チェリッシュxxx 第5章

F No1ホスト


「は〜い♪ 3番テーブル、ご指名入りま〜す♪」
とスネ男がトレイ片手にオレのところにやってきた。
「ホラ、陸! 3番行って!」
オレは教室の奥に作られた、狭い休憩スペースでうな垂れていた。
―――何やってんだよ、オレは・・・
今、こんなことやってる場合じゃねーだろっ!?
「・・・なんで、またオレ?」
「だって指名だもん。表の写真、陸がNo1になってるし」
今日 明日と、オレたちの高校は文化祭で、オレたち2Bはホストクラブを開いていた。
正直、文化祭なんかどーでも良かったんだけど、なんかジュンが異様に張り切ってんだよな・・・

「はぁ? 抜ける? ・・・なんで?」
今朝登校してすぐ、教室を抜け出そうとしたら、ジュンに呼び止められた。
「イヤ・・・ ちょっと、な」
どうしても結衣と話がしたかった。 ホストどころじゃない。
実は昨日、テコンドーとやりあった後から、 ・・・イヤ、正確に言うと一昨日の帰りから、結衣と全然話が出来ないでいた―――
一昨日の放課後。文化祭準備も大詰めに入ってきて、ホントだったら結衣とは別々に帰るはずだったんだけど、どうしても結衣のことが気になったオレは、普通科の方まで結衣を迎えに行った。
結衣は、この前 亜矢に結衣のことがばれてしまった翌日あたりから、様子がおかしかった。
・・・やっぱ、亜矢とのことで、なんか疑ってるのか?
オレがさり気に、
「なんか結衣、最近元気なくね?」
と探りを入れても、
「・・・ん? そんなことないよ?」
って笑って見せるだけだし・・・
・・・オレの気のせい?
それとも、やっぱ、なんか感づいてる?
そんなことを考えながら、結衣と駅までの道を歩いていたら、
「陸・・・ もう誤魔化さなくていいよ? 成瀬先生、陸が初めてエッチした人なんでしょ?」
と結衣がいきなり切り出した。
・・・えっ?
ビックリして息が止まった。
「タバコもそれしか吸わないのは、先生の影響?」
「ちょ、ちょっと待って?」
・・・・・・なんで、結衣がそんなこと知ってんだ?
―――まさか・・・ 亜矢が言ったのか?
「誰に聞いた?」
オレが思わずそう聞くと、結衣の表情が変わった。
「誰だっていいじゃんっ!」
怒りの滲んだ目をオレに向ける。「・・・また、ヨリ戻すんだ? 先生、そう言ってたよ!?」
クソッ――― やっぱ、亜矢が言ったのか。
・・・って、誰がヨリ戻すって?
あいつ、何言ったんだ? 結衣に・・・
慌てて結衣の肩をつかんでオレの方に向かせたけど、結衣はオレの目を見ようともしない。
「ちょ・・・ 待って? オレの話聞いて?」
「あたしはちゃんと聞いてるよっ! でも陸ウソつくもんっ!!」
「え?」
「先週の木曜日! 成瀬先生とスタバの前でキスしてたでしょっ!? あたし見てたんだよっ!!」
再度不意をつかれ、オレは絶句した。
「帰る」
結衣がオレの手を振り払って駅の方へ歩いて行こうとする。オレは慌てて結衣の手を取った。
「ちょっと待って!」
って呼び止めたはいいけど・・・
―――どう言い訳する?
キスしてたのは事実だし、亜矢が初めてヤッた女だってのもホントだし・・・
・・・でも、結衣が思ってるよーな特別なコトじゃねーんだよっ!
キスは不可抗力だし・・・
初めてヤッたのだって、あの状況だったら、きっと相手が亜矢じゃなくてもヤッちゃってたぞ? オレ。
クソッ! こんなコトになるなら、結衣から電話来たときに、正直に話しとけばよかった・・・
あのとき自己申告してりゃ、
「もうっ! ・・・今なにもないんだったらいーけど・・・ これからはあたし以外とは、・・・エ、エッチしちゃ、ダメだよっ!?」
「は〜い♪」
・・・なんて感じで済んでただろーに・・・
今話したって、都合のいい言い訳にしか聞こえねーよな?
結衣の腕をつかんだままそんなことを考えていたら、結衣がオレの目を見つめた。
「あ、あたしっ、 五十嵐くんと、キスしたからっ!」
・・・・・・え?
一瞬結衣が何を言っているのか分からなかった。
「・・・え? ・・・なに?」
・・・今、キス・・・・・・とか言ったか?
え? しかも、テコンドー・・・と?
「り、陸のせいだからっ! 陸が成瀬先生とキスなんかするからっ! だから、あんなコトになっちゃったんだからっ!!」
結衣が目に涙をためてオレを睨む。
「ちょ・・・っ!? 待って? アレは亜矢がいきなりしてきただけで・・・」
オレは一瞬言い訳しかけて、「・・・って、オレのコトはどーでもいいよっ! なんだよっ!? テコンドーとキスしたって!!」
と思わず怒鳴ってしまった。 結衣もオレを睨んだまま、
「どーでもいいわけないじゃんっ! また誤魔化す気っ!?」
「そっちこそだろっ!?」
オレのせい? オレと亜矢がキスしたから?
・・・だから、テコンドーとキスしたってのか?
「・・・なんだよ? あてつけか?」
一瞬のうちに、頭に血が上る。
まさか、結衣にそんなことをされるとは思ってもみなかった。 思わず、
「・・・じゃ、オレが亜矢とヤッてたら、お前あいつとヤんのかよ―――っいてッ!」
結衣に頬を叩かれた。結衣の声が震えている。
「―――したくてしたんじゃない」
結衣の目から静かに涙がこぼれ落ちる。
「結衣・・・」
「バカみたい、あたし・・・ そんなこと言われても・・・ まだ、こんなに陸のコト好きだよ・・・」
そう言い終わらないうちに、結衣は踵を返して走り去って行ってしまった・・・
オレは、結衣を追いかけることも出来ずに、その場に立ち尽くしていた。
・・・やっぱり、結衣は知ってたのか。 オレと亜矢との関係を・・・
多分・・・いや、絶対、亜矢が結衣に話したに違いない。
それで、ずっと元気なかったのか・・・
・・・なんでオレに直接聞いてこなかった?
と思いかけて、首を振る。
・・・結衣がオレに聞けなかったのは、オレのせいだ。 オレがだらしないから・・・
なのに・・・ オレ、なんつーこと言っちゃったんだよ、結衣に・・・
オレは、自分で自分をぶん殴りたくなった。
ケータイを取り出し、亜矢に電話をした。
『陸!? どうしたの?』
亜矢の弾んだ声が癇に障る。
「・・・話がある」
『・・・なぁに? じゃ、今からウチ来る?』
「お前、結衣に何言った?」
オレが、なるべく感情を押さえた声でそう聞いたら、電話の向こうは沈黙した。
「おい―――・・・」
『・・・今からウチに来てくれたら・・・ 一晩付き合ってくれたら、教えてあげる』
押さえていた感情が噴き出す。
「いい加減にしろよっ! なんでそんなにオレに固執する? 2年前のコトは亜矢だって遊びだったろっ!? 余計なこと結衣に言うんじゃねーよっ!!」
『あたし、本当のことしか言ってないわよ?』
亜矢は早口で切り返してきた。
・・・返す言葉がなかった。
「―――とにかく・・・ もう亜矢とは、出来ないから。 ってか、もう会わねー」
また、亜矢は黙り込んだ。
「・・・今すぐ消して、オレの番号。メモリーから。 ・・・オレも消すし―――・・・って、オイ?」
いきなり通話を切られた。
・・・言い過ぎたか?
イヤ、でも、これくらい言わないと、また何されるか・・・
オレはちょっとだけケータイを見つめたあと、亜矢の番号を消去し、ケータイをポケットにしまった。
―――・・・あとは、あいつだ・・・
翌朝、校門の所でテコンドーを待ち伏せた。
「・・・早いじゃないか」
テコンドーは、なんでオレが待ち伏せていたか分かっていたみたいだ。
テコンドーを連れて、中庭に移動する。
「・・・結衣に、何した?」
「何って・・・ 別に、何も・・・?」
テコンドーが挑戦的な目をオレに向ける。「仮に何かしたとして・・・ お前に許可取る必要ないだろ?」
「ッ!? てめぇっ!!」
テコンドーの胸倉を掴み上げる。「ヒトの女に、手ェ出してんじゃねーよっ!!」
テコンドーもオレに掴みかかってきて、
「お前にそんなこと言う権利、あんのかっ!?」
「なんだと?」
「昔の女と切れないくせに、エラソーなこと言うなって言ってんだよっ!!」
「う、うるせーよっ! テメーにゃ、カンケーねーことだろーがっ!!」
不安に思いながらも 亜矢とのことをオレに聞いてこなかった結衣が、テコンドーには相談していたのかと思ったら、余計に頭が熱くなった。
オレとテコンドーが揉みあっていたら、どこで聞きつけたのか、結衣と麻美が駆けつけてきた。
「二人とも、止めてっ!!」
結衣の怒鳴り声に、驚いて動きを止める。 振り返ったら、結衣は泣きそうな顔をしてオレたちを睨んでいた。
「・・・何やってるの・・・ もう、SHR始まる時間だよ・・・」
「結衣! オレ・・・ッ」
「あとで、電話するから・・・ 陸も教室戻りなよ」
オレが結衣に話しかけようとしたら、結衣はテコンドーと麻美を連れて、普通科校舎に戻ってしまった。
電話する・・・ って、結局かけてきてくんねーじゃねーかっ!!
しかも、電源まで切りやがって。 これじゃ、こっちからかけることも出来ねー・・・
・・・・・・まさか、あのあとテコンドーに告られて、
「あたしやっぱり、五十嵐くんと付き合う♪」
とかゆー展開になってんじゃねーよ・・・な?
「だから、もう陸に電話しなくてもいいや!」
とか・・・?
―――まさかだろっ!?
・・・オイ、結衣っ!! ちゃんと話させろよっ!!!
そんなオレの胸中を知る由もないジュンは、
「とにかく、お前一応No1ってコトになってるし、お前いなきゃ始まんねーだろ? ちゃんと店いろよ?」
「・・・マジで結衣に大事な話あんだよ」
ジュンは、また女かよ、と呟いて、
「ヒカルちゃんだったら、店に来てくれるよ。チケット渡してるし。そんとき話 出来んだろ?」
「イヤ、そんなのん気なこと言ってらんねーんだよ・・・ テコンドーが・・・」
なんてジュンとやりあっているうちに開始時間になり、どんどん客が入り始め、抜け出そうにも抜け出せなくなってしまった・・・

スネ男が早くしろと急き立てる。オレは休憩スペースに腰を下ろしたまま、
「ってか、ジュンやヒデはどうしたんだよっ? あいつら1時間くらい前に出てったきり、戻って来ねーよなっ? ヒトに散々、店抜けるなって言ってたくせに・・・」
あいつらはNo2、No3ということになっていた。
このホストの写真を飾るときクラス内でちょっと揉め事が起きた。
誰がNo1の位置に写真を貼ってもらうか、というくだらない内容だ。
最後まで揉めていたのがジュンとヒデだった。
「・・・テメー、鏡見たことあんのか? オレに譲れよ?」
「テメーこそ、寝言は寝てから言えよ?」
オレは二人ほど写真の位置にこだわりはなかったけど・・・ まぁ、どうせ貼られるんならNo1がいいよな・・・くらいには思っていた。だから、
「おいおい・・・ そんなに揉めんなら、オレがNo1ってコトで・・・」
と間に入ったら、
「ざけんなっ!?」
と二人が同時に睨み付けてきた。 そうなるとこっちも逆に火がついちゃって、
「んーじゃ、誰がNo1か決めよーぜ?」
・・・で、結局20回勝負のジャンケンで勝ったオレがNo1に・・・
クソ・・・ No1が1番働かされるって知ってたら、あんなコト言わなかったのに・・・
しかも、あいつらの分まで客がこっちに流れてきて、結衣のトコに行くどころか、一服するヒマもねーよっ!
「ん? ジュンキチとヒデは出張サービス中」
「は?」
なんだそれ? そんなのあったか・・・?
「さっきジュンキチが決めたんだよ。指名料10分100円払えば、店外デートもOKだって。二人ともそれ行ってるよ?」
あいつら・・・っ!!
「ちょっと―――――っ!? 何やってんのよ? さっさとホスト、寄越しなさいよっ!!」
女の怒鳴り声がパーティションの向こうから飛んでくる。
「ホラ? さっさと行ってよ?」
スネ男に追い立てられるようにして、しぶしぶ席に着く。
・・・クソ。 オレもスネ男みたいに、黒服にしときゃよかった・・・
「陸〜♪ これ食べさせて♪」
「あ〜・・・、はいはい」
女の口にキャラメルコーンを放り込む。 続いて別な女が、
「あたしは、コレ〜」
ポッキーを女の口元に差し出した。 さらに別な女が、
「なんか肩こっちゃったな〜! 肩揉んでよ、陸!」
と調子にのったことを言った。ムカついたから女を睨む。
「ちょっと―――っ! なんかこのホスト、態度悪いんだけど〜?」
「もぉ―――しわけ、ございませんっ!」
スネ男が飛んできて頭を下げる。「ほら、陸!」
オイ・・・ マジでホストって、こんなコトやんなきゃいけねーのか?
中学の頃、高校行かねーでホストになるとか言ってたことあったけど・・・
マジでこんなコトやんなら、勉強してるほうがマシかも知んねーぞ・・・
オレがうんざりしながら女の肩を揉んでいたら、
「陸! もうそっちはいいから、出張行ってきて!」
とまたスネ男がやってきた。
「はぁ? 出張?」
って、ジュンやヒデが行ってるヤツか?
「え〜〜〜っ! 陸、行っちゃうの〜〜〜?」
「代わりに自分が入りますんで♪」
とアツシがやってきた。
「あんたは呼んでないっ!」
「陸がダメなら、ジュン呼んでよ!」
「そーよっ! チェンジチェンジ!!」
アツシが顔を真っ赤にして絶句している。
・・・・・・女ってのは、残酷だ・・・
教室の出入り口に設置されたフロントに行くと、なんと 亜矢が立っていた。スネ男から何やら説明を受けている。
「ふ〜ん。10分100円ね」
「はい。それで校内どこでもホストがご案内しますんで」
なんで・・・ 亜矢が・・・?
そこへジュンとヒデが帰ってきた。
「ベリーデリシャス♪」
「おう!スネ男!! どんどん出張入れて♪」
―――お前ら・・・外でナニやってきた?
「あーゆーのもアリなワケ?」
亜矢がスネ男に尋ねる。
「はぁ―――・・・一応、本番禁止って事に・・・ あたっ!?」
スネ男の頭を思い切り叩く。
「・・・どーしたの?」
この前の電話のやり取りを思い出し、ちょっと声が弱くなる。
ケッコーな客が入ってるのか、廊下は人でいっぱいだった。
「どーしたのって? あたし、お客として来ただけよ?」
亜矢がオレを見上げる。
それだけじゃねーだろ? 指名までして・・・
「・・この前さ、電話で言ったよな? そーゆー気はないって」
「そーゆー気って?」
亜矢が他のクラスの出し物を覗きながら言う。「どーゆー気?」
オイ・・・ この前の話、全然聞いてなかったのか?
「だから・・・ もう、亜矢と・・・だけじゃなくて、結衣以外の女と、寝る気はないって・・・」
「あっ! あれ見て―――! おばけ屋敷だって! ね、入ろっ?」
亜矢がオレの腕を引っ張る。
「亜矢・・・」
「あ? もしかして陸、まだおばけ怖いの〜?」
怒りを通り越して、うんざりしてくる。
オレは溜息をついて、
「・・・じゃなくてさ。 マジで話してんだけど?」
「あたしだって、本気だったわよ!」
亜矢はこっちを見ずに、「本気で陸のコト、好きだったんだから・・・」
「え・・・?」
「陸、あたしがカラダだけが目的で付き合ってたと思ってるでしょ?」
だって・・・ そーだろ?
お前、男いたじゃん。 ゴムだってあったし。
どうせ、オレとのコトは遊びだったんだろ?
オレがそんなことを言うと、
「あれは、前カレが置いてったヤツ。だから、あのときはあたし、フリーだったの」
「じゃ、なんであのとき否定しなかった? オレ、男いんのかって聞いたよな?」
「それは・・・ 陸が、完全にカラダだけだって分かってたから・・・ いるって思わせた方が、陸も気がラクだろうと思って・・・」
「なんだよ、それ」
・・・ま、ぶっちゃけ、そーだったけどさ。
「それに・・・ 恥ずかしかったし」
「? なにが?」
「・・・あたし、あの時・・・ 持ってる、なんて言っちゃったから・・・ カレシもいないのに、何用意してんだよって思われたら、イヤだったのよ」
でも、陸とはしたかったし・・・、と亜矢が呟く。
驚いて亜矢を見つめる。亜矢もちょっとだけ顔を赤くしてオレを見上げていた。
その顔は22歳の大人の女じゃなくて、周りにいる同じ高校生くらいの女の子に見えた。
亜矢は5歳も年上だし、もっと大人な割り切りで付き合ってんだと思ってたけど・・・
そーだったのか・・・
亜矢がちょっとだけ潤んだ目でオレを見つめる。
「それでも、ダメ?」
オレも目をそらさず、
「・・・ダメだ」
亜矢は一瞬だけ泣きそうな顔をした後、だよね、と言って俯いた。
ゴメンな?
「・・・亜矢だったら、すぐにいい男、見つかるよ」
オレが慰めるつもりでそう言うと、
「なに当たり前のコト言ってんのよっ! って言うか、高校生のガキンチョに心配してもらうほど落ちぶれちゃいないわよっ!」
亜矢は思い切りオレの頭を叩いてきた。それから、気を取り直すように深呼吸をして、
「・・・さてと、他のクラスでも見てこようかな」
と手元のパンフレットに目を落とした。
「どこ行く?」
一応指名料ももらってるし、侘びのつもりでそう言うと、
「いいわよ。あたし1人で行ってくるから」
「え? だって指名料、結構渡してなかった?」
「2000円」
「そんなに?」
―――3時間以上連れ回すつもりだったのか?
「口説き落とせたら、お持ち帰りさせてもらおうと思ってたから」
「え?」
「な〜んて、冗談よ! 村上さんに約束しちゃったし、もうそんな気なかったわよ」
「え? なんだよ? 結衣と約束って・・・」
「・・・あのコ、ケッコー強いわよね。ふにゃふにゃしてそうなのに・・・」
オレの質問には答えずに、亜矢はそう呟いた。
「それに今日は、あたしのホントの気持ち伝えたかったから来ただけ。・・・あと、陸のホスト姿見にね」
「・・・どう?」
亜矢は一歩引いてオレの姿を眺めると、
「・・・まあまあね。 ・・・2年前よりは、マシ?」
「マシって・・・」
その程度かよ?
「・・・村上さんとは、仲直りしたの?」
「イヤ・・・ まだ・・・」
行くヒマねーんだよっ!!
「ったく、何やってんのよ?」
と亜矢が呆れたような声を上げた。「・・・じゃ、行ってくれば?」
「え?」
「あたしの指名料、まだ3時間近くあるでしょ? それあげるから、村上さんのトコ行ってくれば?」
「・・・いいの?」
黙って肯く亜矢。
「でも・・・ なんか、悪いな」
「なにカッコつけてんのよ。 行く気マンマンのくせに」
亜矢に額を突付かれた。
・・・サンキューな、亜矢。 この前は怒鳴ったりして悪かったよ。
亜矢に短く別れを告げ、普通科校舎に向かいかけた。
「また、イベントの時間になったら行くから―――っ!」
振り返ると、笑顔で亜矢が手を振っている。
・・・なんだ? イベントの時間って?
「やだ―――――ッ!! 陸くん、カッコいい―――――ッ!!」
結衣のクラスは縁日をやっているみたいだった。女がみんな浴衣を着ている。
狭い教室で、飲み物や駄菓子を売ったり、輪投げなんかをやったりしている。
金魚すくいか? と思って覗いたビニールプールの中には、大量のガムやアメが入っていた。
―――なんだ? コレは・・・ 掴み取りかなんかか?
「あ・・・ イズミさん」
前やった合コンで、オレをホスト扱いしていた女がいた。
「チョー似合ってる―――♪ 陸くんのクラス、ホストクラブやってるんでしょ? あとで行くね!」
―――またグレープフルーツでも搾らせる気か?
「あー・・・、うん」
と答えながら教室の中に目を走らせる。「あの〜、結衣は?」
「村上さん?」
と言いながら女も周りを見渡す。「いないね〜? ・・・あ、もう交代の時間過ぎてるから、どっか見に行ったのかも」
他の出し物 見に行ったのか・・・
―――――・・・1人で?
オレはハッとしてもう一度教室を見回した。
・・・いない。
「ねぇ、イズミさん? テコンドーは?」
「テコンドー?」
女が怪訝そうな顔をする。「・・・なにそれ?」
「あ〜・・・ イガラシ?」
「あ、なんだ、五十嵐のこと〜? なんでそんなふうに呼んでんの?」
チョーウケる〜、と言いながら女も教室内を見回して、
「あ、そうだ。五十嵐も村上さんと同じ時間に交代になったんだ」
「ぁあっ?」
・・・まさか、二人で回ってんのか?
やっぱ、テコンドーと付き合うことにしたのかよっ!? 結衣ッ!!
オレが急いで教室を出て行こうとすると、
「ちょっと陸くん? せっかく来たんだから、なんか飲んでけば?」
「イヤ・・・ またあとで来るから」
とてもそんなものを飲んでる場合じゃない。
「そう? 残念・・・ あ! オークションって何時から?」
? なんだ? オークションって・・・
さっき亜矢も、
「イベントの時間になったら、行くから」
とか言ってたけど・・・ それか?
「・・・え? ゴメン。 よく分かんねーんだ」
テキトーにあしらって教室を飛び出した。
普通科校舎内と商業科校舎内、体育館や校庭まで見て回ったのに、結衣の姿もテコンドーの姿も見つけられなかった。
・・・どこにいんだよ? すれ違ってんのか?
とにかくかなりの人出で、その中から人を探すこと自体が困難と思われる状況だった。
しばらく探したあと、諦めて教室へ戻った。
「お! 陸!! お前 教生に持ち出しされたんだろ? どーだった?」
「なによ、教生って〜?」
教室に戻ったら、ジュンが女たちの相手をしていた。
「ホラぁ。ジュン、口開けて♪」
「あ〜ん♪」
ジュンが口をあけ、そこに女がチョコを入れている。「おいち〜♪」
「あん! ジュン〜こっちも〜!!」
「あ〜ん♪」
・・・おい、なんだよ? コレ・・・
オレんときと、完全に立場逆転してんじゃねーかっ!?
どーやったんだよっ!?
スネ男が感心しながら、
「ジュンキチさ、ホストの才能あるよ。絶対 将来女に貢がせるタイプだね」
3年後、ベンツに乗ってるジュンが見えた気がした・・・
「あ、そーだ。陸がいない間、お客さん来てたよ?」
「・・・また指名?」
うんざりしながら椅子に座る。「もうさ、写真外してくれよ」
「今日の結果で、明日また貼り替えるから。 多分ジュンキチがNo1に上がって、陸はNo2に落ちるね」
・・・それはそれで面白くない・・・
「とにかく、今は店外デートに行ってるから、3時のオークションに来てくれって言っといたから」
「3時のオークション?」
「うん。だってまさか陸がこんなに早く帰ってくると思わなかったから・・・ アレ教生の先生だったの? あの人から2000円もらっちゃってるし・・・ 帰ってくるの、それぐらいかなって」
「時間のことじゃねぇっ! なんだよ? オークションって」
「え・・・? 聞いてないの?」
スネ男が眉をひそめた。

「オレたちをオークションにかける?」
「イエ〜ス♪」
ジュンがダラリといった感じで椅子に座り、オレを見上げる。
「お前なぁ・・・ さっきから出張サービスだか店外デートだか知んねーけど、勝手に色々サービス増やしてんじゃねーよっ!」
「いやさ、ホストクラブだけでもそれなりに繁盛してるけど、なんかイベント的なモン欲しーべ? 盛り上がるし」
どうやら、文化祭後のオレたちホストのアフターをかけてオークションを開くらしい。
「アツシは出ないから」
ジュンが、チケットを数えながら言う。
今のジュンだと、チケットが札束に見える・・・
「なんで?」
「オレたちがいない間、あいつ1人で客の相手してたみてーなんだけど、なんかそこでやり込められたらしーよ?」
女は容赦ねーから怖ぇーよ、とジュンが続ける。
「・・・オレ、出ねーから」
札・・・じゃねぇ、チケットを数える手を一瞬止めて、ジュンがオレを見上げる。
「・・・またかよ。 ヒカルちゃんならいつでも会えんだろ?」
「いや、ちょっと急ぎなんだよ」
日中がダメなら、帰りだ。絶対今日中に話がしたい。
・・・アフターなんか付き合わされてたまるかっ!!
ジュンは用紙に何か書きこみながら、
「ダメだよ」
「なんで?」
「もう、お前に入札するって客いるから」
と言って、「オイッ!スネ男―――ッ!! お前、ノルマ分のチケットちゃんとさばいたか? 全然返って来てねーぞ?」
スネ男を怒鳴りつける。 スネ男はビクビクしながら、
「い、一応渡したよ?」
「一応じゃねーよっ! ちゃんと来てくれっつったか?」
「言ったよ〜」
ジュンはスネ男の額にデコピンを食らわせて、
「出るよな?」
とオレを見上げる。
なんなんだよ、こいつは? 人変わってんぞ?
こいつが将来進むのはホストじゃねぇ。 ヤー公だ。
結局結衣と会うことが出来ないまま3時になってしまった。
『さぁ! ただ今から、あのサザビーズも驚く世紀のオークションが始まりま〜す!』
イエーイ! と、廊下まで溢れた客が歓声を上げる。
『当店人気ホストのアフターを賭けて、淑女の戦い! 皆さん頑張ってください! え〜、それでは商品ナンバー1番、ヒデから始めまーす』
「・・・スネ男の司会。サマになってんじゃん?」
ジュンが耳打ちして来た。「って、オレがカンペ用意してやったんだけどな」
・・・完璧なイベンターだ。 こいつは。
オークションだけど、当然校内で賭け事なんか出来ないから、現金が飛び交うわけじゃない。
そのホストが気に入るアフターを用意できた女が勝ちということになっている。
即席に作られた舞台の上に椅子が用意され、そこにヒデが座り、入札しようとする女たちがその舞台の下に集まっている。
「ヒデ〜♪ あたしは、カラオケ連れてったげる!」
「じゃあたしは、ディズニーシーのアフター6に連れてってあげる!」
「ちょっと待って!? あたしの部屋来てもいいよ? 今日、親いないし」
「はい! キミに決定―――っ!!」
ヒデが女を指差す。
「ちょっと待って―――ッ!? じゃ、あたしも、部屋呼んであげる・・・ しかも・・・ あたし、アンミラでバイトしてるから、制服着てあげてもいいよ?」
「やっぱ、キミ―――――っ!!」
ヒデがアンミラの女に指を差し直す。
さすがに、他にアンミラの制服に勝てる条件はなかったみたいで、ヒデはその女にお持ち帰りされることになった。
ギャラリーは女だけじゃなく男も結構いて、かなり盛り上がっている。
「・・・すげーな」
「だろ? 客もオレたちもどっちにもおいしいんだよ」
とジュンは肯いて、「次、お前な」
天才イベンターに促され、舞台に上がる。
『さあ、続きまして、商品ナンバー2番。下は中学生から上はOLまで、泣かした女は数知れず、平成の好色一代男 陸―――っ!!』
・・・なんだ? このアオリは!?
イベンターを振り返ったら、笑いながら親指を立てていた。
会場には8人ほどの女がいた。中に亜矢の姿もある。
・・・なに、こんなのに参加してんだよ?
『それでは、入札お願いします』
「陸―――♪ あたしんち来ていいよ〜! 親追い出すしっ♪」
「あんた何言ってんのよっ!? さっきの子がそれで落とせたからって、真似してんの?」
「じゃ、陸〜♪ あたしはシー行って、ミラコスタにお泊り♪」
「金あんの? ウソつかないでよ?」
「ウチのお風呂ジャグジー付いてるよ? 広いから二人で入れるし♪」
「あんた、その身体で陸に迫る気? 貧乳のくせに!」
「あんたこそ、パッド何枚入れてるわけ?」
「あっ! よくもバラしたわねっ! なによ、あんたこそ―――」
女・・・いや、メス同士の戦いが繰り広げられていた。ギャラリーがそれを煽る。
どう収拾つけるんだよ? うるさすぎて、何言ってんのかすら聞こえねーぞ?
『ちょ、ちょっと待ってください! 入札は1人ずつ順番にお願いしますっ』
スネ男のセリフも無視される。
どーでもいいよ。 さっさと終わりにしてくれよ・・・
とオレがうんざりしていると、
「ちょっと待ちなさいっ!」
と亜矢が叫んだ。「みんなそんなもので陸を落とせると思ってんの?」
女たちやギャラリーが亜矢に注目する。
亜矢がオレに一歩近づいて、
「・・・あたしは、陸が知らない、オトナの世界を教えてあげる♪」
一瞬静まり返ったあと、
「うお―――――っ!! センセ―――――っ!!」
「オレにも教えてくれよ―――っ!!!」
さっき以上に会場が騒がしくなる。
・・・ホントに、何やってんだよ? オレは・・・
もしかしたら、結衣とテコンドーが一緒にいるかも知んねーのにっ!!
あんだけ探しても見つかんねーってことは・・・
まさか、二人で文化祭抜け出してる?
クソッ・・・ なんでケータイにも出ねーんだよ!?
ちゃんと話させろよっ!!
会場は収拾がつかないほどの大騒ぎになっている。 オレはうんざりしながら、
「じゃ〜、キミに・・・」
と形だけ亜矢に決めることにした。
亜矢だったらマジで付き合わされることもないだろうし、さっさとこんなモン終わりにして、結衣を探しに行きたかった。
『さ、さぁ。他には入札ございませんか? ございませんね? それでは・・・』
とスネ男が言いかけたとき、
「ま、待って・・・」
と人ごみをかき分けて、誰かが入ってきた。「あ、あたしも、入札するっ!!」
みんなが声の方を振り返る。
「え・・・・・・?」
驚きに目を見開く「・・・結衣?」
人ごみをかき分けて会場に入ってきたのは、結衣だった!
「す、スネ男クン・・・ あたし・・・にも、にゅ、入札させて・・・っ」
結衣はもの凄く息を切らしている。 手には紙袋。
え? 入札って・・・ オレに?
『・・・よろしいですか?』
スネ男が亜矢に問いかける。
「いいわよ?」
亜矢は腕を組んで結衣の方を見ている。 ギャラリーも。
結衣は深呼吸して息を整えると、オレに向かって、
「こ、これ・・・ 一緒に、やらない?」
と紙袋を持ち上げた。


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