えなかった」
「緊張してたのっ! マジでっ!!」
と陸はムキになって、「おウチの人に許してもらう前に、まず結衣の気持ち確認しとかないとさぁ…」
「え……?」
「結衣のお父さんとお母さんに、結婚を前提に結衣とお付き合いさせてくださいって言うつもりだから!」
「えっ!? そ、そんなこと言うのっ!?」
ただ、お付き合いさせてください、でいいんじゃないの?
この前やっと、
「そんなに悪い子じゃないみたいだし、話ぐらい聞いてあげようか」
って言われたばっかりなんだよ?
そんなに急いで先の話なんかしなくていいんだよっ!?
とあたしが焦ったら、
「言う。 今から言いに行く!」
と陸はさっさと学校を出て行こうとする。
「えっ!? い、今からっ!?」
「そう、今から! 卒業式だしちょうど区切りもいいしさ」
と陸は自分を指差して、「どう? これなら許してもらえそう?」
って…… それで今日ちゃんと制服着てたのっ!?
「スーツなんかで行くと逆に狙いすぎてヤラシーし、制服をキチンと着て行った方が印象いいでしょ? なんなら美容院寄ってって髪黒くしてもいいよ?」
とオレンジの髪をかき上げる。
「や、髪とかそんな問題じゃなくて…… 今からとか、ちょっと急過ぎじゃない? お父さんとお母さんにも前もってちゃんと行くって言っとかないと……」
「なんで? この前、ウチならいつでも平気、って結衣言ってたじゃん!」
「そ、それはそうなんだけど〜… 心の準備というか……」
あたしがそう言っても陸は、
「話すのはオレだし! オレなら心の準備出来てるから!」
と譲らない。
ちょっと待って!? ……本気で今から行く気?
「ま、待ってっ!?」
慌てて陸を引きとめた。「今日はお母さんしかいないからダメだよっ! お父さんいないと話になんないでしょっ!?」
あたしが必死になってそう言ったら、
「あ、そっか! 今日平日だもんな〜」
と陸は眉を寄せた。
よ、良かった…… 諦めてくれたみたい。
このままウチに来られたらどうしようかと思った……
お父さんも連れて来いって言ってたし、陸も、
「ちゃんとおウチの人に認めてもらいたいから話しに行くよ」
って言ってくれてたから、いつかはウチに来てもらうつもりではいたけど……
でも、そ、そんな急に結婚とか…… 話が飛びすぎてるよ!
お父さんだって付き合うのは認めてくれそうだけど、結婚なんて話になったらまた何言われるか分からない。
そんな話を、なんの心の準備もしてない状態で話されたら、あたしが倒れてしまう!
なんて考えていたら、
「んじゃ、今日の夜にしよう!」
と陸はまだ諦めていなかった!
「手ぶらじゃなんだし、なんか手土産持って行こうとは思ってたんだよね。 でも、よく考えたら箱入り娘をもらいに行くのにその辺のお菓子てのもアレだし…… ちょうどいいからデパートとか行っていいの探してこよう!」
「ちょ……っ!?」
「結衣、お父さんの好みとか教えて?」
あたしはそっと溜息をついた。
……もうこうなったら、陸を止めるのは無理だ。
お父さんがどう出るか分からないけど、もう陸に任せるしかない。
「ウチのお父さん結構頑固だし…… 手ごわいよ?」
「大丈夫! 色々シュミレーションしてきたし、どんな尋問されても大丈夫だよっ!」
「尋問?」
この前もそれ言ってたけど…… なに?

あたしたちは手を繋いで学校の門を出た。
ちょっとだけ校舎を振り返る。

今日であたしの高校生活が終わる。
楽しいことも、つらいこともあった高校生活が終わる。
けれど……

―――あたしと陸の物語はまだまだこれからだ。

チェリッシュxxx 完結
応援ありがとうございました。
←(*^_^*)
感想など頂きますとかなり喜びます。


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