チェリッシュxxx 第2章

B 先輩との再会


そのままGWに入った。
あたしは、やっぱり何にも予定なんかなくて、部屋でごろごろとしてばかりいた。
何も予定がなくても、長期の休みはありがたかった。
休み明け、気持ちを切り替えやすいから。
「気分転換に、また髪でも切ろっかなー・・・」
と呟くと、
「それ以上切ったら、男だぜ。ねーちゃん」
と祐樹が部屋に入ってくる。「何? また失恋したわけ?」
「・・・・・・あんたねぇ。何回言えば分かんの? 勝手に部屋に入って来ないでって!」
祐樹は笑いながら、
「ねーちゃんに客」
と言った。祐樹の背後から現れたのは、麻美だった。
「あとで、お茶、お持ちいたしますぅ〜♪」
祐樹は麻美にやたら愛想を振りまくと、階下に下りて行った。
祐樹の足音が聞こえなくなると、
「結衣? 買い物行かない?」
と麻美が言った。
「買い物かぁ・・・。でも、別に欲しいものとかないからなぁ」
「じゃ、映画行こ!」
「何やってるの?今」
「―――そんなの、行ってから決めればいいじゃない」
「うん・・・、でも、興味ない映画、2時間も座ってるのキツいから、やっぱ止めとく」
麻美はちょっと俯いたあと、思い切ったように顔を上げた。
「結衣、あたしねっ」
「麻美? なんか気にしてるみたいだけど、麻美のせいじゃないから。ついでに言うと、五十嵐くんのせいでもないから。完全にあたしのせいなの。あたしが半端な気持ちのままだったから陸のコト傷つけちゃっただけ。自分に自信がなくて陸のコト疑ってただけだから」
ホントに全部あたしが悪いの・・・
「結衣。その商業科の子と、杉田先輩と、どっちが好きなわけ?」
「どっちがって・・・どっちにもフラれたんですけど?」
麻美はじれったそうに、
「そうじゃなくて! 結衣の気持ちがどっちにあるか聞いてるのっ!」
と言って立ち上がった。「ちょっと来て!」
あたしは半ば強引に麻美に引きずられるようにして家の外に出た。
「どこ行くの?」
と麻美に聞くと、
「ちょっとここで待ってて?」
麻美はそう言ってどこかに電話をかけ始めた。
通話が終わって、麻美があたしに近寄ってくる。
「今からすぐ来るって言うから。いい? 結衣はここで待っててね?」
「・・・ねぇ? 何が始まるの?」
「いいから待ってて!」
と麻美は立ち去ろうとする。そこへ家の中から祐樹が顔を出した。
「あの〜・・・お茶、冷めますけど?」
「今、それどころじゃないからっ!」
麻美に怒鳴られ、祐樹が慌てて顔を引っ込めようとする。「・・・あっ! ちょっと、弟っ!?」
「は、はい?」
また祐樹が顔を出す。「何か・・・?」
「今から、あんたの姉さんとこに人が来るから、逃げないように見張ってて!」
「はぁ・・・」
「頼んだわよ! あんたの姉さんの人生がかかってるかもしれないんだから」
誰が来るのよ・・・?
「あの、誰が来るんでしょうか?」
祐樹がおずおずといった感じで麻美に話しかける。
麻美はちょっと考えてから、
「もしかしたら、将来あんたのお兄さんになるかもしれない人?」
と言って、今度こそ立ち去って行った。
だ、誰が来るのよっ!?
あたしは逃げるように家の中に入ろうとした。
「ちょっと、ねえちゃん!動くなよっ! オレが怒られんだろ!?」
「どいてよ、そこっ!」
祐樹はあたしの前に立ちはだかっている。
「・・・何よ。あんた姉の言うことが聞けないわけ?」
あたしが恨めしげな目で睨みつけると、
「姉の言うことより、未来の奥さん♪」
とニカッと笑う。「オレ、ああいう人、超タイプ〜♪」
「・・・あんたねぇ。高望みもいいとこっ!大体あんた、身長いくつよ?」
「166」
「はい、残念でした〜! 麻美は167だから、あんたより大きいもんね!」
「なんだよ。これから伸びるよ! まだ高1なんだからっ!」
「あたしだってそう思ってたけど、高1のときから同じ身長・・・」
なんて祐樹と言い合っていたら、背後でクラクションが鳴った。
あたしが慌てて道の端に身を寄せると、その車は減速してあたしの前でピタリと止まった。
パワーウィンドウが下がり、そこから顔を覗かせたのは・・・
「す、杉田先輩?」
あたしは驚いて口に両手を当てた。横で祐樹が、
「え?・・・おお〜!これがスギタ先輩か。春休み中ねえちゃんを泣かせてた」
と声を上げる。
先輩が運転席から降りて来る。
黒いサラサラな髪。180を越す長身なのに全然ゴツイ感じがしないソフトな身体のライン。長い手足。長いまつげに縁取られた切れ長の目。
杉田先輩だぁ・・・
「超イイ男じゃね?」
これが、オレの未来の兄貴かぁ、と祐樹が感心したように言う。
「結衣。久しぶり・・・。でもないか。まだ2ヶ月もたってない」
そう言って、ソフトに微笑む。
な、なんで先輩が? 京都に行ったはずじゃぁ・・・
あたしが驚きで口も利けないでいると、
「弟さん? お姉さんを借りてもいいかな?」
と先輩があたしの肩に腕を回した。祐樹があたしの背中を押しながら、
「はいはい、どうぞ〜! 持ってっちゃってください!!」
と言った。
先輩は、じゃあ、と言ってあたしを助手席に座らせた。
スムーズに走り出す白いマークU。
「・・・これ、先輩の車ですか?」
「まさか。親父の車」
急いで出てきたから借りてきた、と先輩は言った。「で、どうしたの?」
「はい?」
あの、それはあたしのセリフなんですけど・・・
「あれ? さっき、麻美ちゃん・・・だったよね?結衣の友達の。彼女から電話があって、結衣が急用があるって言うから・・・」
え? どういうこと?
「・・・なんか、違ってたみたいだね」
とまた先輩はソフトに微笑む。
「あ、あの・・・すみません」
なんて言っていいのか分からなくて、あたしはとりあえず謝った。「ところで、先輩・・・。京都にいるはずじゃぁ・・・?」
「うん。ちょっとこっちに用事があってね。連休中帰ってきてるんだ」
「そうなんですか・・・」
あたしはなんとなくハンドルを握る先輩の手を見つめていた。
相変わらずキレイな指だな〜。とてもバスケットをやっているなんて思えない。どっちかというと、ピアノとか?そっちの方が似合いそう。
「なんか、いい陽気だよね〜」
赤信号で止まったとき先輩が窓を開ける。「―――うん?」
先輩はサイドミラーを見たあと、背後を振り返った。
「どうかしたんですか?」
「―――いや? 別に」
信号が変わる。けれど、先輩は何事か考えているのか、ブレーキペダルを踏んだままだった。
「・・・あの? 先輩? 青ですけど?」
「あ、ああ」
先輩はちょっと慌てた感じで車を走らせる。「間に合わなかったか・・・」
「? 何がですか?」
「なんでもない、こっちの話」
と言うと、強くアクセルを踏んだ。「ちょっと付き合ってくれる?」
「どこ行くんですか?」
「デート」
と言って、あたしを流し見た。
「で、デート・・・ですか」
「どこ行きたい?」
「どこって・・・」
あたしは戸惑っていた。
あのー・・・あたしたち、別れたんですよね? 先輩?
遠恋はツライから無理だって、あたしフラれたんですよね?
・・・それとも、今はこっちに戻ってきてるから? その間だけの、間に合わせの・・・関係?
「それとも、もう新しい彼氏がいるから、俺には付き合えない?」
「はっ? そんな・・・新しい彼氏なんて・・・・・・い、いません・・・」
言いながら俯く。
陸とは、もう別れたし・・・
・・・ってか、もともと付き合ってるのかなんなのか、微妙なカンケーだったし?
「行きたい場所、言ってくれないなら、俺が勝手に決めちゃうよ〜?」
と、ちょっと意地悪な表情を作ってからかうようにあたしの顔を覗きこむ。
・・・あ、この顔好きだったなぁ・・・
直後、先輩が慌てたように顔を背ける。
え? なに?
「?・・・どこですか?」
と聞いてから、あたしは自分の格好に気がついて慌てた。「うわっ! ちょっとあたし、ヒドイ格好ですよね!?」
普段着ているTシャツに膝が抜けているジーンズ。。。
足元に至っては、お父さんのサンダル履いてきちゃってる―――っ!!
「・・・まぁね。今から家に戻るのもあれだし、どっかで調達して行こう」
先輩は、顔を前に向けたまま小さく言った。
うわうわうわっ!
あの優しい先輩が、引くほどの格好?
「それまで、コレ羽織ってて」
後部座席に置いてあった薄手のコットンパーカーをあたしに手渡す。相変わらずあたしの方を見ようとしない。
そんな、パーカーで隠さなきゃいけないほどの格好なんだ・・・
・・・・・もう帰りたい。
どこかで調達って・・・どこで・・・? あたし今月お小遣いピンチ・・・
とそこまで思い出して、あたしはお財布を持ってきていないことに気がついた!
お財布どころか、ケータイやハンカチすら持ってないっ!
ってか、完全に手ぶらだよねっ!?
「・・・ごめんなさい、先輩。あたしお財布忘れちゃったんで・・・」
やっぱり帰ります、と言おうとしたら、
「ゴメン。初めに気が付けば良かったんだけど・・・、たった今気付いたから・・・」
と、逆に先輩が謝ってきた。
「え?」
なんで先輩が謝るの?
「やっぱり、気付いてなかった?」
「あの・・・、この格好ですよね?」
とあたしは曖昧に笑った。「・・・いくらなんでも、お父さんのサンダルはないですよね〜っ!?」
「・・・ちがう」
「はい?」
なんだか先輩は言いにくそうにしている。「あの・・・先輩?」
「・・・下着」
え?
・・・・・・下着・・・って言った? 今。
「・・・つけてないよ、ね?」
―――・・・・
・・・・うそ、うそうそうそうそ?
ぎゃ―――――っ!!
あたしは慌てて前かがみになった。
「・・・そのパーカー、あげるよ」
なんで?
なんであたし・・・ノーブラなわけ・・・
もう、恥ずかしくて、死にたいっ!!
「俺、そういう店詳しくないから・・・どこで買える?」
っていうか、お財布ないし。
まさか、先輩にお金借りて、ブラ買えないしっ!
やっぱり、帰りたい・・・
そう言おうと思ったとき、車が止まった。
気が付くと、学校に着いていた。
「あれ? ここ・・・?」
「こっちに帰ってきた用事はコレ」
先輩はシートベルトを外しながら言った。「すぐ終わるから、待ってて? そしたらすぐに送ってくから」
車は校門のちょっと手前で止まっていた。
先輩が学校に向かって歩き出す。
あたしも慌ててパーカーを羽織って車外に出た。
「結衣? 出てきて大丈夫なの?」
先輩の横に並んで歩く。
「はい。・・・あの、本当にこのパーカーもらっちゃっても、いいんですか?」
「いいよ。あげるよ」
先輩はちょっと笑って、「でも、気付いたときは、本当にビビッたよ」
「休みだったんで、・・・油断してました」
麻美に突然連れ出されたもんだから、全く気が回らなかった・・・ うう。迂闊。
パーカーのファスナーをぴっちり閉める。
あたし、そんなに胸大きくないから、こうすれば全然大丈夫みたい。
嬉しいんだか、悲しいんだか・・・
校門前に来たところで足が止まる。
ここで、陸が犬みたいに、あたしの帰りを待ってたっけ・・・
「結衣?」
あたしが出てくると、すごい嬉しそうな顔して飛びついてきて・・・
あ、また目の奥が熱くなってきた。
まずいっ!
「結衣?」
あたし、先輩のこと、大好きだった。
未練がましく、別れたあとも指輪をとっておくほど好きだった。
・・・けど、今は・・・
「どうしたの?」
「どうしよう・・・。先ぱぁい―――・・・」

先輩が学校に来た理由は、奨学生になるための必要な書類をもらうためだった。
事前に電話をしてあったらしく、事務室に行くとすぐに書類を渡されて、5分もかからずに用事は済んだ。
「そうか」
あたしが、ハンカチもないのにグズグズ泣いていたから、見かねて先輩がハンカチを貸してくれた。
ハンカチを忘れて、男の人に貸してもらう女の子なんて・・・サイアク・・・
「すみません、先輩。パーカーだけじゃなくてハンカチまで・・・」
「彼氏が、自分以外とも付き合ってる子がいるんじゃないかって、心配なわけ?」
「っていうか・・・。他にも可愛い子いっぱいいるのに、なんであたしなんかと?って思って・・・。結局はあたしの自信のなさがいけないんですけど」
なんとなく陸とのことを相談するうちに、あたしたちはブラブラと体育館の方にやってきていた。
あたしたちはステージの縁に腰掛けるような格好で並んでいた。
「なんでそう思うの? 結衣は可愛いよ?」
「また、先輩は・・・。すぐそういうこと言う・・・」
あたしがちょっと先輩を睨むと、本当なのになぁ、と先輩は呟いた。
「とにかくさ、その指輪は捨てなよ」
「え?」
「それが諸悪の根源!」
と先輩は笑って、「・・・俺も捨てるし」
「え? 先輩、まだ持ってたの?」
「未練がましいだろ〜?」
はにかむように笑う。
・・・だって、あたしの方がフラれたんだよね?
あたしが驚いた顔をしていると、先輩はステージから下りて、
「・・・・・ゴメン。今のナシ」
と踵を返して出口の方に歩いていこうとする。
「え?え? 先輩? どういう意味?―――っきゃッ!」
「結衣!?」
慌てて追いかけようとしたら、バランスを崩してステージから落ちそうになってしまった。
それを先輩が受け止めてくれた。
「す、すみません。・・・なんか、相変わらずトロ臭いですよね、あたし」
「そこが結衣の可愛いところだよ」
と先輩はあたしの腕を取って床に下ろしてくれる。「守ってやりたくなる」
「は? あの・・・ 先輩?」
先輩の真意が分からなくて、瞳を覗きこんだとき、
「オレと勝負しろ―――――ッ!!」
と体育館内に絶叫が響き渡った。
あたしと先輩が驚いて振り向くと、体育館の出入り口のところに陸が立っていた。


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