チェリッシュxxx 第6章

A 普通科vs商業科


「も〜〜〜っ! あいつらのせいでっ!! 信じられないッ!!!」
その日の昼休み。
お弁当を食べ終わって教室でみんなとおしゃべりをしていたら、クラスメイトの斉藤さんが怒りながら教室に飛び込んできた。
「どうしたの?」
何人かの女子が彼女の周りに寄って行く。
「商業科よっ! ・・・あいつらのせいで、推薦落ちた! あたしッ!!」
「えぇっ!?」
「マジでっ!?」
今度は、教室にいた全員が驚いて斉藤さんに注目する。
「ちょ、なんだよ? 推薦落ちたって・・・ 詳しく聞かせろよっ!」
「商業科がなんだって?」
斉藤さんの発言は、受験生のみんなに大きな衝撃を与えたみたいで、みんなが斉藤さんの周りに集まる。 あたしも驚いて、斉藤さんの側による。
「あたし・・・ 今日、推薦の合格発表だったの・・・」
斉藤さんが肩を落として椅子に座る。 その周りを囲むクラスメイトたち。
落ちたってことは、さっき本人が言ってたから分かったけど・・・
・・・・・商業科のせいで・・・って、なに?
ドキドキしながら斉藤さんのセリフを待つ。
「この前の面接のとき・・・ 最後に試験官に聞かれたの。 ・・・・・桜台高校は最近環境が変わったと聞くが、実際のところどーなんだ、って・・・ 何か影響受けたりするのかって聞かれた」
な、なんだ・・・ それだけ?
いや、斉藤さんが推薦落ちたのは本当にかわいそうだとは思う。
確かに試験官が言う、
「環境が変わった」
っていうのは、商業科が移転してきたことを意味してると思うけど・・・
でも、それだけで商業科のせいって決め付けることはできないもんね。
あたしがちょっとだけ安心していたら、
「それって、商業科の悪影響受けてんじゃねーかって言われてるようなもんじゃん!」
「マジかよっ!? ふざけんなよ! オレらカンケーねーじゃん!!」
と他のクラスメイトが騒ぎ出した。
え・・・ ちょっと、待って?
「やだ〜・・・ あたしも明後日推薦の面接なのに・・・ 同じこと言われんのかなぁ・・・」
「言われないでしょ? っていうか、言われたくないっ!」
教室内が騒然となる。 とても、
「ちょっと待って?」
なんて言える雰囲気じゃなくて、あたしはただ小さくなっていた。
「つーかさ、オレさっき吉野行ったら、チョージロジロ見られたんだよね」
更に尖った声が上がる。
「パン買いに行ったんだけどさ、あんまオバちゃんがジロジロ見てるから、なに?っつったら、ちゃんと金払ってけ、みてーなこと言われてさ。 はぁっ?だろっ!?」
「マジでっ?」
「聞いたらさ、万引きが増えて困ってるって。 やってもねーのに、オレ容疑者扱いだよ!」
「だ〜から〜っ! それも商業科だろっ!」
「吉野にとっちゃ同じなんだよ。 商業科も普通科も! 一緒にすんなよなぁ〜」
うわうわうわ〜・・・
だんだん教室の雰囲気が悪くなる。
「今まで我慢してたけど、マジ邪魔だよ。あいつら!」
「元々いらねーんだよ、商業科なんか。 つか、なんであいつらの校舎にだけエアコン付いてんだよ? 勉強もロクにしねーくせによ!!」
エアコン関係ないじゃん・・・ あっちの校舎が新しいだけだよ〜・・・
あたしはみんなの輪から離れて、自分の席に座った。
どうしよう・・・
全部が全部、陸たち商業科の子が悪いって訳じゃないのに、この流れでいったら完全に商業科が悪者になっちゃうよ・・・
風紀の取締りも厳しくなるし、大丈夫かな・・・ 陸・・・
と落ち込んでいたら、
「・・・? なんかあったの?」
と今までどこかに行っていたらしい五十嵐くんが教室に入ってきた。 教室内の騒ぎを見て眉をひそめている。
「どうしよう・・・ 五十嵐くん」
「え? ・・・だから、なにが?」
「村上―――っ!」
騒ぎの輪の中から声が飛んでくる。「お前も気をつけろよっ? つか、自分のコト考えたら、別れた方がいいかも知んねーぞっ!?」
「おおっ! 別れろ別れろっ! 受験生に色恋はいらねーんだよっ!」
「それはモテないあんただけっ!」
矢継ぎ早に飛んでくる声に、五十嵐くんがあっけにとられている。
「ねぇ・・・? ホントに何があったの?」

その日の放課後、風紀委員の臨時集会が行われることになった。
昨日月イチの定例会があったばかりなのに、翌日すぐに臨時集会が行われるなんてことは今まで一度だってなかった。
視聴覚室に向かいながら、お昼休みの一件を五十嵐くんに説明する。
「・・・というわけなの。 決めつけだよね? みんなには言えないけどさ・・・」
「面接のことは分からないけど・・・ それ以外はみんなの言う通りじゃない?」
「え〜? そんなこと・・・」
とあたしが抗議しようとしたら、
「あるよ」
と五十嵐くんがセリフを被せてきた。「喫煙、万引き・・・ 昨日のバイクの話だって、みんな商業科の話でしょ」
「うっ・・・」
反論できなくて俯く。 そのまま2人で視聴覚室の一番後ろの席に着いた。
「この臨時委員会だってさ、その騒ぎのせいだと思うよ?」
まだ川北先生は来ていなくて、視聴覚室内はざわついていた。
「・・・で、筆記ではかなり良い点いってたらしいのに、落ちるのはありえないって。 やっぱ商業科のせいなんじゃん?」
「吉野にも立ち入り禁止にされたんでしょ? ウチの高校」
そんな話があちこちから聞こえる。
ざわつきの内容はみんな商業科のことだった。
「なんか、かなり広がってるみたいだね。 話が」
五十嵐くんが周りを見渡す。
「大げさだよ・・・ 吉野に立ち入り禁止になったなんて、ウソだし・・・」
「ホラ始めるぞ―――! 静かにしろ―――!?」
あたしが小さく反論したのと同時に川北先生がやってきた。
臨時の委員会はその内容によって、見回りをしている3年生だけだったり、全学年だったり集合するメンバーが違っている。
今日の臨時委員会は全学年・・・
一体、何やるんだろう・・・?
「え〜、今日集まってもらったのは、新委員長を発表するためだ」
川北先生がいつものように大声を張り上げる。
新委員長?
今までは3年C組の子が委員長をやっていたんだけど、それが変わるってコト?
まぁ、あたしたちも受験生だし、今まで現役でやらされてたのが異常なくらいだったんだから、代わってもらえるのはC組の子も嬉しいだろうけど。
でも、新委員長って、誰だろう? 2年生だよね?
あたしたち3年にはなんの話もなかったから、川北先生が独断で決めたのかな?
指名受けた子、かわいそうだな・・・ なんてことを考えていたら、
「松浦!」
と川北先生が松浦くんを呼ぶ。
「・・・えっ?」
呼ばれた松浦くんが席を立つ。
なに・・・? まさか、だよね・・・?
とあたしが戸惑っている間に、松浦くんはスタスタとホワイトボードの前に出て行く。
「これからはこの松浦に新委員長をやってもらう」
と川北先生が松浦くんの肩に手をかける。「松浦、挨拶」
松浦くんが軽く肯いて、
「2−Aの松浦です。今日から風紀の委員長やらせてもらうんで、よろしくお願いします」
川北先生はそのまま椅子に座った。
「えーと、今日皆さんに集まってもらったのは僕の新任報告と、すでに聞き及んでいると思いますが・・・商業科の件です」
新委員長の報告だけだったら、次の委員会のときにやればいいんだから、やっぱり今日の臨時委員会は商業科に関する騒ぎのせいだったみたい・・・
やっぱり五十嵐くんの言うとおりだった・・・
それにしても・・・ 松浦くんが新委員長だなんて・・・
「以前から問題になっていた喫煙、事故まで起こしたバイクの乗り入れ、それから吉野商店から出ている苦情等を踏まえまして、今後の活動について少し話したいと思います。 昨日今日で過去の取締り記録に目を通し、今朝も実際見回りに同行させてもらったわけなんですが・・・」
な、なんか・・・ すごい・・・
今日委員長になったとは思えないくらい、松浦くんは堂々としている。
五十嵐くんも委員長タイプだけど、松浦くんもかなりそれっぽい。
でも、タイプが違うのかな・・・
五十嵐くんはどっちかというと受けの態勢だけど、松浦くんはかなり攻撃的な感じするもんね。
なんてことを考えていたら、
「今まで頑張ってこられた先輩方には申し訳ないのですが、ちょっと取締りの体制に甘さが見られるかな、と思いました」
と言いながら、松浦くんがあたしの方をチラリと見る。「違反者を見逃すなんて、許されざる行為です」
「うっ・・・」
慌てて松浦くんから視線をそらす。
松浦くんは、明らかに 今朝あたしがさわやかクンたちの喫煙を見逃したことを指摘している。
「・・・もしかして、今朝なんかあったの?」
五十嵐くんが眉間にしわを寄せる。
「や・・・ ちょっと・・・」
「それから、過去の取締り記録で面白いことを発見しました」
と言いながら、松浦くんは手元の資料らしきものに目を落とす。
「校門のところで行われる持ち物検査についてです。これは完全な抜き打ちでやっているにもかかわらず、なぜか毎回同じクラスだけ違反者ゼロになっています。 しかも商業科で!」
また松浦くんがあたしの方を見る。
「これは、完全に情報がリークされていると思っていいでしょう」
「・・・・・・リーク、ってなに?」
隣の五十嵐くんに小声で尋ねる。 五十嵐くんは横目であたしを流し見ると、
「・・・情報を意図的に外に漏らすこと」
と小さく溜息をついた。「完全にバレてるね。 村上さんがしてること」
「えっ! ・・・うぅ〜・・・」
確かにあたしは、抜き打ち検査がある日を陸に教えていた。
じゃないと陸は、平気でカバンにタバコとか・・・エ、エッチな本とか入れてきちゃうから!
タバコを持っていただけじゃすぐに停学ってことにはならないけど、陸は過去にもタバコを所持していたことで反省文を書かされているし、それ以上に あたしのために暴力を振るって1度停学処分も受けているから、ちょっとしたことでも川北先生の目に留まってしまう。
それを避けたくて、あたしは抜き打ち検査がある日を陸に教えていた。
陸がそれをさわやかクンたちクラスメイトに教えるから、いつも商業科2−Bだけは持ち物検査の違反者がゼロだった。
やっぱり、バレちゃってた・・・よね・・・
「どうしよう・・・ 五十嵐くん・・・」
「どうしようって、何が?」
臨時委員会が終わり、みんながザワザワと筆記用具を片付ける。
「陸たちのことだよ。 それじゃなくても1回停学受けてるのに、こんなに取締りが厳しくなったら、停学3回なんてあっという間だよ・・・」
「・・・自業自得じゃない」
「そ、そりゃそうなんだけど・・・」
「僕は商業科の味方をするつもりはないから」
と言って五十嵐くんが立ち上がる。「・・・けど、あの松浦ってのはケッコーやるから、村上さんも気を付けた方がいいよ?」
それだけ言うと、五十嵐くんはさっさと視聴覚室を出て行ってしまった。

それからも、毎日 陸はバイク通学をして、夜にはあたしのことを予備校まで迎えに来てくれる。
タバコも相変わらず吸ってるし・・・・・・
いつ見つかるか分からないからホントに止めて欲しいんだけど、なかなかちゃんと陸と話をする時間が取れなかった。
なんでか知らないけど、陸はあたしを家まで送り届けたあと、バイクから降りもしないですぐに帰っちゃうから。
「ちょっと、話したいことが・・・」
って言っても、
「それ・・・長い? ちょっと時間ないから、今度でい?」
ってさっさと帰っちゃうんだよね。
もしかして、疲れてるから早く帰って休みたいのかな・・・? とか思ったら、無理に引き止められないし・・・
なんてことを考えていたある日の帰り。 陸がいつものように予備校まであたしを迎えに来てくれて、
「ねぇ、結衣。 これからちょっとだけ時間ある?」
いつもはさっさと帰っちゃう陸の方から声をかけてくれた。 白い息を吐きながら陸があたしに笑顔を向ける。
「10時だけど・・・ 11時にはウチまで送って行くから」
「ちょうどあたしも話したいことあったの」
「え? なに?」
陸が首を傾げる。
「ねぇ? ・・・バイクで学校来るの、やめて?」
「・・・え? なんで?」
「バイクの乗り入れ禁止って校則にあるんだよ? 見つかったら停学なんだから!」
陸は笑いながら、
「今さら? つか、みんな乗ってきてんじゃん」
「それ商業科の子だけだよ!」
とあたしが注意しても陸はニコニコ笑っている。 全然危機感ってものが感じられない!
「あのね? 今度から風紀の取締り厳しくなるから! この前も言ったけど、バイクだけじゃなくてタバコもやめてね? 停学3回で退学になっちゃうんだからねっ!?」
「え〜〜〜? タバコは今さら止めらんないし、バイクだって・・・ 絶対あんなトコ見付かんねーから大丈夫だよ。知ってんのはオレと結衣だけ!」
確かに、あんなところまで風紀の見回りはしないし、仮にしたとしてもただバイクが止めてあるだけで、それが陸の物だっていうことまでは分からないけど・・・
「それに、バイトに行くのにもバイクの方が都合いいし・・・」
「そうだっ! そのバイトもだよッ!! ちゃんと届出してる?」
「・・・届出って?」
陸が首を傾げる。
やっぱり・・・・・・ してないんだ・・・
アルバイトも基本的には校則で禁止されている。 でも、家庭の事情とかの正当な理由があれば許可をもらってやっても良いことになっている。
「バイトも届出なしにやったら校則違反なんだよ?」
「あ、そーなんだ?」
そーなんだ、って・・・・・
まるで他人事みたいな様子の陸に、段々イライラしてきた。
あたしがこんなに心配してるっていうのに、当の陸がこれじゃ 全然ダメじゃんッ!!
「ねぇっ? もうバイト辞めたらっ!?」
「え?」
陸が眉を寄せてあたしの顔を見返す。
「もうバイクだって買えたんだし、そんなに働くことないじゃん!」
「ん〜〜〜・・・ その内? 辞めようかな〜・・・と思わないでもないかもしれない、みたいな?」
と視線をそらす陸。
「なにそれ・・・? 全然意味わかんない!」
「・・・・・・っていうか・・・ あれ? 今日、何日だっけ?」
・・・・・・都合が悪い話になってきたから、誤魔化そうとしてる!
「誤魔化さないでっ!!」
「誤魔化してないよ。 ・・・・・・あのさ、もしかして忘れてる?」
「・・・・・なにを?」
陸はちょっとだけあたしの顔を見つめたあと、バイクのシートをパカッと開けた。 シートの下はちょっとした小物入れになっている。
・・・あんなところに小物入れあったんだ。
そう言えば自転車みたいにカゴ付いてないから、荷物置くところないもんね。
って、陸、教科書とか持ち帰らないから、もともと荷物なんかほとんどないようなもんだけど・・・
そんなことを考えていたら、その小物入れから陸が何か取り出して、黙ってあたしに渡した。
細長くて、キレイにラッピングされている箱・・・
え?
「・・・・・・今日、何日だっけ?」
さっきも言ったセリフを、再び陸が繰り返す。 あたしは手渡されたものに目を落としながら、
「・・・・・・12月4日・・・」
・・・うそ・・・
「・・・って、なんの日だっけ?」
陸が、ちょっと呆れたような、からかうような目線をあたしに向けてくる。
「・・・・・・あたしの、誕生日・・・」
じゃ、コレ・・・ もしかして、誕生日プレゼントっ!?
驚きと嬉しさで、戸惑っているあたしに陸がヘルメットを被せる。
「後ろ乗って?」
「う・・・ うん・・・」
大人しく陸の後ろに跨る。 あたしは陸の背中にしがみついた。

「なんかゴキゲンね? 結衣」
翌朝。 数学の教科書を忘れた麻美が、あたしのクラスに借りにやってきた。
「えへへ〜♪」
あたしは昨日陸がくれたペンダントを襟元から出して、「もらっちゃった♪」
と麻美に見せた。
「商業科から? ・・・あ、そっか! 昨日結衣、誕生日だったもんね!」
すっかり忘れてたんだけど、昨日はあたしの18歳の誕生日だった。
「まさかとは思ってたけどさ。 マジで忘れてたんだ?」
と言いながら陸が連れて行ってくれた場所は、夜景が見える海浜公園だった。
「ホントはもっと別なトコ・・・とか思ったんだけど、結衣予備校あるし、遅くなるとおウチの人心配するでしょ」
「ううん・・・ すごく嬉しい! あたし、夜ここ来たの初めて!」
あたしたちが住んでいる千葉県は海に面した大きな公園がたくさんあって、ここにも小さい頃家族と一緒に何回も遊びに来たことがある。
でも、夜に来たことは一度もなくて・・・
こんなに夜景がキレイだって知らなかった。
遠くに見える東京の夜景と、幕張のビル街の夜景が、陸のアーモンド形の瞳に映っている。
「誕生日おめでとう」
と言って、陸がペンダントをつけてくれた。
「ありがとう・・・ 大事にするね」
「いつもつけてて?」
「うんっ!」
陸はちょっとはにかんだように笑って、
「ホントは指輪・・・とも思ったんだけどさ。 それじゃアキヒコと同じだしと思って」
と言いながらあたしの左手をとる。 その薬指に唇を当てて、
「それに・・・ この指は将来に取っとくことにした」
「え・・・」
それって・・・・・・
なんか、将来の約束みたいで・・・ 照れる・・・
照れるけど・・・ すごく嬉しい!
「なんか、色々心配かけてるかも知んないけど・・・ どうしても欲しかったんだよね」
「え?」
「そのペンダントと、結衣を乗せるためのバイク」
「もしかして・・・ そのためにバイトしてたの?」
陸は肯いて、
「あの店長ケチだからさ〜・・・ ちょっと前借りしようとしたら、渋い顔してさ。 ま、オレに辞められちゃ困るから、結局は貸してくれたけどさ」
「陸、すっごく頼られてるんだね!」
あたしも年上のクセに色々陸に頼っちゃうこと多いけど・・・
自分の彼氏がそういうふうに人に頼られるのって、なんか嬉しい!
「だから、前借りした分までは働かないとなんないんだよね。 それ終わったら、ソッコーで辞めるよ! 店長ケチでムカつくし!」
「そっか・・・ なんか、あたしのせいでゴメンね」
「なに言ってんの。 オレがしたかっただけ」
そのまま見つめ合う。
ほんのちょっとだけ細められる陸のアーモンド形の瞳。 夜景が映って、小さな宝石箱みたいにキラキラしている陸の瞳。
・・・あたしの方から先に目を閉じた。 それに応えて陸がキスしてくれる。
陸の唇・・・ すごく冷たい。
予備校が終わるまで外で待っていてくれたのと、バイクを走らせたときに風に当たったせいで冷たくなっちゃったんだ。 あたしの頬に添えてる陸の指先も・・・
それ全部、あたしのせいなんだよね・・・
そう思ったら、なんだか急に陸のことが愛しく思えてきた。
陸の頬を包むように両手を添えたら、やっぱり頬も冷たくなっている。
・・・・・・暖めてあげたい・・・と思って、ちょっとだけ背伸びをして陸に近づいたら、逆に陸は唇を離してしまった。
そしてそのままギュッとあたしを抱きしめる。
「・・・どうしよ」
「え? なにが?」
陸が至近距離であたしを見つめてニッと笑う。
「・・・したくなっちゃった♪」
「え・・・? えぇっ!? な、なに言ってるのっ!?」
「今からオレんちなんて・・・ 無理だよね?」
あたしの両手をとって、上目遣いに窺ってくる陸。
「きょ、今日はもう無理だよ! 時間も遅いし・・・」
あたしが焦りながらそう答えたら、
「じゃ、今度ねっ! 絶対だよ!?」
って指切りさせられてしまった。
もう・・・ なんで陸ってあんなにエッチなんだろ・・・・・
―――・・・でも・・・
・・・最近してないよ・・・ね・・・
・・・って・・・・・ なに考えてんのっ!? あたし―――ッ!!
「―――・・・じゃない?」
「え?」
ぼさっと昨日のことを思い出していたら、麻美がペンダントに手をかけて驚いた声をあげた。
「え? ゴメン、よく聞いてなかった・・・ なに?」
「これ、ピンダイのペンダントじゃない?って言ったの! 高そ〜」
「え・・・? そーなの?」
って・・・ ピンダイって、なに?
「ピンクゴールドでかわいいし。 商業科 頑張ったじゃない」
「・・・・・もしかして、コレ・・・ 高いの?」
「安くはないんじゃない? あたし前にリングだけチラッと見たことあるけど、5万円くらいしてたわよ?」
ごっ・・・・・!? そんなにするのっ!?
ど、どうしよう・・・ そんな高いものだったなんて知らなかったから、
「ありがと」
って・・・あたしそれだけしか言ってない・・・
「うわ〜〜〜! これピンダイでしょ? 欲しかったの! ありがと〜♪」
とか、陸 そんな反応期待してたかも・・・
・・・・・って、ピンダイって、なに? ブランド名? それとも素材とかデザイン?
・・・こんなアクセサリー音痴のあたしがもらっても、猫に小判だよね・・・
陸とペンダントがかわいそう・・・
って、よく考えたら・・・ あたし陸の誕生日に何もあげてないっ!
陸はあたしのコト、旅行に連れて行ってくれたり、こうしてペンダントくれたりしてるのにっ! 何かお返ししなきゃ!
・・・そうだ。 もうすぐクリスマスだし、クリスマスプレゼントでお返ししよっ!
お小遣い少ないから、あんまり高いものとか買えないけど・・・・・ 何がいいかな・・・
とあたしが考え込んでいたら、
「でも、良かった。 どうなってるかな〜って心配してたんだけど、大丈夫そうじゃない!」
麻美があたしのおでこを突付く。
「え?」
「いや、ほら・・・ 今、普通科と商業科って微妙な感じじゃない? みんな商業科のこと敵対視してるし。 でも、結衣たちは相変わらずラブラブやってるんだ? 良かったね!」
―――ッ!!
そーだったッ!! 
陸からのプレゼントにすっかり舞い上がってたけど、陸に色々注意しておかなきゃいけないことあったんだ!!
前は駅で待ち合わせたりして一緒に登校してたんだけど、陸がバイク通学を始めてからは帰りだけが一緒で、朝はそれぞれで登校している。
きっと今朝もバイクで来るに決まってる!
「ゴメン、麻美!」
あたしは慌ててケータイを取り出した。
いくら見つからないところに止めてるって言ったって、学校の近くまでバイクに乗ってきたら誰に見られるか分からない!
しばらく呼び出したあと、やっと繋がった。
「今どこ?」
慌てて居場所を確認する。
『実はウチ出たばっかなんだよね。 ねぼーしちゃった』
「良かった・・・ じゃ、バイク置いてきて、電車で来て?」
『は? なんで?』
「昨日も言ったでしょっ? 取締りが厳しくなるから!!」
『だから、それなら大丈夫だっつったじゃん。 それに、バイトに行くにも都合いーし』
「ダメだよっ! 電車で・・・」
『とりあえず行くよ。 話は学校で!』
「あっ、ちょっと・・・ッ!!」
切れちゃった・・・
溜息をつきながらケータイを眺める。
すぐには見つからないと思うけど・・・ やっぱり心配だよ・・・
「・・・終わった?」
すぐそばで待っていたらしい麻美が声をかけてきた。
「あ・・・ ゴメン。 ちょっと急用思い出して・・・」
「なんかチラッと聞こえたけど・・・ なに? 商業科バイク乗ってんの?」
麻美が眉をひそめる。 あたしは顔の前で手を合わせて、
「・・・実はそう。 内緒にしといてくれる?」
「見つかんないようにね」
と麻美は呆れた顔をしたあと、「あ。 川北先生が屋上で待ってるって」
「え?」
「今、結衣が電話中に言われたの」
「川北先生来てたの? 全然気が付かなかった・・・」
バイクの話・・・ 聞かれてないよ、ね?
「先生じゃなかったわよ? その子も伝言頼まれたんじゃない?」
「誰?」
「さぁ? 知らない子」
と麻美は首をかしげた。
誰だったんだろ・・・? でも先生じゃなくて助かった・・・
校内でバイクの話するときは、もっと注意しなきゃ・・・
麻美と別れて屋上に向かう。
それにしても・・・ 川北先生・・・ 一体何の用?
あたしは川北先生に授業とか受けてないから、委員会以外では全然接点ないし・・・
やっぱり、風紀のことかな・・・
・・・・・・まさか・・・
―――抜き打ち検査の日を陸に教えてるのがバレたとか・・・?
あ、あり得る・・・
っていうか、それしかなくないっ!? あたしのことを個人的に呼び出すなんて・・・
階段を上る足取りが急に重たくなる。
・・・やっぱり怒られるよね・・・ 注意とか、反省文かな・・・
それだけで済めばいいけど・・・  まさか・・・・・・
まさかだけど・・・ 内申書とかに書かれちゃうっ!?
ど、どうしよう・・・
落ち込んだまま屋上へ出るドアを開ける。
とにかく謝ろう!
「ごめんなさいっ!」
勢いよくドアを開けて、見えた人影に頭を下げた。
もうひたすら謝り倒すしかないよね? 許してもらえるかどうかは分からないけど・・・
と思った次の瞬間、
「うわっ!」
と相手がビックリした声をあげる。
え・・・? 川北先生にしては、声 若くない・・・?
思いがけない声に、その主を確認しようと顔を上げたら・・・
「さ、さわやかクンっ!?」
屋上にいたのは、またさわやかクンたちだった!
「・・・って、またヒカルちゃんかぁ! 驚かさないでよ」
「こんな寒いのに屋上なんかで・・・ あっ! またタバコ吸ってるっ!!」
さわやかクンはたまたま吸っていなかったけど、一緒にいる子たちはタバコを手にしたまま笑っている。
「もうっ! 昨日あんなに吸っちゃダメって言ったのにっ!!」
「見逃してよ〜〜〜 オレら陸の友達よ?」
前髪をゴムで結んでいる子がタバコを口にしたままあたしに向かって手を振る。
「陸の友達だからとか・・・そんなコトじゃなくて、みんな未成年なんだよっ!? こんなところ誰かに見られたら・・・」
・・・って、はっ!?
あたしがここに来たのって・・・ 川北先生に呼ばれたからだよねっ!?
でも、川北先生の姿はどこにもない・・・
ってことは、これから来るってことじゃない!!
「ちょっ、みんな今すぐタバコ消してっ!?」
「はは。 ナニ慌ててんの? ヒカルちゃん」
さわやかクンがポケットからタバコの箱を取り出す。
「だから、ダメだってば!! 吸っちゃっ! 今から川北先生が―――・・・」
そこまで言ったときだった。
階段室のドアが勢い良く開いて、竹刀を持った川北先生が屋上にやって来た!
「村上? こんなところに呼び出して何の用・・・」
川北先生の顔色が見る見る変わっていく。「・・・って、貴様らぁ―――ッ!!」
「ヤベェッ!」
慌ててみんながタバコを隠す。
でも、川北先生はその一瞬で誰がタバコを吸っていたのか目に焼き付けたみたいで、
「おいっ! お前とお前と、それからちょんまげのお前っ! この目で見たぞっ!」
と慌てて逃げようとする子達を捕まえる。
「よーし! 現行犯だからな! 言い訳しても無駄だぞ!」
「いてーなっ! 放せよッ!!」
「黙れッ!! ホラ、職員室だ!!」
川北先生はタバコを吸っていた子達を連れて校舎内に戻ろうとする。 階段室の手前で、
「あ、村上。でかしたぞ! 良く報告してくれたな。 ちゃんと木下先生に言っとくからな? 内申良くしてもらえるように」
とあたしを振り返る。
「え・・・ え? え? な、なに・・・?」
川北先生があたしのコト・・・呼んだんだよね?
ちょ・・・ 川北先生の言ってる意味、全然分かんない・・・
報告って、なに・・・?
あまりのことに声も出なくてそのまま突っ立っていたら、
「・・・・・・もしかして、ヒカルちゃん・・・ オレらのこと、売ったの?」
とさわやかクンが眉間にしわを寄せてあたしを見下ろしてきた。
さわやかクンはあの瞬間たまたま吸ってなかったから、川北先生の強制連行からは逃れられたみたいだった。
「え・・・? な、なに・・・? 売るって・・・」
「オレらがここでタバコ吸ってんの、川北に報告したんだろってこと」
さわやかクンの冷たい視線が突き刺さる。
「そん・・・ そんなことしてないよっ!?」
「だって川北が今 言ってたじゃん」
あたしは大きく首を振って一歩後ずさった。
「し、知らない・・・ あたし・・・何もしてないよっ!?」
「おいっ! そこのお前―――!! どうせお前もタバコ持ってるんだろう!? 一緒に職員室来い!!」
川北先生が階段室から顔を出して、さわやかクンを呼びつけた。
「さ、さわやかクン・・・ あたしホントに・・・」
さわやかクンは冷たい視線のままあたしを一瞥して、何も言わずにそのまま川北先生のあとをついて行った・・・


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