チェリッシュｘｘｘ　第７章

�E　お父さん

「結衣、ちゃんとご飯食べなさいよ？　昨日もろくに食べてないでしょ」 「……いらない」 「結衣っ！」 食卓を挟んでお母さんとそんなことを言い争っていたら、 「……いらんと言っているものをわざわざ食ってもらうことはない」 とお父さんが新聞から目を放さずに言い捨てた。「それに、ちゃんとやるべきことをやらない人間に食わせる飯はないしな！」 「〜〜〜ッ！！　いらないもんっ！！」 あたしもそう言い捨ててリビングを飛び出した。　階段を駆け上がって自分の部屋に飛び込む。

あれからお父さんとは口をきいていない。 陸と陸のお母さんにあんなひどいこと言って……　陸のこと２回も殴って…… 絶対許さないんだからっ！ しかも、あたしからケータイまで取り上げて……　陸と連絡取れないようにするなんて……　本当にひど過ぎるっ！ そんなことしたって、あたしたちの気持ちは変わらないんだからねっ！ 「結衣……」 お母さんがトレイにおにぎりとお茶をのせて部屋に入ってきた。「ちゃんと食べないと身体壊すわよ」 「……別にいーもん」 あたしがそっぽを向いたままそう言ったら、お母さんは机の上にトレイを置きながら、 「良くないでしょ？　空腹じゃ勉強にも身が入らないわよ」 「だったらケータイ返してよっ！！　陸と連絡取れない方が身体に悪いもんっ！！　お母さんからお父さんに言って？　お願いっ！！」 お母さんに手を合わせた。　お母さんが溜息をつく。 「結衣、あと１ヶ月もないのよ？　１ヶ月頑張れば無事終わってるはずなんだから、どうしてそれぐらい我慢できないの？」 「お母さんたちの１ヶ月とあたしの１ヶ月は全然違うのっ！　勉強はちゃんと頑張るからっ！　だから陸と連絡とってもいいでしょっ！？」 「……じゃ、自分でお父さんにそう言いなさい」 「お父さんとは顔も合わせたくないっ！　陸にあんなひどいことして……　もう口も利きたくないのっ！」 あたしがそう言ったら、お母さんは大きな溜息をついて、 「……とにかく、それはちゃんと食べなさいね」 と振り返りもしないで部屋を出て行ってしまった。 「お母さんっ！！」 なんで？ ちゃんと勉強もするって言ってるのに……っ 陸……　陸………っ！ 今頃何してる？ あれから全然連絡取れてないけど、お父さんに殴られたところ…大丈夫かな？ それにお父さんがひどいこと言っちゃって……それも謝りたい。 ―――陸とこれからも一緒にいたいから、受験頑張るね… って言ってたけど…… その陸と連絡取れてないと、どうしても不安になっちゃうよ。 「結衣とは別れない」 って陸は言ってくれたけど、１ヶ月も連絡しなかったら……　気持ち変わっちゃったりしないかな…… あたしは絶対変わらない自信あるけど…… ううんっ、陸のこと信用してないわけじゃないけどっ！ けど……　とにかく不安で仕方ない。 こんなことばっかり考えているせいで、全然勉強が身に入らない…… もうっ！ 落ちたらお父さんのせいだからねっ！！ その翌日、たまたまリビングに下りていったら、お母さんの姿がなかった。　お父さんはまだ帰ってきていない。 「……お母さんは？」 ソファに座って携帯ゲーム機に夢中になっている祐樹に声をかける。　祐樹はゲーム機から目を離さずに、 「なんか風呂場の電球が切れたから買いに行くって〜」 それを聞いて慌てて電話に飛びつく。　そんなあたしをチラリと祐樹が見上げる。 「……電話、ダメっつわれてんじゃねーの？」 祐樹を無視してプッシュボタンを押す。　祐樹はわざとらしく溜息なんかついて、 「なんかさぁ、ねえちゃんが誰と付き合おうといいけどさ〜。　父さんと揉めないでくんないかな。　こっちにまでとばっちり来ることがあってたまんないんだよね〜」 この時間だったら……　ギリギリ課外が終わってる時間だ。 コール音が続く。 〜〜〜早く出て！　早くしないとお母さん帰ってきちゃうっ！ 「あ、陸っ！？」 やっと陸が出てくれる。 「良かった、繋がった！　この前は大丈夫だった？　ごめんね、すぐ連絡できなくて！　実はあたしケータイ取り上げられちゃって、今家電からなのっ！　だからあんまり長く話せないんだけど」 慌てて話し出した。 『…そーなんだ』 いつお母さんが帰ってくるか、玄関の方を気にしながら、 「この前はごめんね？　お父さんがひどいこと言って。　もう絶対許さないってお父さんとは口利いてないのっ！　ちゃんと謝ってくれるまで、顔も合わせないように……」 とあたしが早口でまくし立てていたら、 『結衣』 陸があたしの話の途中で割り込んできた。 『受験が終わるまでさぁ……　会うの止めね？』 「え……？」 『つか、電話とかメールも』 「え…　えぇっ！？」 『オレも今やるべきことをやるから、結衣も自分のことだけ考えて』 思いがけない陸の言葉に絶句する。 会うのを控える……じゃなくて、止めるの？ それに電話やメールも……？ 年明けてから殆ど会えなかったから、その分電話やメールだけが楽しみだったのに…… って……　な、なんで？　なんで急にそんなこと言うの？ あっ！ 陸、もしかしてお父さんのこと気にしてる？ 「お父さんのことなら気にしないで？　あたしの気持ち全然分かってくれないし、もう無視することに決めたんだ！」 慌ててそう言った。 きっと陸はこの前お父さんに怒鳴られたことを気にしてるんだ。 陸、無抵抗だったのに２回も殴られちゃったし…… きっと今までそんなことされたことなかったよね！？　だから…… とあたしが考えていたら、陸は、 『……結衣、お父さんは結衣のことが心配であー言っただけだよ。　オレ全然気にしてないし……それでお父さんと気まずくなってるなら、仲直りしてよ』 なんてことを言う。 お父さんと仲直り……？

だ、だって、お父さんは陸と付き合うことに反対してるんだよ？ ケータイ取り上げたのだってお父さんなんだよ？ お父さん陸たちにひどいこと言ったし、挙句の果てには別れろとか…… そのお父さんと仲直りするってことは、お父さんの言う通りにするってことでしょ？ お父さんが言う通り、陸と別れるって……そういうことでしょ！？ なのに、 「オレ全然気にしてないし」 って……　陸はそれでもいいってことなの？ 「……それって、お父さんに言われた通り、あたしと別れるって……こと？」 震える声でそう確認した。 『違うよ、そうじゃない。　オレは結衣と別れるつもりは全くないし、どんだけかかっても結衣のお父さん説得するつもりだよ』 泣きそうになった。 「説得って……無理だよ、ウチのお父さん頑固だもん。　絶対許してくれないよ……」 『許してくれるまで話すよ。　でもそれには、お互いちゃんとやることやって、それからじゃないと堂々と話つけられないと思うんだ』 「……だから、あたしの受験が終わるまで連絡も取らないっていうの？」 『……うん』 なんで？ 受験が終わっても、お父さんが話聞いてくれるって保証ないよ？ 「受験生なのに！」 っていうのは、もしかしたら都合のいい理由に使っただけで、本当は付き合うこと事体反対なのかもしれないんだよ？ ちゃんとやることやっても聞いてもらえないかもしれないんだよっ！？ それでもいいっていうの？ 陸はお父さんを信じて待てるっていうの？ ―――あたしは………　信じられない…… 「ねえちゃん、大丈夫？」 祐樹があたしの顔を覗き込んでくる。　気が付いたら、ソファの祐樹の隣に座っていた。 いつ電話を切ったのかも覚えていない…… 「……大丈夫なわけないでしょ」 両手で顔を覆った。「もう、終わりかもしれない。あたしたち……　お父さんのせいだよ！」 あたしがそう言ったら、祐樹はちょっとだけ溜息をついた。 「…なに、父さんに言われた通り別れるとか言われたの？」 顔を手で覆ったまま首を振る。 「……説得するとか言われた」 「んじゃいーじゃん」 「良くないよっ！」 顔を上げて祐樹を怒鳴りつける。「お父さん頭ごなしに反対してるんだよ？　話なんか聞いてくれるわけないじゃんっ！　……陸はそれが全然分かってないよ……　お父さんのことも、あたしの気持ちも……」 とあたしが落ち込んでいたら、 「分かってないのはねえちゃんの方なんじゃないの？」 と祐樹が。「オレはなんとなく分かるけどね。　ねえちゃんの彼氏の気持ちが」 「……なによ」 高１の子供に何が分かるっていうのよ！ 「もしオレに彼女がいたとして、その子がオレと付き合うの親に反対されてたらヤだもん」 「誰だってイヤに決まってるでしょ？　そんなの分かってるよっ！」 だから陸だって…　もうお父さんに怒鳴られたり、殴られたりしたくないから、あんなこと……会わないとか電話やメールもしないなんて言ったんじゃん！ 「いや、ねえちゃんはカン違いしてる。　反対されること事体がいやなんじゃなくて、彼女が親と上手くいかなくなるのがやなの！」 「え……？」 ……どーゆー意味…？ 「自分のせいで好きな子が親と険悪になるのがイヤなの！　本当は自分だって会いたいに決まってるよ。　だけど彼女のことを思って我慢してんの！」 「が、我慢って…」 「親なんかカンケーないって無視して会うのは簡単だよ。　けど、それじゃ余計に彼女の立場が悪くなるだろ？　それが分かるから会うの我慢してんの！」 そんなことも分かんねーのかよ、と祐樹が呆れる。 ……そうなの？ あたし、陸がお父さんに怒鳴られて、殴られて……それでお父さんを気にしてあんなこと言ったんだと思ってたけど…… 本当は、あたしのためだったの……？ 「だから、ねえちゃんがいつまでも意地張ってメシ食わなかったり、ムキになって父さんに反抗したりすると彼氏の気使いが無駄になっちゃうってわけ！」 「………」 ……そーだったんだ。 陸はあたしとお父さんのことを考えて…　あんなこと言ってくれたんだ。 それはすっごく嬉しいことだけど、当のお父さんはそんな陸の気持ち知らないし、知ろうともしてくれないし…… あんなお父さんじゃ、陸の気使いだって無駄になっちゃうよ！ 「でも、お父さんがあんなんじゃ……仲直りなんか出来ないよ」 「そこをねえちゃんも少しは我慢してさ……　父さんだってねえちゃんに気ぃ使ってんだし」 「は？　そんなわけないじゃん！」 「使ってるって！」 「うそっ！　全然そんな風に見えないんだけどっ！？」 「ホントだよ！　夕べだってメシ食わなくていいって言ったけど、あとで母さんにおにぎり持っていけって言ったの父さんなんだから」 「うそ……」 「ねえちゃんの彼氏のことだって母さんに色々聞いてたし……ハナっから反対する気だったら聞かないだろ？相手のことなんか。　心配してんだよ。　…まぁ、母さんも詳しくは知らないって言ってたけど」 「………」 祐樹の意外な話にあたしが何も言えないでいたら、 「まぁ、そーゆーわけで父さんたちと仲直りしてよ。　とばっちり食うオレのためにもさ」 そう言って、祐樹は自分の部屋にいってしまった。　あたしもノロノロと自分の部屋に戻る。

……ホントなの？　お父さん、あたしに気使ってくれてたの？ なんかイマイチ信じられないんだけど…… そんなことを考えながらまた自分の部屋にこもっていたら、 「……ごはんよ」 とお母さんがやってきた。 「……食べたくない」 つい、いつものようにそう言ったら、 「今日は結衣の好きなロースカツよ」 とお母さんが。 ロースカツ……　それを聞いてちょっとお腹が鳴る。 普段のウチの食事は魚中心で、揚げ物やお肉が食卓に上ることは少ない。 お父さんが中性脂肪とコレステロール値が高くて、お医者さんに注意を受けているからだ。 祐樹なんかは、 「肉食いてぇよ〜」 ってしょっちゅう言ってるけど、お母さんが、 「基本的に、家で食事をするときは家族みんな同じ物」 という主義だからどうしようもない。 なのにロースカツって…… と胸の中で首を傾げていたら、 「早く下りてらっしゃい。　せっかくお父さんが買ってきてくれたのに、早くしないと冷めちゃう」 とお母さんが部屋を出て行く。 ……お父さんが？ だって、お医者さんからダメだって…… やっぱり少しは気使ってくれてるのかな？　あたしに…… そんなことを考えながらリビングに下りていったら、もうお父さんがテーブルについていた。 お父さんはあたしがリビングに入ってきても、こっちを見もしないで新聞に目を落している。 お母さんはまだキッチンでお味噌汁かなんかをよそっていた。 今 席に着いたら、お父さんと２人きり…… なんとなく気まずくてリビングの入り口でそのまま突っ立っていたら、 「……さっさと座ったらどうだ」 お父さんは読んでいた新聞で顔を隠すようにして、「……そんなところに突っ立っていられると、気になってかなわん」 とちょっと早口で言った。 「………」 無言のまま席に着いた。 いつもだったら、 「結衣！　お味噌汁運んで！」 と何かと手伝わせるお母さんが、今日に限って何も言ってこない。 気まずい沈黙が流れる中、お父さんと２人きりでテーブルについていたら、 「ぅわ〜お！　今日トンカツじゃんっ！　ラッキー！！」 と祐樹がリビングにやってきた。 「お父さんが買ってきてくれたのよ」 キッチンからお母さんの声が飛んでくる。 「へぇ〜！」 祐樹はわざとらしく感嘆の声を上げて、「ねえちゃんの好きなもの！」 と言いながらあたしとお父さんを窺った。 お父さんは新聞をたたみながら、 「……深い意味はない。　たまたま食いたくなっただけだ。　勘違いするな」 と祐樹を睨みつけた。　祐樹が肩をすくめる。 食卓にはキャベツを添えられたロースカツが４人前並んでいる。 ……こころなしか、お父さんのだけカツが小さく、逆にキャベツが多いように見えた。 やっぱり、自分が食べたいっていうよりも、あたしに気を使って……？ そんな考えが頭をよぎる。 けれどやっぱり自分からお父さんに話しかけることは出来なくて、そのまま特に会話らしい会話もないまま夕食が始まった。 気を使っているのか やたら祐樹の口数が多い気がした。　内容はくだらないことばっかりだったけど。 そんな祐樹もいよいよ話題がなくなってきたみたいで、 「え〜と……　そう言えば、ねえちゃん本命の試験日いつだっけ？」 と急にあたしに振ってきた。 「……２月１７日」 そう答えたら、祐樹は頭の中にカレンダーを思い浮かべるような顔をして、 「まだ２週間以上あんのか……　でも、それが終わったら自由だなっ！」 とのん気なことを言う。 「あのね〜…」 まだ２週間以上、じゃなくて、もう２週間しかない、なんだよっ！？ それに、あたし急に志望校変えたし…… 担任の先生は、あたしが急に志望校を変えたことに驚きながら、 「まあ、今のまま頑張れば大丈夫だろう」 って言ってくれたけど……　実際どうなるかなんて分からないし…… 今まではただ漠然と勉強して、どこかの大学に入れればいいなんて思ってた。 けれど、この前ようやく将来の夢らしいものも浮かんできたし、出来ることならその夢に向かって頑張ってみたい。 受験そのものも、陸との事も…色々不安はあるけど、やっと見つけた夢だし、それはそれでちゃんと頑張らないと…… そう考えたら、２週間なんてあっという間だよ！　全然足りない！ 祐樹にそう突っ込もうとしたら、 「受かるとは限らん」 とお父さんが横から口を挟んできた。「それに、自由だといっても限度がある。全てが自由になると思ったら大間違いだ」 「ッ！！」 瞬時に顔が熱くなった。 受かるとは限らない、なんて……　親が受験生の娘に言うっ！？　普通っ！！ それに、 「全てが自由になると思ったら大間違いだ」 って……　絶対 陸のことだ。 やっぱりお父さんは、受験が終わってもそうじゃなくても、陸と付き合うことには反対する気なんだ！ まだお皿に半分カツが残っていたけど、乱暴に席を立った。 「結衣っ！」 そうお母さんに呼ばれたけど、無視してリビングを出て行こうとしたら、 「……まさか、連絡は取ってないだろうな」 と今度はお父さんの声が追いかけてきた。 「取ってませんっ！！」 振り返って大声でそう答えた。「取りたくても取れないからっ！　陸がもう会わないって！　受験が終わるまでメールも電話もしないってっ！！　そう言われたからっ！！」 泣きそうになりながらお父さんに怒鳴りつけた。 お父さんは無表情のままあたしを見つめたあと、 「……当たり前だ」 とだけ言うと、また食事を再開させた。 「ッ！！！」 涙が零れ落ちる前に、自分の部屋に駆け上がった。　自分でも驚くほどの荒さでドアを閉める。 ―――お父さんは結衣のことが心配であー言っただけだよ。　仲直りしてよ。 ―――父さん、ねえちゃんに気ぃ使ってんだぞ？　さっさと仲直りしてくれよ。 陸と祐樹の言葉を思い出す。 ―――けど… やっぱり仲直りなんか出来ないよ。 陸や祐樹が言う通り心配してくれているのかもしれない……気を使ってくれているのかもしれないけど…… 陸と付き合うことを反対してる限り、お父さんと仲直りすることなんか出来ない。