チェリッシュxxx 第3章

@ 陸との遭遇


「今日も雨だね」
あたしはちょっとだけカサを傾けて、灰色の空を見上げた。「明日は持ち直すみたいだけど・・・」
「なんか、梅雨? みたいな感じだよな。これで体育祭なんか出来んのかね〜」
まだ5月末だと言うのに、ここのところ雨が続いていた。
我が桜台高校の体育祭は、毎年6月の頭に行われている。なんで、こんな時期に?と思うんだけれど、秋は文化祭やら2年生の修旅やらで忙しいためらしい。
「陸は何に出るんだっけ? 体育祭」
「騎馬戦と、借り物競争と〜・・・、あと、リレー。結衣は?」
「あたし、運痴だから応援合戦だけって言ったのに・・・・ 騎馬戦も・・・」
去年まで体育祭は、学科ごとに行われていたんだけれど、今年からは合同でやることになっている。
そして、今までは紅白に別れて行われていた体育祭が、今年からは5色に別れることになった。
普通科も商業科もA〜Eまで5クラスあるから、普通科商業科全学年のA組は赤組。B組は青組・・・といった感じ。
あたしはA組だから赤。陸はB組だから青。
「うそっ!? じゃ、オレら対戦しちゃうの?」
と陸はなんだか嬉しそう。「・・・・・狙っちゃお♪」
信じられないことなんだけど、ウチの学校の騎馬戦は男女混合。男子が騎馬で、女子が騎手・・・
本当にあり得ないっ!
「やめて〜っ!? 小さいからって理由で、騎手にされちゃったんだから」
と陸を叩こうとしたんだけど、カサが邪魔で手が届かなかった。
「・・・ねぇ。そっちカサ閉じて、こっちに入ればいいじゃん」
「や、でも・・・恥ずかしいから・・・」
駅から学校に向かう道。時間が早いせいか、登校する生徒はまだまばらだけれど・・・
「・・・ってか、さ。―――ねぇ?」
陸が横目であたしを見る。「この前の続き、いつさせてくれんの?」
「〜〜〜ッ!? もうっ! またその話〜っ!?」
あたしは恥ずかしくて、陸から顔を背けた。「・・・朝からそんな話、したくない」
「いや、男子高校生にとっては、切実な問題だから。ビョーキになるし」
「えっ!? 何?病気って?」
「溜めすぎると、カラダに良くないの」
―――そ、そーなんだ・・・
知らなかった・・・
陸はあたしの顔を覗きこんで、
「あ? 信じてる信じてる♪」
と笑った。
「―――っ!? ウソなのっ!?」
「ホントだよ」
と言いながら、カサを閉じてあたしのカサに入ってきた。「だから、ビョーキにならないように、テキトーに抜いてる」
陸があたしのカサを手にする。身長差がかなりあるから、陸が短くカサを持った。
「抜―――っ!?」
さすがに意味が分かって、絶句してしまった。顔が赤くなってくるのが自分でも分かる。
そんなあたしの耳元に陸が唇を寄せて、
「大丈夫。ちゃんと結衣のコト考えてしてるから」
「ええっ!?」
あたしがビックリして陸を見上げると、陸はいたずらっぽく笑いながら、
「もうね、オレの頭の中では結衣、すごいコトやらされちゃってるよ?あーんなコトやこーんなコトまで・・・」
とあたしを見下ろした。
「止めて止めて止めて〜っ!?」
あたしは耳に手を当てて大きく首を振った。
「だから、早く続きさせてね?」
あたしは赤い顔をして陸を睨むことしか出来なかった。
もう―――・・・
「じゃ、またな〜」
普通科校舎の前で陸と別れる。商業科の校舎は、さらにその奥。
陸はカサを閉じたまま商業科校舎へと駆け込んで行った。
あたしの名前は、村上結衣。
この桜台高校普通科の3年生。学科と同じく、中身も外見もフツーの女子高生。
いろいろあって、商業科2年の今野陸と付き合っている。
陸は平凡なあたしと違って、結構女の子に人気がある。背も高いし、整った顔立ちしてるし、オレンジの髪は彼を普通の高校生の中には収めてくれなかった。
実際、女の子からのお誘いも多いみたいで、結構気軽に・・・・・・エッチなんかもしちゃったりしてた。
あたしと付き合う前までは。
付き合い始めてからも、しばらくの間あたしは、
「もしかして、他にも女の子と親しくしてるんじゃ・・・」
とか、
「なんであたしなんかと・・・?」
と疑問に思ってたんだけど。
まぁ、今では、陸はあたしの事を一番に思ってくれてるって分かってきたし、あたしも陸のことが好きだとやっと気がついてきたところだった。
昇降口で靴を履き替えていると、背後から声をかけられた。
「相変わらず、いちゃついてるんだ」
振り向くと、親友の麻美が立っていた。
「いちゃついてなんかないよっ! 陸がくっついて来るだけっ!」
「はいはい。ごちそーさま」
麻美が靴を履き変えながら言う。
「麻美〜っ」
「別にバカにしてるんじゃないよ?」
と麻美は笑いながら、「仲良きことは美しきかな、って言うじゃない。羨ましいな〜と思って」
相手はともかく、と麻美は付け足した。
なんか麻美と陸って、気が合わないのか、いつも険悪な雰囲気なんだよね・・・
「麻美こそ、あたしなんかよりずっとモテるのに。彼氏作んないの?」
あたしが平凡なのとは対照的に、麻美はスラリとした美人タイプ。167センチの長身に無造作に束ねたセミロングの髪がもの凄く似合ってる。
あたしは割りとうじうじするタイプなんだけど、麻美はスパッと竹を割ったような性格というか、世話焼きタイプというか、アネゴ肌な所もあって、あたしなんかはいつも色々相談に乗ってもらうことが多い。
見た目も中身も、
「カッコいいな〜」
といつも思ってしまう。同い年なのに。
ちなみに、あたしの弟 祐樹(高1)も麻美に憧れている。
「彼氏・・・ねぇ。・・・なんか、面倒くさそう。男って」
麻美が一緒に階段を上りながら言う。「ガサツだし、気が利かないし、いつもエロイことばっか考えてそうだし・・・」
急に陸の顔が浮かんできた。―――否定できない・・・
「とにかく、高校生男子なんて、まだまだ子供っぽくてダメよ」
と麻美は肩をすくめる。
「・・・あ、じゃ、年下なんかは?」
「問題外ね」
残念だったね、祐樹・・・
「あ、村上さん! ちょうどよかった!」
教室の前まで来たところで、クラスメイトの泉さんに声をかけられた。「ね、明日の土曜日、ちょっと付き合ってくれない?」
泉さんは、クラスでも明るく目立つほうでムードメーカー的存在。そして、ちょっとミーハーなところもある。そんなところも含めて人気者でもあるんだけど。
「いいけど・・・なに? なんかあるの?」
「ちょっと、ね。・・・あ、村上さんってカレシは?いる?」
「えっ? あ、あのっ」
実はあたしたち普通科の生徒は商業科のことを、
「ロクでもない」
とあからさまに煙たがっているところがある。あたしも最初の頃はそうだった。(ゴメンね、陸!)
だから、なんとなくクラスの子たちに陸とのことは話していなかった。
って、誰もあたしにカレシがいるなんて思っていないみたいで、今まで一度もそんな話題振られたことないんだけど。
あたしが返事に困っていると、
「・・・って、いないよね!」
と勝手に決め付けられてしまった。
「う、うん・・・」
と、とりあえず肯く。
「良かった! じゃ、明日6時にM駅前に集合ね!?」
「集合・・・って、他にも来るの?」
「うん。あと、マリと夏木も来るよ。・・・でも、あと一人足んないんだよね」
と泉さんは考え込む顔つきになって、あたしの隣にいる麻美をチラ見する。「あ・・・ねぇ? 渡辺さん・・・だっけ?」
「うん」
「もし良かったら、明日村上さんと一緒に来てくれない?」
麻美はチラリとあたしの方を見て、
「・・・いいよ」
と肯く。
「よかったぁ! じゃ、明日6時にM駅の時計塔の前でね」
泉さんはそう言うと、さっさと教室の中に入って行った。
「何があるんだろ?」
「さあ?・・・・って大体想像つくけどね」
「え? なになに? なんで分かるのっ? 麻美、エスパー?」
違うって、と麻美は笑いながら、
「ま、あたしも一緒に行くから大丈夫よ」
じゃ、またねと言って隣のB組に入って行った。
何があるんだろ?
「村上さん。おはよう」
麻美の後ろ姿を見ていたら、教室から五十嵐くんが声をかけて来た。
「あ、おはよう」
「今朝の見回りなんだけど、B組が交代してくれって。もう回り始めちゃってるんだよね」
「え? そーなんだ!? せっかく早く来たのに・・・」
五十嵐くんはあたしと一緒に風紀委員をやっている。
あまりおしゃべりな方じゃないから、何を考えているのかよく分からないところもあるけど、真面目な委員長タイプ。
しかも、以外にもテコンドーとかいう武術?をやっていて腕も立つから、まさに風紀委員にはうってつけみたい。
ちなみに五十嵐くんも、あたしと陸が付き合っているのを知ってる。
初めの頃は、
「商業科なんて、どうしようもないのと付き合うなんて・・・」
と難色を示していたんだけれど、最近では呆れながらも、何も言わなくなってきていた。
「じゃ、もしかして、帰りもなし?」
「・・・だね」
陸にメールしよ。一緒に帰れるよって。

翌日の土曜日。
あたしは途中で麻美と待ち合わせをして、M駅に向かっていた。
「あーあ、結衣・・・ そんな短いスカートはいてきちゃって・・・」
会うなり麻美は、あたしの全身を眺めて溜息をついた。
「え?ダメだった? ってか、短い?コレ? 制服くらいだと思うけど・・・」
普段麻美と会うときにしてるような格好なんだけど・・・
今日は昨日の雨がウソのように上がり、天気予報が言っていた通り、とても陽気のいい日だった。
まだ5月末だと言うのに、お隣の東京では最高気温が29度にまでなったみたい。
真夏よ、真夏!
夕方になってもその熱気は消え去っていなかったから、あたしは白いフレンチスリーブのブラウスに、ショート丈のデニムスカートという格好でやってきていた。足元はこの前買ったばっかりの6センチヒールの白いミュール。(これで低い身長をカバーする!)
耳には白い貝で出来た小さなイルカのイヤリング。
今日は夏っぽく決めてみました〜♪
・・・・でも、変なのかな?
麻美はというと、白いシャツの上にシフォン素材のチュニック。それにユーズドブルーのデニムパンツ。足元はエスニック調のミュール。
やっぱりいつもとあんまり変わらない格好だよね?
「え? なになに? ちょっと、この格好、もしかして変?」
「いや、変ってわけじゃないよ。・・・むしろ可愛い」
だから問題、と麻美はまた溜息をついた。
6時ちょうどに、あたしと麻美はM駅前に着いていた。
土曜日の夕方ということもあって、M駅の時計塔の前は人でごった返していた。この時計塔は、たくさんの人がよく待ち合わせに利用する場所だった。
「あっ!いたいた! 村上さーん。渡辺さーん。こっちこっち!」
泉さんがあたしたちを見つけて手を振っていた。
「ええっ!! 合コンっ!?」
あたしと麻美、泉さんと夏木さんと三浦マリちゃんとで、週末の人ゴミの中を歩く。
驚いているあたしの横で、やっぱりね、と麻美が呟く。
「もうね、先に着いてると思うよ。男の子たち」
「ちょっ・・・ なんで先に言ってくれないの〜?」
「ゴメン。言ってなかったっけ?」
言ってないよ・・・
「急に二人来れなくなっちゃってさ。村上さんなら頭数合わせに付き合ってくれるかと思って」
聞いてたら付き合ってないんですけど・・・
「とにかくさっ、もうここまで来ちゃったんだし、付き合って? ね? せめて1次会だけでもいいから!」
「そうそう。それにイケメン揃いだって言ってたもんね」
と夏木さんが嬉しそうに言う。
夏木さん・・・ チョー胸元開いた服、着てる・・・
やっと麻美が言ってた意味が分かったよ。
あたしだって、こんな事だったらジーパン履いて来たのに・・・
やる気満々だと思われそうで、やだなぁ・・・
駅から歩いて5分ほどのカラオケボックスへ向かう。
「ところで、どこの学校の子たち?」
と麻美が聞く。
「ん? 同じ。桜台だよ」
なんで同じ学校なのにわざわざ?
あたしと麻美が顔を見合わせていると、
「でもね〜。商業科なの♪」
とマリちゃん。
「・・・えっ? しょ、商業科?」
ギクリとして立ち止まる。
「あ、村上さん、引いちゃった? やっぱヤダ?商業科。でもね、そんなに荒れてそーな子たちじゃないから安心して?」
・・・いや、荒れてるとか、そんな心配より・・・
このことがどこから陸の耳に入るか分からないのに、困るよ〜っ!!
麻美が気の毒そうにあたしを見ている。
「あ、あのさ・・・泉さん。あたしやっぱり帰・・・」
帰る、とあたしが言いかけたとき、
「あ、いたいたぁ! 待った〜?」
カラオケ店が入っているビルの前に男の子が立っていて、泉さんが手を振る。
「あー、イズミさ〜ん! もうみんな部屋入っちゃってるよ」
短めの茶髪にシルバーのアクセサリーをつけた、結構さわやかクンだった。
「約束どおり、連れてきてくれた?」
「うん。イズミさんのリクエスト通り! イケメン用意したよ。オレを筆頭に!」
何言ってんの〜、と泉さんが男の子の肩を叩く。男の子はあたしたちを見回して、
「イズミさんも可愛い子連れてきてくれたから、みんな喜ぶよ〜」
またまた〜、と泉さんや夏木さんたちが応酬する。
あたしと麻美だけがそのノリについて行けなかった。
「・・・どうしよう、麻美・・・」
「まさか商業科とはね・・・。とりあえず、偽名・・・行っとく? 泉さんたちに合わせてもらってさ」
それしかないよね・・・
あとは1次会で、ソッコーバイバイさせてもらおう・・・
部屋に入る前に、
「泉さん、ちょっと・・・」
と泉さんを呼び出そうとしたら、
「おっそいよ〜!」
と中から勢いよくドアが開けられた。「もう1杯目空いちゃうよ?」
さあ、入って入って!とグイグイと部屋の中に入れられてしまった。
ちょ、ちょっと!? まだ、なんて名前にするか考えてないのにっ!
村上だから・・・村下? いや、単純すぎるか。
ていうか、合コンって下の名前で呼ぶのかな?
だったら・・・結衣・・・ユキとか? ちがう、そんな似たような名前じゃなくて、全く違う名前にしなくちゃ。
あ、あたし宇多田好きだし、ヒカルにしようかな・・・
部屋の入り口のところでブツブツ言っていたら、
「ほらほら座って〜♪」
と、さっきのさわやかクンがあたしの肩に腕を回すようにして席に連れて行く。そしてビニール張りのソファに腰を下ろそうとして・・・
心臓が凍り付いてしまった。
真夏の陽気だと言うのに、全身に冷水をかけられたような・・・
な、なんで・・・・
なんで、いるの・・・・・?
テーブルを挟んで座っている陸が、目を見開いてあたしを見上げていた。
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